爆笑!お葬式

楠瀬スミレ

第1話 私は司会者

「おはようございます」


 私は明るく挨拶をして、葬儀会館ゆずり葉セレモニーの事務所に入った。この地元では有名な葬儀会館。私はここで葬儀の司会をしている。その日もいつものように黒いスーツに白いシャツ、グレーのネクタイという制服を着て、入り口で一礼してから、背筋を伸ばして颯爽と入った。


 事務所の扉の右側の壁には大きなホワイトボードがある。そこにはこれから行われる葬儀の情報が書かれている。通夜、葬儀の時間、故人や喪主のお名前、寺院名、霊柩車の種類、火葬場へのお供のマイクロバスやタクシー、お弁当の数など。今日の担当チーフは清水課長で、女性アシスタントさんが2名つくようだ。バインダーにはさんだ用紙にそれらを書き写していると、担当の清水課長が来た。


「おはヨーグルト!」


 オヤジギャグでいつも笑わせようとするので、笑えないけど笑ってあげる。


「おはようございます、課長」


 この課長、つるつるのハゲ頭が潔い。


「今日は脇野家わきのけね」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしく頼みますよ。脇野家わきのけ……わきのけ! 脇の毛、足の毛、頭の毛~! あ、頭の毛、なかった!」


 そう言いながら、課長は脇を隠すセクシーポーズのあと、ハゲ頭をペチンとたたいた。


 女性事務員さんと、アシスタントスタッフの2人が大笑いしているので、課長は上機嫌。


「ちょっと、課長、勘弁してください~」


 といいながら、私も笑ってあげる。葬儀を出すご当家のことを思うと笑うのは申し訳ないのだが、立場上、課長を立てなければいけない。


「そういえば、今日は弔電が多いよ」


 にやりと嬉しそうに私を見て、課長が指さす先には、高さ40センチくらいの電報の山があった。


「今日は息子さんたち、現役バリバリだし、親族が多いから、弔電も参列者も多いよ。あ、喪主は長男、圭一郎さんね。文章を読むのは1通だけにさせてくれって頼んだんだけど、喪主さんがどうしても5通読んで欲しいって。フリガナはもう全部打ってもらってるよ」


 私は弔電を受け取り、フリガナを確認した。


西九州旅客鉄道リョキャクテツドウ株式会社、(←読者の皆様も、声に出して読んでみてください)これも西九州旅客鉄道株式会社、これも、これも、これも……ええ~~!! こんなにたくさん!」

「地獄だね。私には読めない。ニシキューシューリョキャキュテチュドーカブシキガイシャ!」


 課長の声が裏返る。わざとやっている。


「課長! 勘弁してください~!」

貨客船万景峰号カキャクセンマンギョンボンゴウよりはマシだよ。あれ、アナウンサーがよく噛んでるよね。カキャキュセンマンギョンビョンゴー。キャリーピャミュピャミュから電報が来たら大変だ。こりゃ参った!」


 そう言って、またハゲ頭をペチンとたたいた。盛り上げたいときはいつもこのポーズ。


 ギャハハハハ!


 事務所全体が大爆笑。私もつられて笑ってしまった。みんなが笑ってくれるものだから、課長はこの上なく調子に乗っている。笑いながらも私はとにかく弔電が気になり、残りの弔電を見て愕然とした。もう、笑うしかない。思わず声に出して読んだ。


「ABCソリューションシステム株式会社ソリューション事業部ソリューション事業課課長。ひえ~」

「ショリュ……ショリューション!」


 課長、言えてません。事務所、爆笑。


「会社関係のほとんどが『西九州旅客鉄道』と『ABCソリューション』です!」

「こりゃマイッタ」


 課長がペチンとハゲ頭をたたく。


 ギャハハハハ!


