第9話「姫騎士を鍛える(2)居合・撃剣・格闘」

「……っ!?」


 まさか、近づいてくるとは思わなかったのだろう。

 トヨハは、逆にあとずさっていく。


「逃げるな。本気で斬り捨てるつもりでやれ。大丈夫だ。俺は百回世界を救ってるんだぞ? それくらいの剣術、なんてことはない」


 実際、これまでに異常な強さの魔族剣士や魔王とも戦ってきた。

 人間レベルに後れをとることなど、ありえない。


「なら――! いきます!」


 トヨハは踏みとどまると、軽く腰を落として重心を下げる。

 続いて、こちらに踏み込みながら柄に手をかける。


 円を思わせる優美な斬撃。

 球をイメージした見事な重心移動。

 見事な居合だ。


「っと」


 軌道に合わせて、その強烈無比な斬撃を真正面から受けとめた。

 華奢な体型から繰り出されたとは思えない、重い一撃。

 うまく全身のバネを使っている。


「ほらっ、何度でも、倒れるまで攻撃してこいっ!」

「くっうぅ!」


 俺は剣を押し返して、トヨハを後退させる。

 居合いで集中力を研ぎ澄ましただけに、これで決まらないと辛いだろう。


 一撃必殺といえば格好いいが、それで決まらなかった場合は心身を消耗しただけになってしまう。だが――、


「まだまだぁ!」


 初太刀が完全に受け切られてもトヨハは猛然と攻撃を再開した。

 見た目よりも、体力があるらしい。


 剣は、心技体全部揃って初めて一流だ。


 研ぎ澄まされた技、折れない心、いつまでも戦い続けられる体――ひとつでも欠けると勝利が遠ざかる。


「こりゃ、期待以上だ。これなら俺の弟子として認められるな!」


 姫なのに根性があるところが特に気に入った。

 いくらセンスがあっても、剣は最後は胆力で決まる。

 魔法は合理化が物を言う面がある、剣は時として精神力のほうが大事だ。


「剣術バカだった俺が保証する! 絶対におまえは英雄級の剣士になれるぞ! だから、徹底的に鍛えてやるからな!」


 今回の転生は大成功だ。

 魔法だけでなく剣を教えるに足る奴に出会えたのだから。

 

「ありがとうございます! 必ずや、あなたに追いついてみせます!」


 トヨハは俺と会話を交わしながらも、上段・下段・中段と鬼のような斬撃を放ってくる。俺じゃなかったらとっくに死んでる。


「よしよし! もっと! もっとだ!」


 その斬撃を寸前で回避し、流し、弾き返し――あえて防戦に努める。

 いつでも反撃(カウンター)はできるが、すぐに終わってしまってはもったいない。

 楽しい時間は長く味わいたい。


「くっ、この――!」


 俺に遊ばれていることでプライドが傷ついたのだろう、トヨハは怒気を発しながら再び居合の軌道に似た一撃を放ってきた。


「それじゃ、そろそろ反撃するか。ついてこいよっ!」


 俺はその斬撃かわしたtころで、反攻に転じる。

 とはいっても、本気でやったら一撃で終わってしまうので手加減をしながらだ。

 上段、下段、中段、中段、中段、下段、上段――と、軽くラッシュをかける。


「っく! う!」


 こちらが宣言していたことで、トヨハはどうにか攻撃を受け切ることができた。

 だが、剣勢に押されてジリジリと下がっていく。


「ほらほら! 受けてるだけじゃ勝てないぞ!」


 あえて大振りで斬り下げると――トヨハは後退から一転、大きく踏み込んでくる。

 身体は先に――そして、遅れて半円を描くように剣が襲ってくる。


「おおっ!」


 俺は歓喜の声を上げながら、神速で戻した剣で受け止める。


「いいぞ、今のは! そうだ、剣なんてのは気迫で勝ったほうが勝ちだ! 弱気になったらやられる! ずっと強気でいけ!」


 どこまでも理性的な魔法と、どこまでも野性的な剣。

 両者は、本当に対極的だ。


 そして、どちらも面白すぎて、どちらかひとつになんて選べない。

 だからこそ、俺はどちらも極めたのだ。


「やああああああ!」


 俺のアドバイスを受けたトヨハは自分の中の野性を解放するように叫び、嵐のような斬撃を放ってきた。やはり、剣はこうじゃないと面白くない!


「おおらああああああああ!」


 俺はゾクゾクしたものを覚えながら、こちらも声を上げて剣を応酬する。

 激しすぎる剣戟によって、火花が散り、鉄の焼ける匂いもする。

 これでこそ、闘っているという気分になる。


「ははは、楽しいなぁ、おい!」

「はいっ、楽しいですっ!」


 やはり、剣は人をバカにする。

 むしろ、バカになったほうが勝ちだ。


「おらおらおらおらぁあああああ!」

「やあああああああああああああ!」


 アホみたいに叫んで、バカみたいな次元の剣技を応酬する。もう脳がどこに剣を振るうか考える前に、体が反射的に動いているようなレベルだ。


 楽しい。楽しすぎて、脳内でアドレナリンが噴き出している。

 この斬りあいをしている状況が永遠に続けばいいのにと思うほどだ。

 だが――。


 ――キィイイッ……ン!


 甲高い音とともに、トヨハの剣が天に向かって弾き飛ばされていった。

 激しすぎる剣戟の応酬に、トヨハの握力が持たなかったようだ。

 普通なら、ここで終わりだろうが――。


「くっ――!」


 トヨハは素手でこちらに向かってきた。

 素晴らしい闘争本能だ。


「いやぁ、ここまでとはな! 嬉しいぞ!」


 俺は剣を手放すと、こちらの喉に放たれたトヨハの抜き手をかわしつつ逆に踏み込み――追い抜きざまに背中にチョップを叩きこんだ。


「きゃふっ!?」


 トヨハはそのまま地面に向けて、激しく叩きつけられた。

 それでもすぐに起き上って、こちらの両脚を掴んで倒そうとしてくる。

 いわゆる、双手刈(もろてが)ってやつだ。こんな技も知ってるのか。


「おっと」


 それをかわして、再び背中に手刀を叩きこんだ。


「はぐっ……!」


 この状態でも向かってくるとは、根性がある。


 ……まぁ、相手が男だったら双手刈(もろてが)りをしかけてきた時点で容赦なく膝蹴りを顔面に叩きこむところだったが、そこは自重しておいた。

 低い姿勢から攻めると、顔面を狙われるリスクがあるので要注意だ。


「……よし、今日の稽古は、こんなところだな! お姫様らしからぬ闘争心、本当に気に入ったぞ!」


 おしとやかな普段の姿からすると、とてもギャップがあったが。

 でも、これが俺の望んでいた姿だ。

 お高くとまっているような姫だったら、強くなれない。


「ありがとうございます。わたくし、国を守るためでしたら、どんな激しい稽古にも耐えられます。民のためなら、わたくし、どんな鬼にもなれます!」


 それだけトヨハは、自分の国を愛しているのだろう。


 これまでに多くの国王や姫を見てきたが、ここまで国と民を強く思う者に出会ったことはない。


「ますます気に入った。これまでの転生でカスみたいな王や姫をさんざん見てきたからな。これなら俺の剣の奥義をぜんぶ継承させてもいい」


 本当に今回の転生は大成功だ。

 これなら、この世界に何年でも滞在してもいいという気持ちになる。


 こうして俺はトヨハとの充実した初鍛練を終えたのだった。

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