第3話:血液型の街2

 日はまだ明るいが、宿を探すことにした。

 この宿探しというものが大変である。何が大変かといったら、犬と一緒でも大丈夫という店を探す点だ。基本的に犬は外に繋がせる店が多かった。ここでも犬と同じ部屋を認めてくれるところは難しいだろう。

 ――


「いいですよ」


 目の前の女性は笑顔だった。赤毛の長髪は腰まで伸びて、衣服のコーディネートを兼ねていた。若くて綺麗な看板娘だろうか?


「いいんですか?」


 シューは又聞きをした。断られると思っていたので、予想外のできごとだったのだろう。


「いいですよ」


 女性はまた返した。聞き間違いではなかった。


「部屋が汚れるかもしれないんですよ」

「はい。その代わり、サービスとして少し値段が上乗せされますが、大丈夫でしょうか?」


 女性は料金表を指さした。ペット料金などと書かれているらしい。カウンターの下にいるオイラには見えなかった。


「大丈夫です」

「では、ペット用のトイレなどをご用意いたします」

「ありがとうございます」

「ところで……」


 女性は一息おいてから、続けた。


「……お客さんは見かけない顔だけど、外から来られたのですか?」


 ……

 シューは間を空けた。シューも一息おいたのだ。


「はい」

「男1人でですか?」

「犬とです」


 シューはオイラに目を落とした。きちんとカウントしてくれたことは嬉しかった。


「ちなみに、血液型は?」

「血液型ですか?」

「そう。血液型」

「B型ですけど」

「なるほど」


 女性は奥に行きかけた。流れ作業だった。


「あのー」


 シューは呼び止めた。女性は振り向いた。営業スマイルで笑顔だけど不思議そうな顔を含んだものだった。


「いかがいたしました?」

「あの……血液型を聞くんですね」

「はい」

「この街では、血液型を聞くのが普通なんですか?」

「あら、他にも?」

「はい。2回ほど」

「ふふ。ごめんなさいね。変な街でしょ」


 女性は無邪気に笑った。怖い反応を予想していたので意外だった。


「変というか……」

「はっきり言ってくださっても大丈夫ですよ。私も変だと思っていますから」

「あなたもですか?」

「はい」


 無邪気に返事する女性は、おそらく人間の言う、愛嬌の良い人、というのだろう。


「でも、あなたも」

「はい、言っています。もう癖ですね」

「癖ですか」

「そうです。昔から言ってますもの」

「昔からとは」

「物心着いた頃からです。知らない方にお会いしたら聞くように教育されました」

「なるほど」

「おはよう、とかと同じ感じです」


 シューは納得したようだった。

 それを見て女性は奥に入っていった。閑散とした宿屋だと思った。ほかに客はおらず、従業員もいなさそうだ。二人の会話は響き渡っていた。いまだに響き渡っていた。その響きを打ち消すように女性は戻ってきた。


「こちらがお部屋の鍵です」


 シューに渡した。受け取った。


「ありがとうございます。」

「あと、トイレシートです」


 シューに渡した。受け取った


「よくペット連れの客が来るんですか?」

「たまに」

「こちらからしたらありがたいです」

「そうなんですか

「はい。どうも、ペット禁止の宿が多くて。まあ、汚れたりするから仕方ないかと」

「私はおおらかな性格なので気にならないです」

「へえ」

「私、O型なので」


 また血液型の話だ。聞き飽きて辟易してきた。


「いいますよね。O型はおおらかな性格だと」

「B型はマイペースとか」

「A型は神経質とか」

「AB型は天才肌とか」

「当たっているかは分からないですけど」


 二人は女子高生のようにキャッキャしていた。オイラは血液型に興味がないから、人間が理解できない。


「そういえば、今、この街ではA型キャンペーンしているんです」

「A型キャンペーン?」

「はい、A型だったら得することがあるんです。」

「例えば?」

「りんごを一個多くもらえるとか」

「ああ」


 シューは何か思い当たるところがあるようだった。先ほどの買い物のことだろう。


「お茶を安くしてくれるとか」

「それでか」

「思い当たる節はありませんか?」

「ありました。聞かれました」

「そういう街なんです」

「では、ここの店も?」


 その質問に対して女性はにこやかに答えた。もしかして……


「うちはやっておりません」


 ……


「では、部屋は」

「部屋はこちらです」


 オイラはシューの両手に抱えられて階段を上った。階段はギシギシと木が唸り、それなりの年季を感じる。女性はある部屋の前に立ち止まり振り返ったときに髪がふわっと弧を描いた。


「ここが部屋となっております」

「案内ありがとうございます」

「ごゆるりと」


 シューがオイラを下ろし、鍵を刺そうとした。その時に、動きを止めた。というのも、女性がジーっと見ていたからである。


「あの、どうしました?」


 シューは困惑したように笑っていた。確かに意図がわからなくて、恐怖すら覚える。


「お客さん、旅人ですか?」

「そうですけど」

「ペット以外には、身寄りは?」

「いませんけど」

「その、故郷には待ち人とかは?」

「故郷に戻るつもりはないですし、戻っても誰も待っていないと思います」


 シューの返事を女性は手をもじもじさせて聞いていた。何か言いにくいことを言いたげだ。なんだろう?


「あの、急で誠に申し訳ございませんが、私も一緒に旅に行ってもよろしいでしょうか?」


 女性の手はグーと握り締めていた。覚悟を込めて頼んだのだ。


「急にどうしたんです?」

「私、外の世界を見てみたいんです」

「それなら別に、今じゃなくても」

「今思い立ったんです」

「でも、僕と一緒じゃなくても」

「一人では怖いんです」

「だから、僕以外の人とでも」


 女性は髪を触りながら沈黙した。目は斜め下を向いていた。オイラと合った目には、何か鬼気迫るものが見えた。


「私、あなたがいい」

「……はい?」

「私、あなたと旅に出たい」

「それは、つまり」

「そうよ。あなたが好きなの」


 オイラは恥ずかしくなって、体をブルブルと震わせた。よもやの告白。


「本気ですか?」

「本気よ。一目見た瞬間にいいなと思ったのよ。そして少し会話して、もっといいなと思ったの」

「いやいや、でも」

「急に決めなくてもいいわ。この町を出る前に決めて」

「そもそも名前も知らないのに」

「キエよ。あなたはシューだったわね」

「そんな……」


 急に彼女の顔がシューの顔に近づいた。そう思ったら、ふたりの顔が離れた。


「私、待っているから」


 そう言ってキエは足早に去っていった。その顔には赤みが帯びていた。その赤みは、シューにも帯びていたものだった。

 廊下は暗かった。

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