第7話 戦う。





 ベナデース壁からベラールド王国に向けてアレンが歩き出して二時間が経とうとした時である。


 ぐぅー。


 アレンの腹の虫がなった。


「あぁー腹が減った。喉も渇いた」


 表情を曇らせたアレンが俯きながら腹をさすっていた。


 アレンは帝国軍と戦っていたゴーダ平原からベナデース壁まで連れて来られる四日間で、与えられていた食事は小さく固いパン四個と水のみだった。


 更に当てもなく二時間ほど歩いていたのだ。


 それは、軍事行動での素食に慣れていたアレンでも、さすがに我慢しがたい空腹が襲ってきていた。


「道の先に飯屋があればいいのだけど。まぁ、仮に飯屋があっても金がないんだけど。こうなったら、森に入って狩りでもするか……っん?」


 アレンは何かに気付いた様子で、辺りを見回した。


 それとほぼ同時に木や岩に隠れていたローブを身に纏った男女の四人組がぞろぞろと現れる。


 現れた男女の四人組はローブで歳の頃は正確には分からないが十代後半の少年少女に見えた。


「ようやく現れやがったッスよ」


「ほんとうに子供……」


「姿に惑わされるな。エルフの血を持つ大罪人だぞ」


「……がんばる」


 彼、彼女らはアレンに武器を構えて敵意を示していた。


 そんな状況にも関わらず、アレンは特に表情を変えることなく、ぐるりと周りをみました。


「んー最近、だいぶ体が鈍っているからな」


 アレンは体をほぐすようにストレッチを始めた。


「何してるんッスか? あいつ」


「さ、さぁ?」


「警戒を解くな。何としても捕まえてこいつを依頼人に引き渡さないと。囲い込む」


「……ふすん」


 四人組はあまりに危機感のないアレンの様子に戸惑っているようだ。


 ただ、それでも彼らはアレンを囲むように、前後左右にそれぞれ分かれてジリジリと距離を詰めていく。


 そして、アレンとの距離が三メートルを切った時、四人組の内で前後の男女からアレンへと飛びかかった。


 その二人はそれぞれ武器を持っていて、前方から向かってくる男性は二メートルほどの長槍、後方から向かってくる女性はナイフを両手に持っていた。


「なんだか知らんが……俺も舐められたものだ。子供相手か……そうだな。稽古をつけてやるよ」


 アレンは地面を蹴って目にも留まらぬ速さで前方にいた長槍を持った男性との間合いを詰める。


 そして、腹の辺りに勢いよく拳を打ち込んだ。


「長槍使い君、前衛職ならもう少し反応を早くしないと」


「がは……」


 長槍を持った男性は腹に拳を食らって、大きく息を吐いて……よろめくように後ろに倒れ込んでしまった。


「実際に戦うのも長槍を使うのも久しぶりだな」


 アレンは長槍を拾い上げると、ひゅんひゅんと長槍の使用感を確かめるように振るって構えた。


 その様子を見て、他の者達に動揺が走った。


 まさか、仲間があんな簡単にやられるとは思っていなかったのだろ。


 ただ、アレンはそんな彼らの動揺をよそに、笑った。


「ふふ……ほら、早くこないと」


 アレンは長槍を地面に突き立てた。


 突き立てた長槍の先端を軸に長槍をしならせ、まるで棒高跳びのようにしなりの反動を利用しつつ飛び上がった。


 それによって、三人の囲い込みをいとも簡単に抜ける。更に着地とともに、長槍を振るって襲い掛かった。


 それから、アレンによって四人組は一瞬で倒されてしまうことになった。


「うぐ」


「あいたたた」


「なんて……強さだ」


「いたい」


 アレンは倒れこんでいる四人組を見据いて、長槍の矛先を地面にガッスッと突き刺した。


「もう終わりか? 君らはもう少し鍛錬を積まないと戦いに出ても、すぐにやられちゃうよ?」


 アレンは四人を相手にしてかすり傷一つ負うことなく。


 更に、息ひとつ乱していなかった。


 そのことに気付いた四人組は驚愕するとともにこの仕事を受けたのを後悔しているようだった。


「で……誰の命令で俺を?」


「「「「……っ」」」」


 アレンの問いかけに誰も答えなかった。


 四人組の様子を見て、そういう依頼であったのだと、アレンは察して視線を外した。


「まぁ……いいか。俺、拷問なんかは得意じゃないし」


 アレンが疲れた表情を浮かべながら呟いた。そして、これからどうしたものかと頭をワシワシと掻いていた。


 ゴゴゴゴ……。


 上空には無数の火の玉が轟音とともに表れてアレンが居るところへ降り注ごうとしていた。


 降り注ぐ火の玉を目にしたアレンはげんなりした表情でため息を吐く。


「ふぅ……狙うなら俺だけにしろよな【ビッグシールド】」


 アレンは右手を飛んでくる火の玉の方へ掲げて【ビッグシールド】という魔法を唱えた。


 ただ、アレンの周囲では何も起こっていないように見える……。


 いや、何も起こっていなかった。


「……【ビッグシールド】」


 アレンは少しの沈黙の後、もう一度【ビッグシールド】と唱えた。


 だが、やはり何も起きていない。


 強いて、言うならばアレンの右手の人差指に着けている指輪の赤色の宝石が薄く光ったように見えたことくらいだろうか。


「……んん?」


 アレンは掲げていた手を自分の目の前にもってきて、首を傾げる。


「……うぐぎ、なんなんッスか」


「いや……」


「みんな……逃げろ」


「うう」


 アレンにやられた四人組が無数の火の玉を目にして、のたうつようにその場から逃げようとしている。


 ただ、アレンから受けたダメージによって、体の動きが鈍い。


「まぁ、なんか魔法が使えないが……俺は純粋な魔法使いという訳じゃないからね。このくらいなら」


 アレンは地面に突き刺していた長槍を引き抜く。


 そして、長槍を構えて、迫り来る火の玉を再び見上げる。

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