第10話 師匠と弟子とその弟子と

「なぜ止めなかったんですかっ!」


 ウォールロックがケデルの家を訪ねた時、中から大声が聞こえた。その声には聞き覚えがあった。ケデルの弟子のアッガスという青年のものだ。

 ただならぬ雰囲気を感じ、ウォールロックは中へと入っていく。声は広間リビングの方から聞こえていた。


「もういいです。俺、連れ戻してきます!」

「出て行ったのは今朝早くだ」

「街から出られなくて、困っているかもしれないじゃないですか!」

「故郷までの路銀はちゃんと渡してある」

「そういうこと言っているのでは――ウォールロック様!」


 出て行こうとしたアッガスと、入って来たウォールロックが鉢合わせる。


「大声が聞こえたので勝手に入らせてもらったわい」


 好好爺といった表情で、ウォールロックが言う。それを見てなにやら焦っていたアッガスの表情が僅かに緩んだ。


「来訪に気づけなくて、申し訳ありません」

「構わぬ。それより何を騒いでおるのじゃ?」

「聞いてください。先生がディールとヘジデを破門したんです」

「それは本当か、ケデル?」


 ウォールロックが椅子に座ったケデルを見る。ケデルは落ち着いた様子で頷いてみせた。


「はい。メリッサ様の件の責任をとって二人を破門いたしました」


 そして特別なことなど何もしていないといった様子でケデルは言う。それを見て、ウォールロックはため息を一つついた。


「その件についてはメリッサにも責はある。あれも無事であったし、お前の弟子たちに非はなしとグートバルデ伯には手紙を送ると言ったであろう」

「しかし二人いたのなら、どちらかが魔獣討伐の件を私たちに伝えることもできたはずです。メリッサ様を危険に晒したことにかわりはありません」

「お主も頑固じゃの」

「師匠譲りです」


 ウォールロックとケデルが互いに睨み合う。アッガスは険悪になった雰囲気におろおろし始めた。


「とにかくあの二人は破門いたしました。もう私とは一切関わりはありません――」

「先生、そんなっ」

「お主……よもやそのようなことをほざくほど落ちぶれたかっ!」


 普段の好好爺とした見た目からは想像できない大喝が、ウォールロックから放たれた。

 アッガスが驚き、大きく体を震わせる。しかしケデルは平然とした表情でそれを受ける。


「――ですのでメリッサ様の件についての罰は無関係な人間にではなく、このクラウブルの魔術師ケデルにお与えくださいますよう、グートバルデ伯爵様にはお伝えください」

「……なんじゃと? まさかお主、弟子たちが罰せられぬよう破門したというのか?」


 先ほどの怒気が嘘のように、ウォールロックは気の抜けた表情で言う。


「そうではありません。罰は私の方で与えております」

「お主はやることが極端じゃの。儂が口添えしてやると言うておったのに。弟子の件については大丈夫じゃ。儂が保証する。じゃから破門を解いてやれ」

「先生」


 アッガスが期待を込めてケデルを見る。ケデルは首を横に振った。


「それはできません。人の命がかかっていたのです。罰は受けるべきです」

「やれやれ。それでも破門はやり過ぎじゃろう」

「それに、ディールについてはこれで良かったのかもしれません。私の所にいても魔術を習うことはできませんから」


 ふと表情を和らげてケデルが言った。


「そうじゃ、そのディールじゃ。メリッサから聞いたのじゃが、呪文を教えておらぬというのは本当か?」

「はい。あれの父親に、魔術師になるのを諦めさせるように頼まれていたのです」

「わざわざお主に預けてまでか? 随分とけったいなことをしよるのう」

「父親とは古い知り合いなのですが、ディールが魔術師になることに反対していましたから。呪文を教えなければ諦めると思っていました」

「本当に呪文を教えておらぬのじゃな?」


 ウォールロックの言葉に問いかけてきた内容以上の意味を感じ、ケデルは何事かといった表情で己の師匠を見る。老魔術師ろうまじゅしは逆に、何かを確かめるようにじっと弟子ケデルを見ている。


「? はい。私は一度も」


 そう言ってケデルはアッガスを見た。


「お、俺も呪文を教えてはいません。こっそり教えようと思ったことはありましたが」


 ウォールロックはケデル、アッガスの順に視線を移した。そして二人の表情に嘘はないと分かると「ふむ」と言って顎に右手を当て、髭を触り始めた。


「じゃが、魔獣を倒し、メリッサを助けたのはディールじゃぞ?」

「それは……本当ですか?」


 ケデルが意外そうに訊く。横で話を聞いているアッガスも驚いた表情を浮かべた。


「なんじゃ。弟子から話を聞いておらぬのか?」

「話はヘジデから聞いておりましたし、てっきり二体ともメリッサ様が倒したものだと」


 ヘジデが途中で逃げ出したことは聞いていた。だからその後に何があったのかはケデルも知らない。知っているのは魔獣が二頭とも倒されていたということだけだ。

 ディールも話すことはなかったので、てっきりメリッサが倒したものだと思っていた。


「メリッサが倒したのは小さい方の魔獣だそうじゃ」

「ではもう一頭はディールが?」

「メリッサの話ではの。のみならず、メリッサの傷も癒しおった」

「まさか。ディールは神聖祈祷しんせいきとうなど使えないはずです」

「治療を受けたメリッサも神聖祈祷ではないと言っておったわ」

「ではいったい……」

「それを聞くために今日は来たのじゃが――」


 ウォールロックは広間リビング内を見回した。ここにいるのはケデルとアッガスの二人だけだ。そして先ほどまで二人が話していた内容を考えると、ディールはすでにこの家にはいないのだろう。


「ディールは今朝、出て行きました。故郷に帰ったはずです」

「まったく、お主という奴は。故郷はどこじゃ?」

「商都トリオスです。あれの親はトリオスで大きな商会を営んでいます」

「王都の近くじゃな。ここからずいぶんと遠いの。じゃが王都に近いならむしろ都合がよいか……」


 呟きながらウォールロックは目を閉じて考え事を始める。その間も髭を撫で続けている。


「のう。ケデル」ウォールロックはしばらくして目を開けた。「ディールを儂がもろうてもよいか?」

「師匠の弟子にするということですか? それは構いませんが……」

「お主から弟子を奪うような形になるぞ?」

「もう弟子ではありません」


 澄ました調子で言うケデルを、ウォールロックは面白そうに見る。ケデルはそんな老魔術師ろうまじゅつしを見て顔をしかめる。


「破門は取り消しません」

「この頑固者め。まぁ弟子にする件は本人にその気があれば……じゃ。魔術とは違う方法で魔獣を倒したようじゃし、案外もう魔術に興味はないかもしれん。じゃが、放っておくにはもったいない」

「確かに、魔力の扱いだけならアッガスよりも上かもしれません」

「なんじゃ、惜しゅうなったか?」

「いいえ」ケデルが即答する。

「本当にお主は頑固じゃの」

「師匠譲りです」


 二人の会話には打てば響く鐘のように言葉の応酬がある。師匠ウオールロック弟子ケデルも互いに譲らない。

 弟子の弟子アッガスはそんな二人を見て、思わずため息をついた。


 

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