第22話

 いよいよ鹿児島に着いてしまった。彼女とロビーで合流して、鹿児島中央駅行きの高速バスに乗った。僕らの周りにはさっきのサラリーマンやおばさんと同じような人達が眠り揺られていた。僕らは起こしてはいけないと全く口を利かなかった。けれど眠りもしなかった。疲労もあったが無闇に昂った血潮がそうさせなかった。

 僕はあれこれと考えた。これからのこと、この旅がいつまで続くかということ、この旅が終わった後のこと。しかしどれもハムスターの滑車のように軽い音しか鳴らない。ここまできて阿呆みたいだ。

 僕はスマートフォンを確認した。母から通話が三件来ている。当然だった。もう二十二時をゆうに越している。しかも和明の件から面倒事が重なってしまいはたまた混乱しているのだろう。僕は母にメールを打ち込んだ。


『すみません。様々なことが立て続けに起こって、どこから話せば良いかわかりませんが、とりあえず大丈夫です。

というのも、僕はいま別のところにいて、当分家には帰らないつもりです。

また金銭も、心配に及びません。無くなったらその時帰ります。

予備校は、』


 そこまで書いて手が止まった。いまだに決心が足らないのかもしれない。鹿児島まで来てまだ決心が要るらしい。

 隣の窓側に座る彼女を見やった。彼女はこちらに束ねた後ろ髪を向けて景色を見ていた。その目は僕に足らない決心の結晶だろう。いや、そうでなくては困る。いやいや、そうでなくとも構わないはずだ。彼女の心持ちはどうであれ、僕は彼女の言葉にハッとしてここまで行動を起こしたのだから。

 そう思い、僕はメールを書き直した。これは反発の旅で、逃走の旅ではないはずだ。仮に逃走の旅だったとしても、なよなよとした逃走をまたしてはいけない。


『唐突で驚くかもしれませんが、僕は家を出ました。もう帰らないつもりです。理由は具に書くべきかもしれませんが、貴方たちもわかっているでしょうし、それが解決可能なものとは思えないので、書きません。また予備校は退校手続きを面倒ですがやって下さい。出来損ないの息子の手切れ金がわりだと思って。』


 メールを送信すると胸に強いものを感じた。これが良いものか悪いものかもわからない。多分、そのどちらも含んだものだろう。この胸の内から正中線に渡る激動は、ある人から見れば『自由』であり、またある人から見れば『不安』であり、さらに別の組み合わせから言えば『権利』であり『責任』なのだろう。

 バスは都市の喧騒へ近づく。田舎道から高速道路を経て六車線に図体を移す。僕はこれが幼虫から蝶への成長に思える。この喧騒に僕は甘えてはいけない。僕はこの都市か或いは他の未知の都市で生きなければならない。生きることは何なのか僕にはわからないけれど、先刻までの僕は生きていなかったことだけははっきりしている。

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