第7話 知らない一面

「え、もう一回、やってるって……っ、それは本当か!?」


 ぐいっと久野に詰め寄る遠藤。


「う、は、はぃ……」

「怯えてるだろうが」


 ごんっ、という重いチョップが遠藤の脳天に突き刺さる。

 しかし遠藤は怯まず、さらに久野に詰め寄っていき、


「詳しく教えて!!」

「お前マジで、今度は真横から殴るからな!?」


 すると、さすがに慣れてきたのか、彼女の中で完全に打ち解けたのか、人差し指を唇に添えて、蠱惑的に言った――、


「それは――……秘密、です」



 一瞬、遠藤がぽかんとしていたが、すぐに「――うん、なるほどねえ」と納得している。


「今からいくのにここで聞いてもな。それじゃあ、楽しみにってことにしておくか」


 遠藤が頷きながら、久野から離れていく。

 久野はふう、と安堵の息を吐きながら――そこでばちっと扇と目が合った。

 彼女は苦笑いをし、扇もまた、「こいつが悪いな」という意味を込めて苦笑いをした。



 目的地に電車が到着すると、下りるのは学生ばかりだ。

 近くにはテレビ局があり、住宅地はほとんどない。だから学生ばかりということは、目的地はほとんどが同じなのだろうな、と思う。


 それに、目つきが違うのだ。

 扇には覚えがあった。あれは、楽しみにしながらも、試合をしにいく時の目――。

 ただのゲームに、本気であるという証拠だ。


 途中、コンビニで買ったお菓子を三人で分けながら、目的地に辿り着く。

 そう、『ゲーム・シティ』だ。


 亀の甲羅のようなドーム――、その全てが、ゲームセンターだ。

 ただ、中は展示のような、広い空間に雑多に置かれているタイプではなく、施設内はきちんとフロア分けされており、三階で構成されている。


 縦で見れば低いが、横で見れば広さは世界一だ。


「二回目ですけど、やっぱり大きいですね……」


 これをゲームセンターと思う者は少ないだろう。

 派手な看板がなければイベント会場にしか思えないかもしれない。


「おいっ、早くいこうぜ!」


 と、遠藤が子供のようにはしゃいでいる……まあ、高校生なんてまだ子供だが、それにしても昔を思い出すはしゃぎ方だった。

 扇もまた、昔の感覚を思い出したのか、あまり興味はなかったがワクワクしている……、

 心拍数が上がってきている――、


『さあっ、みんなもゲーム・シティで遊んじゃおう!!』


 中に入ると、ゲームの大音量が聞こえ――そしてイメージガールとしてゲームシティを盛り上げている、『三日月』という少女が、大きなモニターに映し出されている。


「おっ、三日月ちゃんだ! やっぱ可愛いなあ……あれ、オレの嫁だぜ」

「はいはい、で、目的のものはどれだ?」

「ツッコめよ! 今のは気持ち悪いだろう!?」


 気持ち悪いのはいつもだが……、自覚していたことに驚きだった。

 久野は軽く引いているようで、遠藤から目を逸らしている。


「オレの好感度!!」


 がくり、と膝を崩す遠藤は、近くにいた美人の店員さんに声をかけられていた。体調不良だと思われたらしい。「大丈夫ですか!?」と心配してくれる店員さんに、「ダメですね、優しく介護してくださいね――大人のやり方で」と口説いている。


 おい。

 女好きとは知っていたが、節操がない。


 扇は拳を握って悪友を連れ戻す。



 遠藤を引きずって、ドーム内を歩く。


「おい……、てめえ顔面はやり過ぎじゃねえか……?」

「手加減はした。殴るか火を点けるかで迷ったんだからな」


 遠藤はゾッとし、自分の体を抱きしめていた。

 嘘だよ、というネタバラシはやめておこう。これが抑止力になってくれればあとが楽になる。


 しばらく進んでいくと、アーケード筐体が並んでいるエリアに出た――、見えるのは人、人、人だ――学生、社会人、私服……、服こそ違うが、みんな、笑顔でゲームを楽しんでいる。

 本当に人気なんだなあ、と扇はあらためて実感した。


 大きなモニターが斜め上に設置されており、そこには色々なゲームのプレイ映像が映し出されている。いま、リアルタイムのものもあれば、過去の名シーンのハイライト、の場合もある。

