第27話

 秋さんは身体と手とを離すとナプキンを一枚取って何やら書き始めた。


「まず、日本をずっと旅するのなら残りの金じゃ足りない。ネットカフェで寝泊まりしたって少なくとも二人で四千円、それから三食で三千円、諸々見積もって一日八千円は必要なの。だから私たちは一日八千円以上は稼いで残りの金を次の県に行く費用に充てないといけない」


「そうだね」


「でも毎日働き続けられるわけではないし、バイト先が許してくれないと思う。その働けない日のために残りの九十万を使うの」


「九十万? もうそんなに減ったの」


「実際には九十三万だけど、今日で九十万になると思う。服も足りないし、下着も買わないといけない。おざなりになった準備を今日しないと」


 白くかさついた紙に彼女は多様な数字を書き連ねた。殆どは四桁の想像に易い数字だったが時折連なるゼロが多くなって僕の頭上を飛び越えた。何かそれは現実と理想を反復横跳びしているようで、そうして僕らはこれから無茶な高跳びをして桁の壁を越え理想の世界に飛び込まないといけない。でも僕はもう引き返さないし、引き返す意思もない。僕は引き返さない理由を見つけていた。


 僕らはそれから今日しなければならないことを整理した。まず、バイト先を決めないといけない。出来るだけ時給が高く短い期間で済むものがいい。次に僕の銀行口座の開設、下着や歯ブラシ等の購入、誰かが怪しんだ時の口裏合わせ、当面の目標金額の設定、やることは無数にあった。

 僕は引っ越しのバイトをすることにした。引っ越しなら短期が多く、第一時給が高かった。八時間以内なら固定で八千円、それより長くなれば時給千二百円は破格の条件だ。

 一方彼女は色んな単発バイトを転々とするつもりらしい。イベントの設営、試験監督、新装開店するスーパーの陳列とそういう類を一日ごとにこなすらしい。

 大変じゃない? と僕が訊いても彼女は何でもなさそうだった。


「だって折角だから色んなバイトをしたいじゃない」


 僕らはとりあえず鹿児島に六月いっぱいまで留まることにした。今日が六月の十九日だから一ヶ月と三分の一いることになる。鹿児島の期間にとりあえず蓄えを百万まで戻せたら宮崎に向かい、大分、福岡、佐賀、長崎、熊本と九州一周する。


「あと、三日に一日は重なった休みをとりましょう。私、やりたいことが沢山あるの」


 彼女の目が宝石のように煌めいた。

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