第25話:自殺の街6

 その夜、オイラ達は宿に戻った。

 窓から見える星空は澄んで綺麗だった。このくすんだ街から見たらなおさらだ。シューもオイラの横に立っていた。


「シュー、自殺病って本当だと思う?」


 シューは見上げていた顔を見下げた。オイラに目を合わせてくれたのだ。その目は少し疲れと悩みでうつろだった。


「本当にあるんだろ? 少なくとも、この街ではあることになっている」

「あることになっている、って」

「そんな変なことではないよ。今までないと思っていたことを発見したり発明することはすごいことだよ。物理学という分野も昔はなかったらしいし、車輪も誰かが発明したらしいし、うつ病も最近できたものらしいよ」

「色々と知っているんだね」

「とりあえず言いたいことは、自殺病があっても不思議ではないということさ」


 そう言い終わるとシューはドアの方まで歩いて行った。あまりにも自然に歩いていたから気付かなかったが、夜中にどこに行こうとしているのだろうか?


「外に行くのかい?」

「ちょっと用があって」

「何の用?」

「あの自殺の場所、夜に行ったらどうなるのかなあっと思って」

「なにか確認するんだね?」

「そうだよ。一緒に来るかい?」

「いいよ。僕はここでおとなしくしておく」

「わかった」


 シューは取っ手に手をかけた。オイラは自殺のことに興味なかったし眠たかったので、1匹で寝ようと思う。そう思ったときに、気になったことがある。


「シュー」

「何だい?」

「荷物は?」


 オイラが思うに、少し外に出るときでも貴重品とかは持っていったほうがいいと思う。何が起こるかわからない。犬のオイラと違って、人間が手ぶらはまずいだろう。


「そうだね。受付に渡すキーとか持っていったほうがいいよね。ありがとう」


 そう言うとシューは踵を返して机に乗せていたカバンを取った。それは変に明るく努めているように見えた。オイラはシューを自殺した老人とダブらせた。


「じゃあ」

「ちょっとまって」


 オイラは再びドアに手をかけたシューに呼びかけた。思いすごしだと思うが、少し心配になった。ある日急にふっといなくなるような怖さに見舞われた。


「どうしたんだい?」

「いや。気をつけてね」

「どうしたんだい? 気持ち悪い」

「ほっといてくれよ。心配しているんだよ」

「ははっ。ごめん。じゃあ」


 そう言うと、ドアの閉まる音がした。そして、足音は徐々に遠のいていった。それを聴くオイラの意識も遠くなった。深い眠りについた……



 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

 オイラは目を覚ました。

 目の前には、シューがいた。シューはベッドに座っており、何かを見ていた。その視界の方向を見ると、サジは椅子に座って向かい合っていた。

 オイラは床に置いてあった目覚まし時計のボタンを押した。時計は静かになったので、オイラも静かに眠ろうと思った。眠る間際、なんで目覚まし時計をセットしたのだろうと考えた。どうしてサジがこの部屋にいるんだろうと考えた。……


「どうしているのー!」


 オイラは目が覚めた。どうしてサジがここにいるの?


「うるさいな、もう」


 シューは耳を指で塞いでいた。オイラの声がうるさかったらしい。


「いや、そんなことよりも、なんでサジがいるの?」

「あ、これは」


 と、返事しようとするシューを隠すようにサジがオイラの目の前に顔を持ってきた。サジは吸い込まれそうな瞳をオイラに見せつけていた。オイラはたじろいだが、目を離すことができなかった。


「……この犬、喋るんだ」


 オイラはアワアワして、ベッドの後ろに隠れた。ソーっと覗くと、サジがジーッとこっちを見ていた。ギャワンと叫びオイラが話すことがバレたと思っていたら、ベッドの上からシューが怖い顔をして睨んでいることに気づいた。秘密を簡単にバラしたオイラをとがめている顔だが、すぐに諦めたように苦笑いした。


「はい、うちの犬、喋るんです」


 シューは観念したように話した。オイラのせいである。しかし、待てよ? シューがサジを部屋に連れてこなかったらバレなかったのではないのか? そう考えると、オイラが悪いみたいな風潮は納得できなかった。


「もしかして、普通の犬は喋ることができるのですか?」

「いえ、そういうわけでは。この犬が特殊なんです」

「へー。賢いんですね」


 サジはオイラの頭を撫でに近づいた。オイラは撫でられようと頭を近づけた。撫でられるのは嬉しいし、賢いと言われるのは悪い気がしない。


「いえ、喋れるだけで、馬鹿です」

「何を!」


 きっぱりと否定するシューにムカついた。威嚇で飛びかかろうと牙を向けた。そのときだ。


「いえいえ。そんなことないですよ。習得するのにそうとう苦労したんでしょうね」


 サジは優しく丁寧に撫ぜてくれた。それによってオイラの牙が隠れた。代わりに下を出してハァハァと喜んだ。


「そんな甘やかさないでください。こいつ、ただの馬鹿ですから」

「何を!」


 やっぱりムカついた。サジと違って、シューはオイラを馬鹿にしてくる。いつものからかいではあるが、人前ではやめてほしいものだ。一寸の虫にも五分の魂だよ。


「いえいえ。この子、すごいですよ」


 サジは撫でながら庇ってくれた。すごく優しかった。たとえそれが礼儀上のものだとしても、嬉しいものだ。そう考えたら、礼儀作法って素晴らしいな。


「いえ、ただの馬鹿です」

「何を!!」


 オイラはシューに飛びかかった。堪忍袋の緒が切れた。

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