第5話 王家の光と影

 訓練場に入ってきたレオ兄はすぐさま俺の姿を捉えると、


「アルフレッド! 来い!」


 めんどくさいなぁ……本当なら言葉を交わす間もなく逃走したいところだが、学園をサボってまで乗り込んできたとなると簡単に逃がしてはくれないだろうなぁ……。それどころか捕まえるまで追いかけてきそうだ。


「仕方がない……観念するか」


「マジですかアル様。よくもまあ、アレの相手をする気になりますね」


「第一王子に向かってアレとか言うなよ」


「わたしの主はアル様だけなんで。他の連中は知ったこっちゃありませんね」


 サラッとこういうことを言うんだよなぁ……マキナは。


「はあ……全く。そのスタンス、誰に似たんだか」


「そりゃあ、アル様ですよ。つまりアル様はメイド教育に悪影響を与えるんです」


「なんだそれ」


 けど確かに……そうかもしれない。マキナのスタンスは、俺に結構似ている。

 王族としてはあるまじきものだ。

 悪影響と言われれば自分でも否定しきれないな。


「……ま、いいや。じゃあ俺は言ってくるから、シャルを頼むな」


「承知しました」


 婚約破棄あんなことがあってからまだ日が浅い。どの道、シャルとレオ兄を会わせない方がいいだろうしな。


「アルくん……あの……」


「気にすんな。レオ兄の相手なら慣れてるから」


 訓練場で仁王立ちになっているレオ兄の前に立つ。


「何だよ、レオ兄」


「兄に対する言葉遣いを直せと、何度言えば分かる」


「……何の用ですか兄上。わざわざ学園をサボってまで」


 いつからだっけ。『レオ兄』って呼ぶのを許してくれなくなったのは。

 ま、こっちの喋り方が王族としては正しいんだろうけど。


「貴様が尻尾を巻いて逃げなければ、わざわざオレが出向くことも無かったのだがな」


「そーですか。それはお手間をかけてしまいましたね。じゃ、お帰りください。俺は忙しいんです。主に人間観察で」


「ルシルに対して非道を行った貴様を正さぬまま、オレが帰るとでも思ったか?」


「またその話ですか。で、証拠は出たんですか?」


「何だと?」


「だから、俺がルシルとかいう女を陥れたという証拠ですよ。把握している限りでは、そんなものは出てきてないはずですが?」


「…………ッ!」


 苦虫を噛み潰したような顔をするレオ兄。

 当然だ。何せそんな証拠はどこにもないのだから。

 証拠が出ない限り俺の非道とやらは証明できない。つまり、レオ兄がどう足掻こうと口論では俺を打ち負かすことは不可能なわけだ。


 ……わざわざ負け戦を仕掛けに行かなくてもいいのになぁ。

 第一王子としてそれは如何なものか。誇りや栄誉で飯が食えるわけでもあるまいし。


「黙れ! まだシラを切るつもりか!」


 そう言ってレオ兄が放ってきたのは訓練用の木剣だ。


「拾え! オレ直々に稽古をつけてやろう。貴様の性根を叩きなおす!」


 ひとまず俺は、投げられた木剣をのろのろと拾い――――


「えいやっ」


 ――――へし折った。


 ふう……危ない危ない。もうちょっとで稽古バトル展開になるところだったぜ。


「なっ!? 貴様、何を……!」


「嫌ですよ。稽古とか、めんどくさい」


「それでもレイユエール王家の男か!」


「俺はただ、兄上と戦いたくないだけです」


「腑抜けたことをほざきおって……! そこまでしてオレをコケにしたいか!」


 レオ兄のことだからある程度満足してくれるまで引き下がらないだろうなぁ。

 仕方がない……。


「じゃあ、いいですよ。稽古しましょう。けど、木剣は折っちゃいましたしねぇ。代わりに……」


 近くの壁に立てかけてあった剣を手に取る。鞘から抜くと、鍛えられた鋼の刃が太陽の光を受けて鈍い輝きを放っていた。


「俺は実戦剣これを使わせてもらいますよ」


     ☆


 アルフレッドが手にしたのは、刃が鈍く光る鋼の剣。レオルが持参してきた訓練用の木剣など叩き切れてしまいそうな代物だ。


 途端、周囲の兵たちがざわつき始める。

 相手が第三王子であるにも関わらず、アルフレッドに対する敵意を隠そうともしていない。


