第35話 三途の川でもぐもぐタイム


 5人は、川の中を注意深く見ながら川岸を歩いていた。しばらくは集中して無言で歩いていたのだが、そこは子供だ。やがて飽きてくる。



「ねえねえ、ハナサキ見つけたらどうすんの?」


 背中にかけていたバッグからテニスラケットを取り出し、パーカーのフードにぎゅうぎゅうに詰めてあったボールを一つ、ポンポンとリフティングしながら、莉子が訊ねた。

 徹のメモの内容までは聞いていたが、今日見つかった「天地根結」についてはまだ聞いていない。それは由良も同様だった。



『古き鼓動を地の底へ 時の光を新たな器へ』


 ハスミュラが「天地根結」の書にあった文章を読み上げた。


「どういう意味?」


 皆の視線が、自然と徹へ集まる。徹は濡れたバックパックを肩に担ぎ直した。


「……古き鼓動っていうのは、ハナサキの心臓かなぁ……前にも言ったけど、オオサンショウウオは生きた化石って呼ばれてるから。あと、シキミの部屋にあった刺繍の『ハナサキ淵に沈む時』って言葉。あの『沈む』っていうのは、ハナサキ、つまりオオサンショウウオが死ぬことを意味してるんだと思うんだ」


 うんうん、と頷きながらエマトールが続ける。黒いフードの下から緋い目が問いかけている。


「徹のおじいちゃんの歌、『おおいなる水辺のぬし、おおいなる時を超え地へ潜る』これも同じく、ハナサキの死を言ってるよね?」


「ってことは……ハナサキぶっ殺して心臓を切り取って、土に埋めればいいのかな? あ、それじゃ地の底とは言わないかぁ」

「莉子、言い方……」


「ねえ普通、こういう時ってドラゴンとか竜とか? そういういかにもファンタジーっぽいのが出てくるんじゃないの? アニメとかゲームはそうじゃん。なんだよオオサンショウウオって。地味すぎぃ」


「……逆にドラゴンとか出てこられても困るだろ」

「なんとかなるっしょ。倒し方とか、本に書いてないの?」


 期待を込めた目で見られても、徹の守備範囲にファンタジーやライトノベルは含まれていない。そう告げると、莉子はつまらなそうに口を尖らせた。

 そんなやり取りを見ながら、ハスミュラとエマトールは目を見交わした。言葉にしなくてもわかる。岸根 莉子とキシネリコ。名前が似ていると性格も似るらしい。


 地の底、地の底………と唱えながら、一行は川底を見つめ行進を続けた。


「チノソコ、チノソコ、チロルチョコ………あー、チョコ食べたい。ねえ、お腹空かない? あたし、駄菓子屋寄ってきたんだけど」


 言われてみれば、たしかにお腹が減っていた。今は何時だろう。おおよその時間を見ようと空を見上げるが、晴れて明るいのに太陽が出ていない。


「そういえばエマトール、眩しくないの?」

 ハスミュラの問いに、エマトールは今更ながら驚いた様子だ。


「……気づかなかった。こんなに明るいのに、眩しくないな。不思議だ」

 エマトールは被っていたフードを外した。黒髪がさらりとこぼれ落ち、緋い眼が現れる。立ち止まって周囲を見回し、改めて川の底を覗き見る。


「ここには、匂いもない。木がないから木の匂いがしないのはわかるけど、土の匂いすら無い。なんだか、変な感じだ」


 徹も足を止めて同意する。

「そうだね。三途の川だから、なのかなぁ」


 一行は車座になって砂利の上に座った。

 莉子が背中に背負ったラケットケースのポケットから、ビニール袋を引っ張り出す。袋の中身はスポーツ少女らしく、脂肪分と炭水化物少なめのおやつチョイスだ。ラムネやチョコレートナッツバー、乾燥小魚とアーモンドの小袋や、あたりめなどが入っている。

 由良の小さなバッグにも、グミと大好物のきな粉棒が入っていた。この二人はやはり、「洞穴へはおやつ持参」と刷り込まれているのだろう。

 斯くいう徹のリュックにも、細身のマイボトルに入った麦茶と、栄養補助食品のビスケット。これは洞穴探訪に関係なく、夕方まで留守にするという母親から持たされたものだった。


 5人分の昼食にするには足りないが、何もないよりはマシだろう。彼らはすべての袋を広げ、食べ始めた。ハスミュラとエマトールにとっては初めて口にするものばかりで、ひとつ食べては声をあげて驚いている。ハスミュラのお気に入りはきな粉棒、エマトールはラムネが気に入ったようだ。


 ひとしきりあれこれ食べて、麦茶を回し飲みする。ふぅ、と一息ついた時、川の方からパシャッと水がはねる小さな音が聞こえた。

 5人はハッと押し黙り、耳をすませる。何も聞こえない。


 莉子が袋に残った乾燥小魚をつまみ上げ、川へと走って行ってそれを投げ入れた。水面が一瞬波立ち、オレンジ色が素早く閃いて消えた。彼らのライフジャケットのオレンジとは違う、オレンジと黄色のまだら模様に見えた。



「もしかして、今の………ハナサキ?」

「火焔の如き色の?」


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