イケメンだろうとダメなことにはダメ出しします!


「はあ!? 照れ隠しぃ!? あの棒読みやる気ナッシングの謝辞がぁぁぁ!?」



 人の家で大声を出すのは、迷惑行為だとわかっている。けれど今、この家には文句を言いたい相手しかいない。ならば許されるはずだ。



「母さんに怒られた後だったし、いろんな人がいたし、それにみなみくん……俺が作ったって知ってすごく嫌そうな顔してたから」



 唐揚げを飲み込んでから、北大路きたおおじはこちらの様子を窺うようにもそもそと弁解した。


 そんな顔してたかな? うぅ……ちょっとしてたかも。



「い、嫌がったんじゃなくて、ほらその……意外でさ? 北大路って作るより作られる側っていうか? そんな感じじゃん?」



 うん、我ながら、ひどい弁解である。


 あの後、俺達は『お惣菜屋アヤカ』のすぐ近くにある北大路の家にやってきた。一戸建ての小さな家は白と水色の外壁が可愛らしくて、中も手作りらしき小物がたくさんあって、アヤカさんらしい雰囲気だ。


 対して北大路の部屋は、驚くほど殺風景だった。ベッドと小さなテーブルと座椅子と本棚、以上。クローゼットの中は見ていないけれど、この分だと中も閑散としてそうだ。



「ここに来るまでは料理なんてしたことなかったから、間違ってはないかな」



 俺の言葉にそう返すと、北大路は次なるお惣菜の包みを開けた。


 唐揚げ三十個を食べ尽くした後は、コロッケ二十個である。しかしどうせ食べるなら、全部広げてちょっとずつ摘んだ方がいいと思うんだよなぁ。一種類食べ尽くしてからじゃないと他のを食べないって、そういう性格なんだろうか?


 とはいえ、俺は北大路の食事方式に従うしかない。だってテーブルに並ぶお惣菜は俺が買ったんじゃなくて、アヤカさんが北大路に持たせたものなんだから。


 俺もコロッケを手に取り、この機会だからいろいろ質問してみようと考えて尋ねてみた。



「北大路って、すげー食うのに細いよな。何かスポーツしてるの?」

「今は何もしてない」



 にべもなく答え、北大路はもぐもぐとコロッケを食べる。


 ええと……話しかけるなオーラ放ってますよね? 喋りながら食べちゃダメとでも躾されてるのか?


 どうしようもないので、俺もコロッケを口に入れた。うーん、美味しい! 一番は唐揚げだけど、コロッケも大好きだー!!



「南くんって、本当に美味しそうに食べるよね」



 笑顔で幸せの味を噛み締めていると、自分の分のコロッケを全て胃に収めた北大路が静かに告げた。お、会話していいのか?



「美味しそうっていうか、美味しいじゃん。こんなの毎日食べられるなんて、お前、幸せ者だぞ! あ、ウチの母さんのコロッケもなかなか美味いんだ。隠し味にカレー粉入っててさー」



 せっかくなので我が家の料理についても語ろうとしたのだが、北大路はオニギリに夢中となっていた。


 えー、自分から聞いといてその態度ぉ……? ちょっと感じ悪くなーい……?



「ふぅ、落ち着いた。南くんの家のコロッケにはカレー粉が入ってるんだ。今度母さんにも提案してみるよ」



 遅れて俺がオニギリに口を付け始めたところで、北大路はしれっと会話を再開した。


 こいつ……本当に何考えてんだ? ノリのリズムが全く掴めないんだが?


 口いっぱいに米を頬張っているせいで答えられず、俺はジト目で北大路を睨んだ。



「あ、ごめん。ちゃんと話は聞いてたんだ。でもお腹が空いてて、喋るどころじゃなかったんだよね」



 ペットボトルのお茶を飲んでから、北大路はそう答えた。


 ちなみに現在、午後四時。お昼の怒涛の大食いから、まだ四時間弱しか経っていない。えらく燃費の悪い体してんな。



「スポーツもしてないのに、そんなに腹が減るってやっぱ普段から頭使ってるからかな? 北大路って前は有名な進学校に通ってたっていうし、来週から始まる中間だって余裕だろ? 俺は食っても見たまんま全部肉になるだけで、頭にはちっとも養分いかないからなー」



 オニギリを食べ終えると、俺は改めて北大路のスリムボディを眺めながら溜息をついた。ちょっと声音に羨みが入ったかもしれない。



「頭もそんなに使ってないと思う。特に勉強してるわけじゃないし、何でも何となくで何とかなってる感じだから」



 そういうのを天才って言うんですよ!


 何だこの野郎、顔も良くて太らなくて天才とか神に愛されすぎだろ。一つでいいから分けてほしいもんだ。



「…………俺がよく食べるのも、何となく、なんだ」



 けれど北大路は、俺の羨望と嫉妬の眼差しなどさらりと受け流して、自嘲するように投げやりな声で言った。



「何となく、食べてると落ち着く気がして。そしたら早くお腹が空くようになって、たくさん食べずにいられなくなった。それだけ。食べるのが好きとかそういうんじゃないんだ。だから大食いではあっても、南くんとは違うと思う。美味しいなんて、感じたこともないし」



 俺はあんぐりと口を開けて北大路の吐露を聞いていた。


 こいつ……お腹が空くから、ただ食料を詰め込んでるだけなのか?

 毎日アヤカさんの料理を食べていて、美味しいとか幸せとか感じないのか?

 しかもあんなに素晴らしい唐揚げを作れるポテンシャルを秘めているというのに……?



「そんなんじゃダメだ!」



 怒りに任せて怒鳴ると、北大路は軽く仰け反った。けれど俺は構わず、奴の襟首を掴みぐっと顔を寄せた。



「美味しいものを美味しく食べられないなんて、そんな不幸なことあるか!? お前、どんだけもったいないことしてんだよ! こうなったら、俺が治してやる!」


「えっ……え? 治すって……何を……?」



 長い睫毛を瞬かせ、北大路が恐る恐るといった具合に問い返す。



「何をって、お前のそのバカ舌とこのバカ胃袋だよ!」



 そう言って俺は、空いている左手で北大路の平たいお腹をぺちんと叩いた。軽くだったし、俺の掌はお肉に包まれてほわほわ柔らかだから大してダメージはないだろう。



「えっと……大食いを、治すってことかな?」


「治るか治らないかは、北大路次第かな?」



 ニヤリとむっちりついた頬肉を持ち上げ、俺は不敵に笑ってみせた。

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