「卑怯者め……!」

「レオル様は訓練用の木剣だぞ?」

「恥ずかしくないのかよ」

「奴には誇りってもんが無いんだろうよ」

「所詮は忌み子だな……」


 周りの兵たちの囁きは、シャルロットとマキナのもとまで届いていた。

 アルフレッドが聞こえていないはずがない。だというのに、本人は涼しい顔をしている。まるでそんなささやきなど、聞こえていないとアピールしているかのように。


「どうします? 兄上。この条件をのんでくれるなら、稽古に付き合いますけど」


 挑発的なアルフレッドの笑みに、レオルは静かに応える。


「いいだろう。好きにしろ」


 レオルの言葉に、周囲の兵たちはさらにざわめきを大きくする。


「そんな……! レオル様、いくらなんでも危険です!」

「事故を装ってレオル様に危害を加えるに決まっております!」

「貴方の身に何かあってからでは遅いのですよ!」


 兵たちを手で制し、レオルは木剣を構えた。


「案ずるな。あのような卑怯者に後れを取るオレではない」


「相変わらずご立派ですねぇ、兄上。うっかり俺の手が滑っちゃったらどうするんです?」


「好きなだけ滑らせろ。貴様のような卑怯者に、オレは負けん!」


 第一王子と第三王子の模擬戦。

 確かにアルフレッドのとった手は一見すると卑怯なのだろう。

 ……だが、シャルロットの目にはそれがあたかも演出されているように見えた。


 アルフレッドが卑怯であればあるほど、レオルの堂々とした態度が映える。

 まるで影が光を引き立たせているかのように。


「アルくんの、あの顔……」


 似ている。婚約破棄を突き付けられたあの夜――――シャルロットを救ってくれた時と。


「おや。お気づきになられましたか、シャルロット様」


 隣にいたマキナが、にやっと笑みを浮かべる。


「アル様が企んでることに」


「マキナさんはそれが何か分かるんですか?」


「そりゃ勿論、準備に協力しましたから。そうでなくてもいつもしていることですし」


 まあ見てれば分かりますよ、とマキナが言っているうちに、二人の稽古・・が始まった。


「うぉおおおおおおおおおッ!」


 レオルは激しく吼えて果敢に飛び出すや否や、剣を叩き込んでいく。

 開幕早々に距離を詰められたアルフレッドは剣でそれをガードしており、防戦一方のように見える。


「やっちまえー! レオル様ー!」

「そんな卑怯者はぶっ飛ばしてください!」


 ヤジが飛び交う中、アルフレッドはひたすらレオルの攻撃を剣でガードする。


「あれ……?」


 その最中。シャルロットの眼が違和感を捉える。


「アルくんが使ってる剣……よく見ると刃が欠けてませんか? 塗装で誤魔化してるみたいですけど、妙に古めかしいというか……あれではそのうち折れてしまうのでは……」


「えっ。シャルロット様、アレが見えるんですか?」


「はい。私、眼は良い方ですし。剣も握りますしね」


「そういえばシャルロット様、学園では屈指の腕前を誇る剣士でもありましたねぇ……それにしたって、凄い眼をお持ちですよ」


 マキナから褒められながらも、シャルロットは二人の戦いを更に観察していく。


「……レオル様の攻撃を刃で受けていない……しかも、敢えて同じ個所で何度も受け止めているような……もしかして……!」


 一つの推察が頭に浮かんだ瞬間だった。


「はぁあああッ!!」


 レオルの振り降ろし。魔力を含んだ強烈な一閃が、鋼の刃を叩き追る。

 折れた刃が空を舞う最中にレオルは二撃目をアルフレッドの腹に叩き込んだ。


「がはっ……!」


 がくん、と。アルフレッドが地面に膝をつくと、周りの兵たちから歓声が沸き上がった。


「すげぇええ! 訓練用の木剣で鋼の剣を叩き折ったぞ!」

「流石はレオル様だ!」

「やっぱり第一王子は、どこかの卑怯者とは格が違うな!」


 周囲からの歓声を背負いながら、レオルはアルフレッドに剣を向ける。

 同時に、折れた刃が地面に突き刺さった。


「少しはルシルの痛みを思い知ったか」


「げほっ……やだなぁ、兄上……証拠は出てないって言ってるじゃないですか」


「まだシラを切るつもりか……!」


