第5話:血液型の街4

 それは静かの湖畔の森の影からのようだった。


「やめてくれー!」


 遠くから声が聞こえた。オイラは一目散に声の方向に向かった。角を曲がると、男が警官に歩道へ押さえつけられていた。


「やめてくれ!」

「大人しくせい」


 どこにいたのかわからない人たちが増えてきて、静かだったところがガヤガヤしてきた。その増えた群衆の中にシューも混じっていた。シューは静かに見つめているだけだったので、オイラには目立っているふうに見えた。


「やめてくれ」


 消えるような声を連呼する男を、応援に駆けつけた警官が数名で連れて行った。残った警官が事情を説明した。先ほどの男はひったくりを犯したとのことだった。それなら捕まるのは仕方のないことだった。なにをもって「やめてくれ」と言っていたのだろうか? 自分勝手な男である。


「やつはなんの刑に処せられるのですか?」


 群衆の中から質問がでた。オイラはひったくりなら軽い刑だと思った。


「死刑です」

「!」


 オイラはおったまげた。ひったくりで死刑なんて……


「どうして死刑なのですか?」


 オイラの感想と同じ言葉が群衆より出た。同じ声だった。


「やつは、O型です」


 オイラは意味が分からなかった。O型と死刑というものに関係があるとは思えなかった。そして、もうひとつ分からないのは、そのことに群衆が疑問を持たないことだった。


「なるほど」

「そりゃあそうだ」

「死刑で当たり前だ」


 そんな声が聞こえてきた。誰ひとりとして違和感を覚えていなかった。それに対してオイラは思った。


「どうしてですか?」


 オイラの思いと同じ発言が出た。それは質問していた声と同じ声で、どこかで聞いたことのある声だった。その声の方向を見た。そこにはシューがいた。


「どうして、O型だと死刑なんですか?」


 その発言に、周りの人々は引いていた。シューから距離をあけ、いよいよ目立っていた。どうやら、周りから見たらシューの発言は摩訶不思議だったようだ。シューは周りの人々を意にも返さずに繰り返した。


「失礼ですけど、どうしてひったくりごときで死刑になるんですか? そして、どうしてその理由がO型だからになるんですか?」


 周りの人は静かに見つめていた。同じくシューを静かに見つめていた警官が口を開いた。


「君はこの街の住人ではないようだね」

「はい、旅のものです」


 警官は納得したように頷いた。ゴホンと咳き込んで説明を始める合図を見せた。


「この街では、血液型が重要になるんです」

「今やっているというキャンペーンのことですか?」


 昨日のことを思い出した。血液型をよく聞かれたものだ。


「キャンペーンとは、誰が言っていたのですか」

「覚えていないが、噂で」


 警官は、フーン、という感じで聞いていた。言葉を選んでいるふうだった。


「キャンペーン……と言っていいものかはわかりませんが、血液型というものがこの街では最重要の出来事なんです」

「どういうことですか?」

「血液型って、全部で4種類あるのは知ってますか」

「はい、A・B・O・ABの4種類ですよね」

「その通りです。そして、この街では、A型が重要になってきます」

「どう重要なんですか?」

「A型であれば普通に生きていけて、それ以外なら迫害を受けるのです」

「!」


 シューの目が見開いた。それは驚くものだったらしいです。人間の世界の常識ではなかったらしいです。


「それは、差別というものでは」

「そうです、差別です」


 警官はあっけらかんと答えた。悪いという感性はなさそうだ。


「人道的に問題はないのでしょうか」

「問題はあるでしょうね」


 再びあっけらかんと答えた。それはそれ、これはこれ、かな。


「問題があるなら、なぜ?」

「この街が、そうなっているからです」


 あっけらかんとしていた。悪法も法というものかな?


