第18話

「や、団長さん所に案内してくれないか」


 ひらひらした聖女候補服を着たまま、夜警に立っていた男に声をかける。

 さすがに、情報共有はされているらしく、すぐにこの傭兵団をまとめる男に面会することができた。


「よぉ、教会の聖女様がなんの御用で?」

「バルボ・フット?」


 思わず、口から出てしまった。

 バルボ・フットはこの国では有名な傭兵団長である。

 かくいうアタシも、三年前の仕事でこいつの下についたことがあった。

 人使いは荒いが、無理のない用兵をする男だ。


「オレ様を知ってんのか?」

「三年前、あんたの下で雇われをやったことがあるよ。女は水くみでもしてろって言われたね」


 目を丸くしたバルボが、特徴的な髭をさすってこちらを見る。


「……思い出したぞ。セイラとかいう、ヒョロっこい女がいたな」

「覚えめでたいことでありがたいね」

「そのセイラが何だって聖女様の真似事してんだ? 聖職詐称は縛り首だぞ」

「やらされてんのさ」


 少し雰囲気が砕けてきた。

 出された椅子に腰かけて、こっそりくすねてきたワインをバルボに手渡す。

 傭兵の流儀は心得てる。


 『何にせよ、まず酒』なんて、シンプルな話だが。


「この戦場ごとばはどうだい?」

「貧乏くじだ。はぁー……まったく」


 でかいため息をつきながらワインの瓶を開けるバルボ。


「騎士どもは相変わらずだし、やってられん。魔物相手にお行儀良くしてどうすんだってはなしだ」

「毎度の事じゃないか」

「オレ様たちを基礎戦略に組み込もうとしやがる。使い方間違ってんだろうがよ」


 バルボの愚痴を聞きながら、安い肴で盃を交わす。

 徐々に、周りに人が集まってきた。


「こないだの戦闘でオレ様の団からも、戦死者がかなり出た。押し返しはしたが次はわからんな」

「そんな強いのかい? 魔王軍は」

「べらぼうにな。野山の化物とは違うんだよ、まさに魔物の兵隊だ。人間相手の戦術は通用しねぇ。騎士どもはそれがよくわからんようだがな」

「仮にだけどさ、好きにやったらどうだい?」


 ふむ、とバルボが髭を撫でる。


「人数をパーティ単位にセットして一撃離脱だな。それを五重にして波状攻撃をかける」

「それから?」

「そのあと、足の速い遊撃と射撃部隊を使って脇をつく。足並みを乱したら、その後、パーティ単位の遊撃で数を減らせる。……いけるな」


 バルボがいけると判断したなら、いけるのだろう。

 この男の戦闘勘は確かだ。


「まあ、それを騎士どもが許してくれねぇんだけどな。あいつら、自分たちの被害を抑えることしか考えねぇし」

「貧弱って感じはしなかったけどね」

「ああ、場保ちが重要なんだろ。足止めして、王軍の準備を待つ。今まさに、その真っ最中だ」


 なるほど。

 でもって、その王軍とやらは悠長に『聖女』の確定を待ってるわけだ。

 気の長い話。言う間に攻め込まれるんじゃないか?


「斥候の話じゃ、また近いうちに動くかもしれねぇ。セイラ、聖女の真似事なんてやめて、とっとと戻ったほうがいいぜ」

「前払いで金もらってんだ。今更芋引けないね」

「おっと、ご愁傷様。じゃあ、せいぜい逃げ回るこったな」

「そうさせてもらうよ。アンタらは逃げないのかい?」


 アタシの言葉に、苦笑するバルボ・フットと一味。


「オレ様たちの後ろにゃ、女房とガキがいんだよ。魔物どもが攻め込んでくるなら、ここが命の張りどころって奴さ。金払いもいいしな」

「そうかい」


 傭兵たちがここにいる理由は、騎士たちと変わるまい。

 背に庇う者がいるから、ここに立っているのだ。

 それが家族か王かって話だけで。


「長々と邪魔したね」

「いいってことよ。高い酒をありがとうよ、セイラ。危ないことに首を突っ込んでねぇで、帰って洗濯でもしてろ」


 バルボ・フットの気遣いに鼻を鳴らして笑って見せ、アタシは傭兵の駐屯地から砦に引き上げた。

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