第2章 かつての町

第8話 蓮見由良、13歳の朝

 小屋の雄鶏が朝を報せる少し前から、蓮見 由良はすみ ゆらは目を覚ましていた。彼女はいつも早起きだったが、今日は特別な日だから尚更だった。


 13歳の誕生日。

 それは、自分の「制服」が届き、初めて袖を通す日。


 自分の中では、とっくに決めていた。だが今日、やっと「中学生」としての姿を彼に見せられるのだ 。

 幼なじみの江間 徹えま とおるは数日前、ひと足先に制服を着て見せてくれた。だから、というわけでもないけれど……と、蓮見由良は心の中で言い訳した。

 家族を除いて、初めて制服姿を見せる相手は「江間徹」だと。


 由良は勢いよく起き上がると、乱れたベッドを直しもせずに部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。

 



「おばあちゃん、おはよう」


 縁側廊下の窓を開け、大きな声で朝の挨拶。

 やはり早起きの祖母は、すでに庭に出ていた。毎朝庭木に水をまき、母屋の裏手にある鶏小屋の世話をするのが日課なのだ。


「おはよう。あら、なんだい由良。パジャマのままで、寝癖まで」

「だって今日、制服が来るんだよ。楽しみにしてたんだもん、着替えてる暇なんてないよ」


「まーあ、呆れた子だ。パジャマのままだったら制服が早く届くわけでもないでしょうに」

「だってさあ……」


 由良は頬を膨らませた。おばあちゃんはわかってない。ワクワクしすぎて、普段通りになんてできないんだもの。


「いいから、早く着替えておいで。卵を採るのを手伝ってちょうだい」


 部屋へ戻ろうと仕掛けたその時、呼び止められる。

「ちょっとお待ち、由良。玄関にお誕生日のプレゼントが置いてあるよ」

「やった」

「13歳のお誕生日おめでとう、由良」

「ありがとう、おばあちゃん」


 部屋へ戻る前に玄関に行ってみると、靴箱の上、水仙の飾られた花瓶の脇に、綺麗な箱がいくつか置いてあった。こんなにたくさん、きっとおばあちゃんが母屋の方に隠しておいたのだろう。由良は箱を両手に抱え、急ぎ足で部屋へ戻った。



 着替えを済ませ、おかっぱの髪もちゃんと梳かしつけたた由良が庭へ出て行くと、祖母が大げさに声をあげた。


「まあまあ、どこのおひめ様でしょ。可愛らしいこと」


 由良は嬉しさを隠しきれない様子でくすくす笑った。

「おばあちゃん、声が大きいよ。お隣が起きちゃうでしょ」


 そう言いつつ、もっと褒めてほしくてゆっくりと歩き回ってみせる。

「この可愛いワンピースと靴はお母さんから。お父さんからはかっこいいボールペンとシャーペンのセット。外国製みたい。あと、おばあちゃんからは……この、綺麗な宝石箱! おばあちゃん、ありがとう!」


 掃き出し窓の陰に隠してあった宝石箱を取り上げ、開けてみる。深い緑色に塗られた木製の宝石箱は、蓋の裏に小さな鏡が付いていて、箱の方は二段構造。中はしっとりした感触の布張りで、上段が指輪を入れるクッション付きトレー、その下が小物入れと別れている。


「何を入れようかなあ。アクセサリーなんて、おもちゃのしか持ってないし……この箱には、あんまり似合わないからなぁ」


 喜ぶ孫の顔を愛おしげに見つめながら、祖母は微笑んだ。洗いたての由良のつるりとした頬を、しわしわの指で優しくつまむ。


「これからきっと、その箱に似合う綺麗なアクセサリーが増えていきますよ。さ、そんなにおめかししてるなら、今日の卵は私が採りに行こうかね。服が汚れるといけない」


「じゃあ、餌は私が撒いとくよ」

「いや、いいよ。それより家に入ってなさい。お父さんから電話が来るかもしれないから」

「そっか」



 由良はプレゼントを大事に抱えて台所へ行き、やかんにお湯を沸かした。そして、由良にはちょっと高すぎるダイニングの椅子に座って足をぶらぶらさせ、プレゼントと添えられた手紙を眺めながら、夜勤明けの母の帰宅と父からの電話を待った。



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