第3話

 サイレンが鳴る。所属不明機接近、繰り返す。所属不明機接近。女性が、ゆったりとした調子でアナウンスする。戦闘要員以外は速やかに撤退してください。その直後からだ。地響きが次第に大きく……いや、何かがこちらに迫っているのを感じた。

 ぼくとアドルフが衝撃に狼狽える中、天井や壁面に亀裂が奔った。しかし、今度はそこから新たな機械の触手が生えてくるのではない。瓦礫を零しながら天井が隆起し、隆起したかと思えば崩落した。雪崩れる瓦礫に機械の取調官は飲み込まれていく。兵士が集まってきて、天井に開いた大穴に銃口を向けた。

 誰かが固唾を呑む。その場に居合わせた全員が注目する中、大穴から金属製の巨体が姿を現した。アドルフたちが目を見開く。ついでに、ぼくも目を見開いた。

〈いや。なんで、カイルまで驚いてんの〉

 前面に突き出たコクピットの、キャノピー越しに少女が言った。

「……クレアの登場があまりにも派手だったもんで」

 褒めたつもりはないが、言われたクレアは嬉しそうだ。

 兵士たちは銃を構えてクレアを囲い、じりじりと詰め寄った。

「大人しく投稿しろ。そうすれば手荒な――」

 クレアは話も聞かずに乗機からワイヤーを飛ばし、アドルフとその部下たちに命中させると、ワイヤーに電流を流した。痙攣し、床をのた打ち回るアドルフとその部下たち。クレアはキャノピーを開けて「電圧は抑えたつもりなんだけど」と気絶した兵士たちを見降ろした。

「〈船〉で突っ込んだって兵士は言っていたぞ」

「うん。エディがイケるって」

「コロニーの外から?」クレアは頷く。「外壁を突き破って?」クレアは頷く。

 クレアは言った。「何か問題でも?」

 ドン引きしているぼくに対して、クレアは真顔だった。なんてやり取りの合間にも、開きっぱなしのドアの向こうから大勢の足音が。

「カイルがトロいから」

「クレアが騒ぎ過ぎなんだろう?」

「助けに来たっていうのに、感じ悪っ!」

「問題を大きくしてくれてありがとう」

 言い争っている内に、ぼくたちは再び包囲されてしまった。クレアは表情一つ変えず、コクピットの下部に備わっている銃身を回頭する。ぼくを狙う……わけじゃなく、銃口は建物の壁に向いた。

「何をするつもりだ」

 兵士の内の隊長格らしい男。それから、ぼくの声が揃った。

〈いいから、いいから。任せて。ちゃんと、考えがあるんだから〉

 考えがある。そうか。よかった。よかったよ。正直、冷や汗をかいた。なんだ。考えがあるのか。ところで、今クレアが銃口を向けた壁の向こうは〈ミグラトリー〉の外壁と繋がっているはずなんだけど、その考えというのはどんなものだろう。

〈そのドア。入り口のやつ。エアロックよね?〉とクレアは隊長格の男に聞く。

 オーケー。こいつ、壁をぶち破ろうって魂胆か。

〈開けた穴はこっちで責任を持って塞ぐけど、外に吸い出されたくなかったら、エアロックの向こうに退避した方がいいんじゃないかしら?〉

 鈍く輝くその銃口に、兵士たちが動揺する。指示を期待して上官を見た。だが、隊長格の男は足元で気を失っているアドルフとクレアの銃口を交互に見るだけで、碌に返事もできない。

「おい」声をかけると、隊長格の男の肩が跳ねた。「クレアはやると言ったことはやる女だぞ」

 ぼくがマジでビビってるのが表情で伝わったみたいで、隊長格の男は気を失っている連中を部屋の外に連れ出すよう部下に指示した。

 急げ、急げ。呑気に兵士を見送っている場合ではない。クレアの乗機は複座式のコクピットで、ぼくはその後ろの座席に転がり込んだ。クレアはキャノピーを閉じてトリガーに指をかける。兵士が部屋のドアをロックしようとしたそのとき。クレアも兵士もその手を止めた。

 キャノピーに映るクレアが眉を潜ませる。

「何あれ」

 兵士の顔が歪んでる。……いや、違う。空間だ。ぼくたちと兵士たちの間の空間が歪んでいるらしい。宙に浮いた歪みが向こう側の光景をねじ曲げている。渦を巻き、空中に穴が開く。穴の向こうから気配を感じた。何かがいる。空中に開いた穴は次第に大きくなって――。

 空間にできた亀裂から、腕が伸びた。白銀の、か細い腕が。湖面を波打たせるように穴の周辺の空間が揺れ、腕から肩、肩から身体と、穴の向こうに感じた気配の全貌が露わになっていく。

――もうすぐ、世界の終わりがやってくる。

 人々の頭の中に響き渡った言葉。あの言葉が、頭の中でリフレインした。あいつだ。現れたのは、白銀の人型。報道番組で見た、あの〈銀ピカ〉だ。

 クレアの乗機――〈スイマー〉――は、元は遥か昔、宇宙遊泳が娯楽として流行っていた時期に建造されたアトラクションで、〈ミグラトリー〉の最下層(ゴミ溜め)に遺棄されていたものだ。ぼくたちのエンジニアがそれを小惑星採掘用作業機として改修したことにより、コクピットの両脇にはデブリ破砕用の火器が備わっている。

 どうしてそんな話を持ち出したのかっていうと、〈銀ピカ〉の登場に間髪入れず、クレアがその火器を連打したからだ。

「何やってんだ」

「あんたを助けに来たって、さっき言ったじゃない」

「そうじゃなくて、弾だよ。まだ、現れただけだぞ」

「だって、容赦しなくても良さそうな顔してるじゃない。それに……ほら」

 銃撃をもろに食らったはずの〈銀ピカ〉は、何事もなかったかのようにこちらを見ている。その背後で、兵士たちが銃を構え直す。突然現れた〈銀ピカ〉に驚いたのか、クレアの銃声に危機感を抱いたのか。いずれにせよ、その銃弾を一身に浴びているのは、間に割って入った〈銀ピカ〉だ。クレアも機銃を止めない。

「おい」ぼくは〈銀ピカ〉から視線を外さず、小声になった。「逃げた方がいいんじゃないか」

 ニュース映像を思い出せよ。〈ミグラトリー〉の防衛システムを一網打尽にしたあの力をここで使われたら、どう見積もったって無事では済まない。

「止めろ!」悲鳴のように叫んだのは隊長格の兵士だった。「〈プロテージ〉は刺激するな!」

 なんだ、あいつら。まさか手を組んでるのか?

 全員の退避が済んだのを確認すると、隊長格の男が殴りつけるみたいにドアロックのスイッチを押した。そして、ドアが閉まると今度はクレアは部屋の壁を吹き飛ばす。それで開いた穴は大きくないが、〈スイマー〉の身体は回遊魚のように長い身体をしていて、背筋を伸ばせば狭い通路だって通り抜けられる。

 取調室から吐き出される空気が室内に大気の流れを生む。その流れに乗って穴を擦り抜けた〈スイマー〉の動きは正に回遊魚のそれだ。穴を抜けると、そこは星屑散らばる漆黒の海。〈スイマー〉は身体をくねらせ、各所のスラスターの向きを調整しながら無重力の闇を遊泳する。

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