第26話 悪魔が【囁】いた
「最後の
一冬がその映像を見て呟く。
本多君の最後の賭けは、残念ながら失敗に終わった。
残弾を失い、投擲爆弾を失い、渾身の策も尽きた。
だが、ストーカーの考えとは裏腹に、本多君には武器がまだある。
銃口下に取り付けられた刃渡り16センチの刃『銃剣(ガンブレード)』。
あれが本多君が仕掛けたトラップでによってわずかに傷つけたストーカーの砕けた胸――僕がやられた時と同じ、心臓を貫くことができれば、まだ勝つことができる。
ただ、あの時は僕が不意を突かれ、本多君の間合いに入っていたから、その刃は僕まで届いた。
だが、あの時の僕とストーカーとではまだ条件が違う。
この後、残弾のない本多君にストーカーが安易に姿を現すことがあるかもしれないが、『距離』が詰まっていなければ、銃剣は届かない。
妙な真似をすれば躊躇いなくストーカーは本多君を撃ち殺すだろう。
「だが、今のでわかった。彼は間違いなく、彼だけでは知り得ない情報を手にしている」
迷宮の仕組み、その構造は本多君の映像からマッピングできた。外側に分岐が少ない構造。基本の図形は間違いなく『神秘幾何学模様(フラワーオブライフ)』だ。
これだけの時間を本多君の映像で見ていればさすがに気づく。
わかってしまえば僕だってこの迷宮の奥へ進むことはできる。
ただ、何故彼はその中で本多君の位置をみつけることができた?
そんなことは本多君を良く知る僕にさえできないのに。
彼には僕らには見えていない世界が見えている。
他人の感情を読み取る僕と見る世界と同種だが、それ以上に確実で、初心者でも絶対的に信じることができる真実。
先ほど三人で話し合った、『小テスト』でいう誰にでも出来る所謂チート行為とは……
「あぁ……そういうことか」
一つの答えが脳裏に閃き、花開く。
「わかったのか――山葉!」
僕の視野は大分狭くなっていたようだ。簡単なことじゃないか。こんな小テストは、野郎と思えば誰にでも満点が取れるやり方だ。
そして、謎を解いた者は、求められれば、その役を演じなければならない。
「あぁ、初歩的なことだよ、友よ」
だから、探偵役は僕が担おう。
「チート、つまりイカサマでいえばあまりに初歩的なこと。考えてみれば、今僕たちも同じようなことができる」
真実とは常に見るべき
「私たちにも――できる?」
一つずつあったできごとを並べてみる。
①どうして本多君はストーカーの裏を取れず、相手は裏を取れるのか。
②本多君の狙うポイントが相手にすぐにバレてガードされてしまうのか。
③僕のデコイ戦術を一見で見破ったのか。
④なぜ、本多君の突拍子もない思いつきの奇策さえ、先読みできるのか。
「それは、わかっているからだ。本多君がやろうとしていることを『第三の目』から見ているからさ」
もう、さすがに答えはわかっただろう。
僕達は今まさに、それを見て、それを聞いている。
第三の目とは、自分のものではない。
「そう、ストーカーは本多君の見ている――僕たちが見ているこのVRゴーグルに映された映像をみているのさ」
一冬と鈴木さんがその事実に、思わず立ち上がる。
無理もない。できないはずのことをストーカーはやっているのだから。
考えてみれば、僕が最初に浮かんだ疑問とは、単純なことだった。
それは、どうしてストーカーが忌み嫌っているはずの本多君と『フレンド登録』をしたのか。本多君のログイン状況を知るだけなら、フォロー程度で十分のはずだ。
なのに、どうしてフレンド登録するのか――必要だったからだ。
「本多君は彼からフレンド申請のメッセージを受け取り、フレンド登録した。そのメッセージに文面では見えないウイルスが交じっていたんだろう」
今はAIがアンチウィルスソフトとして起動し、常にオンラインで定義を更新し続けているが、AIがまだ発達していない少し前、そのウイルスが個人のデバイスを操作し機密情報を国同士が盗みあった時代があった。
これは、おそらくそれに近しいウイルスだ。
「だが、なぜセイグリッド・ウォーのAIがそれに気がつくことが出来ないのか」