 繰り広げられている光景は、もしかすると第一王子が正面から第三王子の卑怯な策略を破ってみせたように見えるだろう。


 だがシャルロットの目には、別のものが映っていた。


「もしかして……ワザと負けたんですか?」


 その呟きに、隣にいたマキナが静かに頷いた。


「そーいうことです」


「アルくんが折られた剣も、何か細工が?」


「あらかじめ折れる寸前の剣を用意して、壁に立てかけといたんです。ぱっと見で分からないように、わざわざ外側を新品みたいに整えといて。あとは、刃ではなく腹で……かつ、攻撃が一点に集中するように受け続ければ、今みたいに折れるって寸法です」


 それがどれほどの技量を必要とするのか。

 剣をとり、鍛錬を積んできたシャルロットには分かる。

 とんでもない離れ業だ。


「……レオル様が学園をサボってこっちに来ることは『影』からの連絡を受けて分かってましたし、訓練場まで乗り込んでくることを見越して仕込みを入れてたんですよ」


「ど、どうしてそこまでの仕込みをしてまで、ワザと負けたんですか? 何の意味があって……」


「決まってるじゃないですか。レオル様のためですよ」


「えっ……?」


「アル様は自ら『卑怯で悪辣な第三王子』を演じることで、レオル様の堂々とした姿が引き立つようにしているんです。周りのレオル様に対する評価が上がるように。……そのかいあって、何も知らないバカな兵士たちの大半はレオル様に忠誠を誓ってますよ」


 視線の先にいるのは、レオルに尊敬の眼差しを送る兵たちだ。


「全部バラしたら……あいつらどんな顔をするんでしょうねぇ」


 語るマキナは、視界に映る兵士たちに対して皮肉げな表情を浮かべている。


「……別に今日に限ったことじゃありません。アル様はずっとずっと、レオル様の影を演じてきました。いや……レオル様だけじゃないですね。王家という光を引き立てるように、影に徹してきたんです。自分がどれだけ嫌われようと」


「どうしてそこまで……」


 兵たちの歓声を受けるレオル。対してアルフレッドは膝をついており、そんな彼に向ける兵たちの眼差しは冷ややかだ。

 婚約破棄を突き付けられたシャルロットが周囲から罪人を見るような眼を向けられたあの時と似ている。思い出して、シャルロットは背筋が少し寒くなってくるほど、あの悪夢は頭にこびりついている。


「自分を犠牲にしてまで……王家を……」


「アル様はね、家族のことが大好きなんです」


 優しく口にするマキナ。しかし、その瞳はどこか哀しみを帯びている。


「アル様にとって一番大切なのは『家族』なんです。『国』とか『民』とか、そんな赤の他人じゃない。家族なんですよ。……だから、大好きな家族のために自分に出来る役割を演じているんです。シャルロット様の婚約破棄の件だって……あそこでアル様が暴れてなければ、今頃はレオル様もタダじゃすまなかったはずですよ。あの場の騒動の原因は、全部アル様が被ったんですから」


「自分に出来る役割……それが、『悪役』による自己犠牲だと?」


「本人はそう思ってます。自分にはそれしかないって。……それだけじゃ、ないと思うんですけどね」


 マキナの言葉に込められた気持ちを推し量ることは出来ない。

 彼の姿をずっと傍で見守ってきた彼女に、浅はかな言葉を投げかけることなど出来なかった。


「立て、アルフレッド。まだまだこんなものでは終わらんぞ」


「いやぁ……もう勘弁してほしいですね。俺ってほら、軟弱なもんで」


「…………フン。いいだろう。今日のところはこれで勘弁しておいてやる。どの道、貴様は証拠が出るまでシラを切り通すつもりらしいからな」


 レオルは木剣を収める。その目は、明らかにアルフレッドのことを見下していた。


「二週間後に開かれる御前試合は知ってるな?」


「はあ……それは、まあ……。毎年恒例ですからね」


「そこでオレと貴様で試合を行う。オレが勝ったら……証拠が出るのを待つまでもない。貴様には自らの罪を認め、全校生徒の前でルシルに謝罪してもらう!」




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