第23話 鏡の国の神の話



「ねえ、この泉、水の量が減ってない?」


 そう言いだしたのは、ハスミュラだった。いつものように温かな食事を携え、昨日出会った不思議な子どもたちとまた会うのを楽しみにしながらやってきて……ふと、気づいたのだ。言われて、エマトールは泉を眺めわたした。


「そうかな……うん、言われてみれば、そうかも」


 ハスミュラはやけに心配そうだが、エマトールは全く気にしなかった。それより、早くあの子たちと話したかった。

 シキミになってから、ほとんどハスミュラとしか話していない。それはそれで構わなかったし、むしろ以前と全く変わらずに接してくれる彼女と話すのは気が楽でもあった。だが、やはり他の人と話すのも楽しいし、それが自分の全く知らない世界の子供たちなら、なおさらだ。


「春先なんだから、雪解けで水かさが増えることはあっても減るのはおかしいわ。私ちょっとオババのところへ行ってくる」

「あの子たちと話さないの?」

「だって、気になるもの。それにこんな朝早くじゃ、まだ来ないんじゃない?」


 ハスミュラが行ってしまったので、エマトールは前のシキミの日記探しに戻った。シキミの住居には、狭い空間の壁際に様々な布やボロボロになった紙の束が積まれていて、探しものは大変だ。特に紙の束は、ところどころ擦り切れて文字が読めないし、どうかするとすぐに破けてしまう。紙の作りが粗く、脆いのだ。


「百年以上も前のものだからなぁ。仕方ないか」


 思わずひとりごちていると、泉の中から「おはようございまーす」と可愛らしい声が聞こえた。エマトールは急いで部屋を出て、泉のほとりに座り込んだ。


「由良、おはよう。早起きだね。ハスミュラと一緒だ」

「おはよう、エマトール。ハスミュラも居るの?」


 泉の異変のことを話すと、由良も同じく顔を曇らせた。


「昔、うちのおばあちゃんが言ってた。川や泉の水が涸れるのは良くないことの前兆だ、って。その土地に災いが起こるんだって」

「災い? どんな?」

「それはよくわかんないけど……うちのおばあちゃん、昔話とか詳しいから、聞いてみよっか?」


 由良はキッズ携帯を取り出した。今日は早朝のお出かけだからと、一応持ってきたのだ。メール機能を使って祖母に連絡を取る。由良と同じく早起きの祖母は、家事に勤しんでいる時間帯だ。


「それ、何?」

「離れた場所にいる人と連絡とれる機械だよ。そっちのマガリコちゃんたちみたいに」

「へえ、すごいや。便利だね」

「うん。便利だけど……ちょっと、ここじゃ使えないみたい。一旦外に出るけど、すぐ戻るね」


 エマトールのマガリコ、ヒタキはもう居ない。だからエマトールには、リアルタイムでの通信手段が無かった。

 ヒタキを喪った哀しみがまた少しぶり返してきたので、エマトールは手製の笛を吹いて気持ちを慰めながら由良を待った。昨日聞いた『夕焼け小焼け』の再現を試みる。



 少しして、鏡のそばを離れていた由良が戻ってきた。


「お待たせ。おばあちゃんに聞いてきたよ」

 由良は手のひらの砂を払い落としながら、鏡のそばへ座り覗き込んだ。エマトールの緋い眼と視線が合い、ちらりと(綺麗な色。柘榴みたい)と思う。が、口には出さなかった。


「枯れた泉、もしくは枯れそうな泉には、捧げ物をしてお祈りするんだって。そうすると災いを防げるの。たいていの場合、自然の水場には神様が住んでいて、その神様が望むものを捧げるんだけど……そっちの世界ではどう?」

「神様……そういうのって、こっちの世界ではあんまり……聞いたことないな。神様って、どんなの?」


 そう聞かれても、困ってしまう。由良は、「神様」というものが何なのか、しっかりと考えたことなんて無かったのだ。物知りの徹が居れば、うまく説明できたのかもしれない。


「一言で説明するのは難しいな。『神様』の捉え方って、国によって違うんだけど……日本では…………えっとぉ、すごく身近なんだけど畏れ多くて、普段は私たちを護ってくれるんだけど怒らせたらすごく怖い、みたいな。そういう存在が、そこらじゅうに居るの」


「頑固なおじいちゃんみたいな?」


 あははは、と由良は明るく笑った。ある意味、ちょっと近いかも……と思いつつ、こっちと向こうの世界は全く違うのだなと改めて感じる。


「えっとね、神様は目には見えないの。たぶんだけど、昔からの自然と、ずーっと続いてきた人間の思いみたいなものが繋がりあったのが、私たちの神様なんだと思う。だからあっちこっちに祀ってある神様にお供え物をして、お祈りしたりお礼を言ったりするの。今年も作物に恵まれますように、とか、いつも守ってくださりありがとうございます、とかって」


「へえ……面白い。こっちで言う、その年の最初の収穫の中から少しだけ山に還す、って慣わしみたいなことかな」

「そうそう! きっとそんな感じ。それにこっちだとね、自然以外にも家の神様とか竃の神様とか、トイレの神様なんてのもいるんだよ。あと、福の神や貧乏神も」


「ええ、トイレの神様? 貧乏の神様? なにそれ面白い!」 

「あとね、道具を長く大切に使ってると、その道具に魂が宿って神様になったり」

「じゃあ神様だらけになっちゃうんじゃないの?」

「そうだよ。神様と一緒に暮らしてる感じ。もちろん目には見えないし話もできないけどね」



 エマトールは神様の話に強い興味を示した。話が盛り上がって楽しいのだが、神様から始まって妖怪にまで話が及ぶと、もう収拾がつかない。おばあちゃんにもっと詳しく聞いておけばよかった、と由良は後悔していた。帰ったら聞いてみよう……


「僕、人の死の時期がわかるんだ。そういう人を『シキミ』って言って、この眼はその印。だから、そういう神様みたいな話って、すごく興味がある。こっちじゃ、死んだ人は自然の中に還って行くって言われてるから」

「それはこっちでも少し似てるかな。こっちでは魂は天へ昇ってご先祖様と合流して、体は自然に混ざるって感じ……かなあ。普段あんまり考えたことないから、うまく言えないや」


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