第24話 魔王ヘルデウス

 魔物も魔族も阿鼻叫喚。臆病な魔物は逃げていった。向かってくる奴は容赦なく倒した。完全なワンサイドゲームである。そして――。


「御頭。どうやら、この扉の向こうに魔王がいるようですぜ」


「ご苦労サマ。……あなたたちは下がってなさい。ここからはあたしがやる」


「は、ご武運をッ!」


「リーシェ様ッ!」

「御頭ッ! がんばってくださいッ!」

「死なないでください!」

「もし、リーシェ様に何かあったら、この城ごと破壊しますッ!」

「リーシェ! リーシェッ!」


 未だ元気な配下の連中。こちらの死人は一切出ていない。そして士気も高い。この大陸の人間のポテンシャル半端ないな。大勢の配下に見送られながら、リーシェは巨大な扉を開いた。


 リーシェが足を踏み入れると、不思議な空間が広がっていた。星空のような特殊な世界。それを貫くように階段が伸びていた。さっきまであった扉が消えた。仲間たちの声も消えた。


 上っていくと、玉座の間のような空間があった。荘厳な椅子があって、ひとりの男が座っている。


 ボサボサ頭のロングヘアは、まるで獅子のたてがみのようだった。筋骨隆々の肉体。煌びやかな貴族服を、胸元を開けさせるように羽織っている。


 表情は若い。だが、瞳は鋭く邪悪。悪魔のような笑みを見せると、その男は言った。


「――貴様が勇者リーシェか」

「あなたが魔王ヘルデウスね――」


 対峙した瞬間、お互いが宿敵であると理解。魔剣も聖剣も共鳴している。殺せと、訴えているかのようであった。


「勇者が小娘だとは思わなかった。アークルードは、こんな奴に殺されたのか」


「魔王が人の形をしているとは思わなかったわ。人間は、こんな奴に苦しめられていたのね」


 魔王がふわりと手を伸ばす。すると、肘から先が消えた。そして、時空を越えてリーシェの右肩を掴んだ。


「ふっ……。脆そうな肉体だな。少し力を入れたら崩れてしまいそうだぞ?」


 リーシェは、その魔王の腕を掴んだ。そのまま力の限りひねる。殺られる前に殺る。メキメキメキャリと変な音を立てて、魔王の右腕が大骨折を起こす。


「おぎゃぁあぁあぁぁぁッ!」


 時空を越えた腕を、すぐさま引き抜く魔王。


「う、ぐぐ――く、ククッ! ほう、少しはやるようだな。だが、俺にとっては、こんなものはダメージのうちに入らない」


 魔王は腕を回復しようとする。だが、無駄だ。へし折った時に、再生を阻害する魔力を流し込んだ。腕が回復することはない。


「な、なぜッ? な? え? フ、ハハハハハ……? ……まあ、この程度なら、回復せずともよいか」


 予想外と不可解を話術でごまかす魔王。


「しかし、勇者リーシェよ。俺は感心したぞ」


 勇者じゃないやい。賢者だい。もう、訂正するのも面倒だから放っておくけど。


「感心?」


「人間如きが、俺のもとへとたどり着けるとは思わなかった。おまえの前では四天王も歯が立たなかったのだろう? 希有な人間である」


「どーも」


「おまえは、選ばれた人間だ。評価に値する。ゆえに、どうだ――」


 ヘルデウスは、折れた右腕を押さえながら提案する。


「この俺の部下にならんか? もし、従えば、世界の半分をくれてやろう」


「半分? はッ! 冗談じゃないわ。全部寄越しなさいよ」


「くくッ、強欲だな。――しかし、いずれならくれてやっても構わん」


 ヘルデウスが玉座の背後を見やる。


 そこには、巨大な漆黒の渦があった。


「この渦は魔界へのゲートだ。間もなく、人間界と魔界が繋がろうとしている。俺は、人間界だけでなく、魔界も支配したい。もし、俺が魔界をも支配した暁には、貴様に人間界の支配を任せてやってもいい」