これは推測だが、VRゴーグルの仕組み、おそらくはそのブラックボックスが関係している。
「トレーサープログラム(ウイルス)は、おそらくゲームアプリ事態には影響を一切与えなかったのだろう。もし与えていたなら、本多君、もしくはストーカー自身が監視AIによってBANされていただろう」
だけど、VRゴーグルに搭載されたディヴィジョン(D)・システムは別だ。
こいつはセイグリッド・ウォーで推奨されているが、あくまでサードパーティ製品。そして、広く普及されているが、その根本は航空機技術同様に、機密(ブラックボックス)がある。それを理解し、そこにウイルスを仕込むことは可能だ。
さらに、ニュートリノによる超光速通信システムによって、現代では映像が本多君自身から発信されていたとしても、前時代のようにラグのある映像ではなく、それによる遅延もない。
そう考えればすべてに説明がつく。
「彼は本多君が見ている『景色』を見ていた。だから常に居場所は対戦中に本多君が見るものから索敵され続けていた。おそらく迷宮のルートも、本多君の映像から知ったんだろう」
迷宮の壁にはそれぞれポイントに『記号』が掘られている。どこかで本多君がその記号を見た時、ストーカーもそれを確認し、追いかけている時に、その場所に辿り着いたのだろう。
「見ている映像から、ストーカーは回り込んでいることを察知できる。撃ち合いでは画面に映るスコープから、自分を狙っている部位をカードすることができ、僕のデコイ作戦を見破ることも、壁に爆弾を仕掛ける本多君の奇策も看破することもできる」
これがストーカーのチート行為の全貌。
トレーサープログラムとは、小テスト攻略でいう、所謂『カンニング』だ。
「なら、今すぐ本多のゴーグルを――」
一冬が本多君のVRゴーグルに触れようとするが、僕はそれを静止する。
「……ダメだ。それを外せば一時的にログイン状態が解除され、彼は失格になってしまう」
この事実に、僕が予選が始まる前に気がつくことが出来たなら、対処もできたのだろう。
だが、この時点ではあまりに遅すぎた。
そもそも、大きな謎がまだ残っている。
Dシステムのブラックボックスに仕掛けられたウイルスだが、なぜそれを作ることが出来たのか。
ストーカーがDシステムの関係者なのか?
それとも、その関係者とつながりがあるのか?
だが、その謎は解く必要がない。
そして、今となってはこの問題すらも、どうすることもできはしない。
「もはや、分かったところで今の僕たちにさえ対応策はない。そして、それを本多君に伝える術もない」
戦場から離れ、戦い終えてしまった僕らにはもうできることはない。
「こいつがチート野郎に負けたらお前の責任だぞ、山葉。お前がこいつを巻き込んだんだ」
一冬の口調がまた、やや厳しいものになる。
「お前はわかっていたはずだ。ストーカーが普通じゃないことも――なら、このシチュエーションだって予測できたはずだ」
確かに、僕ならこの戦いの中で気付くことができたかもしれない。
ストーカーのチート行為にも、実体はわからなくとも、ずっと前から気がついていた。
「だけど、お前は見捨てて一人、俺達の誰よりも早く予選を通過して、あいつを置き去りにした。あいつがチート野郎に負けたら、どうするつもりだ」
ここにいる僕達が、口にしなかった言葉。
その触れがたい未来に、ついに一冬が触れた。
「………そうだね」
いつかはしなければいけない話。
僕はずっとその質問に対して、決めていたことを答えを口にする。
「どうもこうもないさ。彼が負けたら、彼はこのチームから除名する。支障は無い。予選が個人であるならば、足りない最後の仲間は一冬が望んだ通り、AIプログラム(アンドロマリウス)にする」
この言葉に、ついに一冬の怒りが頂点に達したのか、僕のYシャツの胸ぐらを掴むと、そのままサーバーの入った黒いボックスに体を叩きつける。
一冬の身長と僕の身長は大人と子供くらいの差がある。
力で攻められれば、か弱い僕には為す術もない。
「テメェ……」
「やめて川崎君!」
この一冬の怒りはもっともだ。鈴木さんは止めるように言って入るが、内心では僕を軽蔑していることだろう。