 みんな大笑い。なぜか人は笑ってはいけないシーンでは、大したことなくても笑いたくなるものだ。それに加えて、私はすぐに笑いがツボに入るたちなので気を付けなくてはならない。


 しばらくして場がおちついたので、山のような弔電を持ち、式場に入った。祭壇はとても立派なものだったが、違和感を感じた。真ん中の遺影写真から昭和の香りがするのだ。白黒の写真で、若くてイケメンだ。マジでイケメン! 故人は確か、85歳のおじいちゃんだったはず。後ろからついてきた課長が教えてくれた。


「奥さんがね、どうしてもカッコいい時の写真を使ってほしいって。こっちのパネルの写真が今の姿。喪主さんがさすがにまずいだろうって用意してくれた写真だ」


 祭壇の横に愛用の遺品と一緒にパネル写真が飾ってあった。普通のおじいちゃんだった。


「はあ、なるほど」


 私は司会台にドサッと弔電を置いて、音響機器、照明などのスイッチを入れ、マイクや音楽の音のチェックをした。次は喪主様との打ちあわせだ。


 この会館の親族控室は、「1LDKマンションか!」と突っ込みたくなるほどの豪華さだ。大きな洋風のドアをノックすると、女性が出てきた。おそらく喪主様の奥様だ。 


「司会でございます。打ち合わせに参りました」


 お部屋に上がらせてもらった。部屋には御親族が数人いらっしゃり、かごの中で眠っているお相撲さんのような顔の赤ちゃんの横で、ママらしき女性と3歳くらいの男の子が遊んでいた。喪主様と奥様がテーブルに並んで座られた。


「この度はご愁傷さまでございました。本日司会を担当させていただきます……」


 少々周りがにぎやかだが、いつも通りにご挨拶と自己紹介をした。次はお名前の確認だ。間違っていると、大変なことになるので、必ず確認する。


「故人のお名前が脇野金太郎わきのきんたろう様、喪主様のお名前が脇野圭一郎わきのけいいちろう様」


  課長の「脇の毛、足の毛、頭の毛!」頭ペチン(毛はない)が、ちらつく。


「ブゲッ!」


 ブッと吹き出しそうになるのを咳でごまかした。


「し、失礼いたしました。火葬場へのお供のお車は、マイクロバス2台と、自家用車が1台と聞いておりますが、ご変更はございませんか?」

「はい。大丈夫です」


「ご弔電は5通文章を読ませていただきまして、あとはすべてお名前のみを読ませていただくとお聞きしております」

「はい。それから、あのう、出棺の時、この曲を流していただけませんか?」


 喪主が差し出したCDは「きよしのズンドコ節」だった。


「父と母の思い出の曲で、父が大好きでよく歌っていました。明るく見送ってほしいという父の希望なんです」

「承知しました。それでは式場を出る時でよろしいでしょうか?」

「はい」


 打ち合わせを終えた私は式場に入り、司会台に戻った。式場にはまだ誰もお客様はいない。いるのは抹香の補充をしたり、供花の百合の花粉を取っているアシスタントさんたちだけだ。お預かりしたCDをかけてみた。


 ♪ズン、ズンズンズンドコ♪

「「きよし~!」」


 アシスタントさんたちの見事な合いの手が入った。


 キャハハハ……


「そろったねえ~!」

「めちゃそろってた~!」


 課長に笑いのスイッチを入れられてしまったせいか、みんな簡単に笑ってしまう。いや、こんなことはしていられない、弔電の練習をしなければ。私は必死でお名前を読む練習をした。


「ニシキュ―シューリョキャクテツドウカブシキガイシャ……」


 課長の裏返った声を思い出す。私は手でシッシッと払った。


 そうこうしていると、あっという間に開式30分前になった。御親族を式場内にご案内するアナウンスをしなくてはならない。


脇野家わきのけ、御親族の皆様にご案内申し上げます」


その時、課長の「脇の毛」のセクシーポーズがちらついた。


 上昇する頬っぺたの筋肉を必死で下へと抑えながら、司会台の下にある音響機器を触るふりをした。


「ブゲ!」


 また変な咳でごまかした。


「ただいま開式30分前でございます。式場内へお入りくださいませ」






「お寺様、来られましたよ」


 アシスタントさんが私を呼びに来た。式の打ち合わせに行かなくてはならない。


「睡蓮寺さん、今日は前住職が来てるから要注意ですよ。あのジジイ、昨日の通夜もお酒臭かったし、お茶を出すとき、お尻触られました」

「また?」

「またです」


 そこに、導師控室にコーヒーを持って行った新人アシスタントさんが帰ってきた。


「住職がこのクッション、曲録きょくろく(導師が座る立派な折り畳みの椅子)に置いてくださいって」


 そう言いながら、ふかふかのドーナツクッションを嬉しそうにさすりながら、中央の導師用の曲録に置いた。


「これ、かわいい~」


 彼女はなぜそのクッションが円形なのか、理由を知らないようだ。


 私は式の打ち合わせのため、寺院控室に行った。














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