「結構。私は、あんたを倒して、この世界を平和にする。そして、魔界とのゲートは塞ぐ。世界に混沌など必要はない。あんたの存在も必要ない」


「協力できぬと?」


「当然でしょ? そもそもアークルードが言ってたわよ。あんたは人間を支配したいんじゃない。皆殺しにしたいんだって」


「くくっ、俺を信用できぬか。ならば、殺し合うとしよう。差し伸べた手を払い落とすとは馬鹿な奴め。後悔するがいい!」


「かかってきなさいよ。このリーシェ・ラインフォルト様が相手してあげるわ」


 そう言って、魔剣と聖剣を抜いて構えるのであった。


          ☆


 クレアドールにきてから、どれだけの月日が流れただろうか。


 だが、姉ちゃんとイシュタリオンさんのとんでもない企画に振り回されたのもこれでお仕舞いだ。


 ――俺たちは、ついに旅を再開することになった。


「このクレアドールとも、お別れですね。ちょっと寂しいです」


「ああ、感慨深いものがあるな……」


 しみじみと頷くフェミル姉ちゃんとイシュタリオンさん。


「皆様の無事をお待ちしております。どうかご無事で……。お役に立てなくて申し訳ございませんでした」


 狐耳をペタンとさせ、無念そうに頭を下げるフォルカス。この人、元魔王軍なのによくやってくれてるよ。俺たちがいない間は、彼女がクレアドールを守ってくれるだろう。


「ああッ! イシュタリオン様ッ! せっかくお会いできたというのに、再び別れの時がくるとはッ! このフレア、胸が引き裂かれる思いでございますッ!」


「なに、しばしの別れだ。魔王を倒してすぐに戻ってくる」


「どうか、このバラをお持ちくださいッ! 儚い御守りでございますが、きっとイシュタリオン様に幸運をもたらしてくれましょう!」


 イケメン姫騎士と、男装の麗人がバラの花を交わす。その煌びやかな光景に、見送りにきてくれた町の人たちは、恍惚とした溜息をこぼしていた。


「みなさん、お世話になりました。必ずや、このフェミルが魔王を倒してみせます。どうかそれまでお元気で」


 姉ちゃんが挨拶をする。

 俺も続いて――。


「みんな、ありがとう。必ず、戻ってくるよ」


 そして、俺たちは次の町へと向かうため、乗り込むのであった。


 ――機関車とかいう謎の乗り物に。


「いやぁ、便利な時代になりましたね」


 いや、姉ちゃん。……サラッと言ってるけど、気にならんのかッ? 機関車だぞ、機関車! っていうか、なにこの乗り物? 見たことも聞いたこともないんですけど!


「……す、凄いっすね……」


「うむ。カルトナの学者が予てから考えていたのだがな、予算や法律、安全上の問題から開発に踏み切れなかったのだ。しかし、クレアドールなら可能だと思ってな。許可を与えたら喜び勇んで、一晩でつくってくれたのだよ。石炭と魔法で進むらしいぞ」


 クレアドールから、次のバーニッシュ村までレールが敷かれているらしい。カルトナからの移住者たちがつくってくれたそうだ。おかげで、二時間ぐらいで到着することができる。しかも超快適に。


 今回はテスト走行も兼ねているので、五両編成の車両はすべて貸し切り。俺たちがいるのは特等車両。ソファや家具。魔法で冷やせる冷蔵庫。書斎や会議テーブルなど。まるで宮殿にいるかの如く過ごすことができる。


「おお! カルマくん! バーニッシュ村はリゾート地みたいですよ! 海で泳ぐことができるみたいです」


 ソファに腰掛けていた姉ちゃんが、パンフレットを開いていた。


 ――うん、パフレットってなんだ? そんなの大都会のギルドとか、旅行会社にしか置いてないだろう。なんで、機関車にそんなものがあるんだよ。っていうか、バーニッシュは漁村だったはずだ。


 まあ、どうせ、線路や道路を開発しているうちに、現地のスタッフがリゾート施設を建築しまくったのだろうけど。


「泊まりたいホテルに印を付けておくと、到着次第現地スタッフが手配してくれる仕組みだ。水着やおやつなども、備考欄に書いておくとホテルに届けてくれる。ああ、遠慮することはないぞ。ホテルは、我々が経営しているからな」


 しれっと説明するイシュタリオンさん。漁村にホテル建築して、リゾート化したのね。現地の人たちは、給料の良い仕事が増えて大喜びらしい。


「皆様、お食事のご用意が整いました」


 カートを引きながら、ルリが入室してくる。


「なんで、ルリがここに……?」


「皆様のお世話をするためですっ。あ、ご安心ください。ホテルにお送りしたら、すぐにクレアドールへと戻らせていただきますので」


「ひ、日帰りか……大変だな」


「いえいえ、カルマ様と一緒にいられるのなら、喜んで同行しますよ! あ、もし、気遣ってくださるのなら……ふふっ、そうですねぇ……。私も、バーニッシュ村に一泊するよう命じてくださると嬉しいのですが――」