ただ、僕はこの答えを変える気はない。
「いい加減にしろ。テメェのその薄情なところだけは、今でも気に入らねぇんだ!」
そういえば、前にもこんなことがあったな。
確かあれは、丁度一年前――僕らが初めてチームになった日だった。
こんな風に怒れる人だから、僕は川崎 一冬を唯一の『友人』だと認めたんだ。
「一冬、彼に必要なものは僕には――僕たちには用意できない。たとえ僕が彼のために迷宮に残ってストーカーがチート使いであることを伝え、彼の代わりに僕があいつを倒したとしても、本多君は僕らの『仲間』にはなれない」
これは、僕ではない――本多君の自分に課した最終試験だ。
「本多君にとって、仲間入りは僕たちが決めることじゃない。僕たちはすでに彼を『仲間にする』と決めた。だけど、当の『本多君』には、わからないんだよ」
彼にはどうして自分が仲間に慣れたのかが、わからない。
それは、入会試験の時、僕達に二度負けたという事実が残っているからだ。
それが本多君と僕達に『壁』を作っている。
その壁を取り払わない限り、本多君には僕の言動が『常に彼の何かを試している』かのように感じてしまう。
鈴木さんがいつまでも彼のために『施し』を行っていように思えるし、川崎は常に仲間入りを『認めていない』ように見えてしまう。
彼には自分の力を『証明』することができていない。
「たぶん、僕をキルしたことだって、偶然だったと思っている。僕が油断してやられただけだと思っている」
このままでは僕らはチームにはなれない。
僕達の言葉は、その真意は、決して本多君に届くことはない。
「……偶然って……違うのか……」
川崎が疑うように尋ねる。彼にも、僕が実力で負けたようには見えていないようだ。
「僕は確かに彼を侮った。あの時、油断していた。だが、それでも万全の準備はしてあった。少なくとも彼が不意に立ち上がり、僕に襲い掛かった時――まだ、間違いなく僕のほうが圧倒的に有利だった」
第一に僕と本多君にはやや距離があった。電気銃を受け、本多君の操作は非常に困難なものであり、銃を撃つという精密動作すら難しい状態だった。
だが、不利な状況で彼は僕に勝った。
それは運がよかったわけじゃない。純粋に彼の力で僕に打ち勝ったんだ。それが僕にははっきりわかった。
「そして、……本多君はそれを知らない」
その打ち勝つ力こそ――僕が探し求めていた、望んでいた最後のピースだったんだ。
「一冬。君は『ストライカー』だ。0を1にする力を持っている。僕はその力を利用する『フィクサー』だ。その1を100にする力がある。そして鈴木さんは『サポーター』だ。その100を常に維持することができる」
これはビジネス現場で定番の考え方だ。
人にはそれぞれ特異とする役割があり、それに適した武器がある。
僕はその理念を元に、考え得る最強のメンバーをこの学校に集め、このチームを作った。
「そして、僕たちは前回の大会で、それぞれその役割を意識し、チームとして戦い――そして敗れた」
それぞれが、ゲームの世界ではエキスパートなのに優勝には遙かに届かなかった。
――なぜ、ダメだったのか。
僕はその答えを求め、本多君に出会って、遂に答えに辿り着いた。
『彼が欲しい。このチームには、彼の存在が必要だ』
僕に打ち勝った彼を見たとき、はっきりと自分の中の『
「変わりたいんです」
彼は僕達に言った。それが彼の願いだった。
ならば、その願いは――『変わった』とは、誰が証明できる?
誰かが『キミは変わった』と言えば、本当に自分変わったと思えるのか?
違う。他人の言葉なんて、決して心の底から信じることなどできはしない。
彼は他人の評価が欲しくて願ったわけじゃない。自分自身が変わりたいと願ったんだ。
だからこそ、自分が変わったと証明するのは自分だけだ。
「勝て――勝って自分の手で証明しろ」
そして変わったと実感できるのは、この世界には『勝利』だけだ。
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