第4話

「……セイラ様」

「ぁ?」


 昼寝から目を覚ますと、見知らぬ少女がアタシの肩を揺すっていた。

 栗色の髪をすっきりとまとめ、同じ色の大きな瞳でこちらを見ている。


「誰だ?」

「マーガレットといいます。滞在中、お世話させていただくものです」

「はぁ……」


 深々と頭を下げる修道女に、溜息じみたものが出る。


「自分の世話くらい、自分でするよ。放っといてくんな」

「そうはいきません。これはわたしの仕事ですので」


 年の頃は同じか、少し下か。

 死んだ妹を思い出す、くりくりとした瞳。


「仕事か。なら、仕方ねぇな……よろしく頼むよ」

「はい、セイラ様」

「その様付け、なんとかなんねーかな……。ケツがムズムズしちまうよ」


 マーガレットが、少しびっくりしたような顔をして、小さく笑う。


「では、セイラさん、と」

「ま、それでいいか。んで? 何の用事だい?」


 見ると、マーガレットは籠のような物を抱えている。


「入浴と着替えを。夕食までにすっかりキレイにしてしまいますからね」

「あ?」

「ほらほら、急いでくださいまし」


 有無を言わせぬ様子で、アタシの手を引くマーガレット。

 この感じはなんだか懐かしい。

 目以外は大して似てもいないのに、どうにも妹を思い出してしまう。


「引っ張んな。自分で歩けるよ」

「エルムス司祭から、『絶対に逃げる』と聞いておりますけど?」


 あの野郎。

 絶対ぜってぇ後で泣かす。


 マーガレットに案内されて、ピカピカの床が続く長い廊下を進んでいく。

 すれ違い幾人かの坊主どもが、様々な表情でアタシを見た。

 そりゃ、スラムの臭いをさせた人間が、こんな所を歩いてりゃ、怪訝にも思うか。


 だが、まぁ……。

 少々不躾が過ぎるんじゃないか?


「なぁに、その汚らしい者は」


 そんな中、アタシに投げかけられた言葉はこんなであった。

 なかなか耳触りのいい声だと思う。

 内容はともかくとして。


「なんだ? てめぇ」

「あら……姿だけでなく言葉まで汚いのね」

「生憎、育ちが悪いもんでね」


 あいさつ代わりに口角を上げて睨みつけてやる。

 それを不快に思ったのか、声の主はなかなか高価そうな扇子を広げて、苦々しい口元を隠した。

 貴族様は顔を隠さなきゃ人と話も出来ないらしい。

 難儀なことだ。


「アンナ様。こちらは同じ聖女候補のセイラ様です」

「この汚いのが? 冗談はおよしになってくださいまし。一体誰の推薦なのです?」

「司祭エルムス様のご推薦ですよ」


 エルムスの名を聞いたアンナの眉がピクリとする。


「エルムス様の……? このような者がですか?」

「はい。ともに選定に望まれるお仲間として、仲良くしてくださいませね」


 マーガレットは天然なのか、腹黒なのか。

 この状況で、よくこんなセリフが出てくるものだと、アタシは感心した。

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