 魔王討伐の旅が、魔王討伐ツアーに変わったような気がした。


          ☆


「はあ……はあ……そんなバカな! なぜ、時の止まった世界で、貴様は動けるッ!」


「これでも、賢者なものでね。だいたいの魔法は、体験するとコピーできるのよ」


 ――時を止める――。


 時間系の魔法は最上級の難易度を誇る。実現するのも難しいが、持続させるのも難しい。どんな大魔法使いでも、ほんの数秒時間を止めれば、魔力が枯渇するものだ。


 魔王は、それを幾度と繰り返すだけの魔力があった。はっきりいって、勇者クラスでも為す術がなかっただろう。


 だが、リーシェにはこれまで戦ってきた強敵たちの魔力を吸収してきた。無尽蔵のエネルギーを生み出す聖剣ライフバーンもある。おかげで時の止まった世界に介入できる。


 結果――。


「俺は世界最強の生物ッ! こ、この世界の王ッ! 人間如きにッ――」


 ――魔王ヘルデウスが膝を突いた。


 魔王城にて、賢者リーシェと魔王ヘルデウスの両雄がぶつかり合った。だが、数多の敵を葬り去り、経験を積んでレベルもアップしたリーシェの前では、いかに魔王ヘルデウスといっても相手にならなかった。


 魔王の魔力は枯渇。ダメージも深刻。片やリーシェはというと、魔王城に入った時のまま。服には焦げひとつなかった。


「なにが世界最強よ。なにが人間如きよ。それはあなたの妄想。想像。空想。自分の欲望に溺れたあんたが、この賢者リーシェ様に勝てると思ったのかしら?」


「なにが貴様を強くさせるッ?」


「――愛――」


 恥ずかしげもなく、臆することもなく、リーシェはその一言を落とす。


「愛……?」


「あたしはね、命を懸けてるの。大好きな人と、大好きな人が存在する世界のためにね。それに比べれば世界の支配なんてものは、ゴミみたいな思想だわ」


「俺の存在意義を否定するかッ!」


 魔王がヘルデウスが火炎魔法を撃ち放つ。業火が襲いかかるも、それを魔剣デッドハートで軽く打ち消す。


「あたしの目的が世界征服だったら、とっくに負けてた。そんなものに興味はないから。希望もないから……とっくに心が折れてた。けど、愛する人がいるから――あたしは無限に強くなれる。どれだけでも戦える」


「く……くくくッ……愛……か」


「ええ、もっとも合理的ではない感情よ」


「最後に聞かせてくれ。その愛を捧げる人物の名を」


「カルマ。……カルマ・グレンバート」


 淡々と告げるリーシェ。


 昔の自分なら、例え本人のいない場所でも、恥ずかしくて口になんてできなかった。けど、今は違う。積み上げられた自信があった。カルマに誇れるだけの女性になったと、リーシェは思っていた。


「カルマか……。その名、覚えておこう……」


「どーも。じゃ、決着――ね」


「ああ、決着だッ――ッ」


 魔王が魔力を練り始める。おそらく、これが奴の最後の一撃となるだろう。ならば、リーシェも全身全霊を駆けた魔法をお見舞いする。


 ――だが、その時。魔王城を凄まじい揺れが襲った。


 ふらついて、その場に膝を突くリーシェ。


「ッ!? ヘルデウスッ! なにをしたのッ?」


「こ、これは――ッ?」


 ヘルデウスは、背後を振り返って――魔界へのゲートを見やった。


「ま、まさかゲートがッ? バカなッ! まだ完成しておらんぞ!」


「どういうこッ――?」


 次の瞬間、ゲートから数多の触手が伸びてきた。それらは蛇のようにうねり、ヘルデウスとリーシェに絡みつく。


「きゃっ、気持ち悪ッ!」


 魔剣と聖剣の二刀で切り刻む。だが、触手の勢いは衰えることがない。


 必死に抵抗するヘルデウスとリーシェ。


「こ、こんちきしょッ――」


 しかし抵抗空しく、ふたりは触手に捕まり、ゲートへと吸い込まれていくのであった――。

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