第2話 ヒタキとメジロは仲良し

 ハスミュラの家に入ったところで、エマトールが思い出したように足を止めた。


「そうだ、兄さんからも『おめでとう』って。帰れなくて悪いね」

「ううん。エマトールのお祝いの時に、一足先に祝ってもらったもの。エマーシウは元気?」

「うん、元気みたいだ。窯に火を入れてるから、仕事場を離れられないってさ」

「陶器職人も忙しそうね」

 マガリコとその相棒、またはマガリコ同士の間では、ある程度の距離なら離れていても意思の疎通ができる。村人たちは、マガリコのその能力で離れた相手とも互いに連絡しあっているのだ。


 ヒタキは勝手知ったる部屋をぴょんぴょんと横切ってベッドへ行き、メジロを起こしにかかる。植物の蔓のように透明感のある薄緑色の手を伸ばし、長い指でメジロの腹をつつくと、メジロはまだらな草色の体毛をもぞもぞとかき分け、腹を掻いて寝返りをうった。

 ヒタキは二人の方へ振り返ると、真っ黒な目をしばたかせて「やれやれ」という風に首を振った。

 その可愛らしい仕草に、二人は思わず笑ってしまう。ヒタキは自分の瑠璃色の体毛を、頭のてっぺんからお尻まで満遍なく撫でつけておめかししながら、「笑ってる場合じゃないですよ、まったく」という顔をした。


 「メジロ、起きなさい。今日はマガリの樹を詣でる日でしょ」

 その言葉に、メジロは文字通り飛び起きた。


 この村では、子供が生まれたその日、マガリの大樹から取った種を庭に植える。それはやがて芽吹き、小さなマガリの木となる。およ3年をかけて大人の腰の高さほどに育つ頃、花が咲く。最初に咲いた花だけが実をつけ、たった一つのその実にマガリコが宿る。

 丸々と育った実を糧にして育ち、その殻を食い破って、マガリコはこの世に誕生するのだ。そしてそのマガリコは、その家の子供の相棒となり、生涯を共にする。


 13歳の誕生日とは、性別を決定する日であり、庭に植えたその家のマガリの木を大樹に還す日でもあるのだ。


 ヒタキより少しぽっちゃりした体型のメジロは、大急ぎで自分の草色の体毛を梳かしつける。さまざまな草の絞り汁で染め上げたような体毛が、たちまち絹のような艶を帯びた。最後に、首周りをぐるりと帯状に囲む白い和毛を、念入りに撫で付ける。メジロはハスミュラの洗面器にわずかに残った水滴をつるりとした顔に塗りたくると、ベッドの中の布を取り出してごしごしと顔を拭った。

 「もう、横着して」とたしなめるハスミュラの肩に飛び乗り、「準備できました」とばかりにかしこまって背筋を伸ばし、彼らの笑いを誘った。


 前日に掘り出してあったマガリの木には、いくつもの花が咲いている。わずかに茶金を帯びた黄緑色の花弁は花の中央で色を変え、白い輪でめしべとおしべを囲む。

 根元を麻布で包んだその木を、エマトールが抱えた。


「いいのよ、それくらい自分で持てるわ」

「でも、せっかくの綺麗な服に土がついちゃうだろ。ほら、手を離して」


 メジロがマガリの木のてっぺんに飛び移り、ひょろりと細長い手足を振り上げてご機嫌で踊りだす。奇妙で可愛らしいダンスに先導され、一行は朝食の場へと向かった。


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