「それに対して、変だとは?」

「他の街の人から見たら変かもしれませんが、それがわが町の文化です。そのことに対して、他人がどうこういうことはやめていただきたい」


 警官は遮るように言葉を並べた。警官だけではなく、群衆もシューに対して奇異な目を向けているのを見た。シューも周りの目を気にした。


「失礼。悪意はないんです。ちょっと興味があったもので」

「ほー、興味ですか」

「はい、旅に出て、自分の知らないものに出会うことが楽しいんです」

「それはそれは。では、この街も楽しいですか?」

「はい、たのしいです」


 シューは苦手そうな笑顔をこわばらせていた。こういう時は笑顔でごまかすのがいいということだろうが、普段から笑顔を練習しないシューには不自然なものだった。


「本官としても、旅のものには楽しんでもらいたいものです」

「はい。ありがとうございます」

「それで、旅のお方は何型ですかな?」

「ええっと」


 シューはまごついた。変なことを言ったら捕まると思ったのだろう。


「はは、気になさらず。別にA型じゃないと生きていけないわけではございません。犯罪をしたから悪いんです。さらに、街の者だったら、A型でなければどうなるかわかってるはずです。さっきの男はこの街の住人なのに犯罪をしたから悪いんです。A型でない者は軽犯罪でも重罪になるんです。それを知ってての犯罪です。はっきり言って、自業自得です」


 警官は優しく説明してくれた。それにシューは安心した。


「はは、そうですか」

「そうです。犯罪とかしていないでしょ?」

「はい。していないです」

「そうでしょ。それで、血液型は」

「B型です」


 シューは拳を強く握った。大丈夫だと言われても捕まるのが不安なのだろう。


「分かりました。まあ、この街には長居しないほうがいいかもしれません。一応、注意はしておきます」

「ご忠告、ありがとうございます」

「いえいえ」


 警官は踵を返し、立ち去ろうとした。

 と、そこで大声。


「あんた、B型だったのか!」


 そこには知らないハゲたおっさんがシューを遠くから指差していた。


「あんた、リンゴ買うときに、A型といったじゃないか。それで、俺はりんごを一個オマケしただろ!」


 警官はピクっと立ち止まった。シューはアッと口を開いた。オイラはさっきのりんごを3個買ってきたシューを思い出した。


「あんた、嘘ついただろ。詐欺だ!」


 群衆がざわつく。

 シューは両手を広げて右往左往する。

 警官はシューに近づく。

 シューは警官に何かを言う。

 警官は問答無用に連れて行く。

 群衆は未だにざわつく。

 オイラはその光景をただ見ている。



 オイラは宿屋に戻った。店の前ではキエが立っていた。


「あら、おかえりなさい」


 そう言いながら、キエはオイラの頭を手でなでてくれた。前かがみになった反動で、胸が少し強調されていた。ワシャワシャと手を動かすついでに、顔を左右に動かしていた。何かを探しているふうだったが諦めて、膝を曲げた。オイラと目の高さを合わせた。


「ご主人様はどうしたのかな?」


 オイラはその真っ直ぐな瞳に引き込まれるようだった。思わず先ほどの出来事を話そうとした。しかし、我に帰った。オイラは首を横にかしげた。


「ふふ、言葉が分かるわけがないか」


 そう言ってキエは立ち上がった。スカートが膨らんだ。彼女は少し空を眺めたあとに、再び頭を撫でた。


「どうしましょ」


 オイラに向かってつぶやいていた。


「ペットだけが帰ってきたということは、この子は捨てられたのかな。でも、あの飼い主はそんな人には見えなかったし。だったら、離ればなれになったのか、それとも、何か問題があったのかしら」


 手を止めた。


「もし帰ってこなかったら、私を連れて行ってくれる人をまた探さないと。というか、私があんなことを言ったから帰ってこなくなったのかしら。でも、それなら今朝の時点でチェックアウトをするはず」


 キエは右手親指を口元に持っていき爪をかんでいた。その顔は影で覆われていた。オイラはそれを見て身震いをした。


「あら、ごめんね。寒かった?それともホコリかしら。とりあえず、ご主人様が帰ってくるまで部屋で待っといてね」


 そういうとキエは宿の扉を開いた。

 宿は雲の影で覆われていた。

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