 立ち止まらせることが目的なのだろう……、で、扇たちはまんまとはまっているわけだ。

 それが悪いこととは言わないが。


 すると、隣で久野が、小さな声で白熱していた。

 映し出されていたのは格闘ゲームである。


「いけっ、そこ、パンチ――あっ」


「……もしかして、久野ってゲーマーなのか?」


 目をぱちくり、とさせた久野が冷静になって、はっと肩を跳ね上げさせる。

 白熱していた時とは違い、縮こまってしまっていた……ただでさえ小さい体がさらに小さく見える……、彼女はもっと小さな声で、ぶつぶつ、と呟いた。


「…………やっぱり、引きます?」


「いや、まったく」


 なにを心配しているのか知らないが、他人の好みを否定するほど腐ったつもりはない。


「だって、女の子で、ゲーマーって……」


「? なにが悪いんだ? 好きで仕方がなくて、熱中しているんだろ? それをバカにするやつはどうせやりたいことがなにもない『空白』なやつだけだ。そんなやつの意見なんか耳を貸すなって思うし、周りの目を気にして自分を抑えるのは勿体ない――今の久野、輝いてるぞ。

 俺は新しい一面が見えて嬉しかったけどな――ま、本人が楽しければなにを好きになってもいいと思うぜ。人の目を気にして、ストレスになるなら、離れてみるのもいいとは思うが――」


「っ、好きでいたいです!」

「じゃあ好きでいろよ、誰も文句はねえし、俺が言わせねえよ」


 久野が顔を真っ赤にさせた。少し熱くなり過ぎた、と自覚しているのかもしれない。

 ぷい、と目を逸らし、だけど扇の制服だけはしっかりとつまんだままだった。


 ――ああ、その通りだな、と久野は扇の言葉を噛みしめている。


 非難されると思っていたが、自分が思っているよりも、されないのだ――。


「ま、特定の誰かに構ってやるほど、人って暇じゃないし」

「……加城くん、も」

「俺は久野を見てるぞ、こうして一緒にいるんだ、当たり前だろ」


 自覚があるのか、ないのか……扇の言葉に久野はさらに顔を見ることができなかった。



(怒らせた? 確かに強く言ったかもしれないけど……あーもう、分かんねえ……)


 嬉しさを隠すために顔を伏せている久野を見て、扇は怒っていると勘違いしていた。

 そして、すれ違いってのはこうして起こるんだなあ、と遠藤が隣で頷いていた。



 すると、前から風船を持つトラの着ぐるみが近づいてきていた。

 ゲームシティのマスコットの一匹なのか、『宣伝部長』というタスキをかけている。

 名前はその通りに『部長』だった。


「テキトーじゃないか?」


「三日月ちゃんに集中してるからなあ、このキャラはサブだが、活躍の場はほとんどねえ、メディア露出もなく、こうした雑用を主にこなすキャラだよ。普通の店員がやるよりはこっちの方が目を引くだろ? 美人のお姉さんが露出多めで出ろ! とは思うけどな」


「お前みたいなやつが手を出すからしないんじゃねえの?」


 そんな可哀そうなトラは、しかしテキトーな仕事はせず、全力だった。

 扇と遠藤は、ご苦労様です、と両手を合わせて拝む――。


「がんばって、部長」


 と呟き、ふと隣を見れば――いない。


「あれ? 久野は?」


 小さいから人に紛れると見つけにく――いや、いた。

 部長こと、トラの着ぐるみに抱き着き、風船を貰っていた。

 いやまあ、身長的に中学生か小学生に見えるから、違和感はない、けどさあ。


「…………似合うなあ」

「意外だよな。久野ちゃんがああも無邪気でアグレッシブな子だとは思ってなかったよ」


 遠藤は、自称『なんでも知っている』らしい。

 しかし、こんな一面を持つ久野のことまでは分かってはいなかったようだ。


「じゃあ他の一面は知ってるのか?」

「まあね。久野ちゃんは――おっと、これ以上はプライバシーがあるから金を取るぜ」

「お前、いつか刺されるぞ」


 その時は助けてね、という頼みに、やだ、と答える。


「ひでえやつだ――親友だろう!?」

「悪友だ。で、だ。払うからあとで教えろよ」

「ひでえやつだ!?」


「どうしたの?」


『――うぉうい!?』


 小さな体を活かして久野が二人の間に割って入ってきた。

 内容が聞かれていた……? わけではないらしい。

 ふう、と安堵の息を吐く二人。


「なんの話をしていたの?」

「いや、いつもの下ネタだ」


「いつも言ってるみたいに言うなよ! 違うからな!? 

 俺たちはただ、風船を貰ってる久野を見てただけだよ――」


「……ふーん」

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