Case*1

Special Secret Security Organization



日本語にすると、特別機密保安組織。


通称、特機(とっき)と呼ばれるものだ。




主に学内の治安を守るために存在する生徒たちを表している。




時は20XX年。


現在の日本に置いて特機は欠かせない存在となった。


いじめ、カースト、暴力、万引き、詐欺、援交、薬物etc……




そんなものが、当たり前のように蔓延る世の中を許してはならない。




特機になるのに特別な条件は特にない。



必要なのは絶対的な正義感と、悪を滅するという強い思いだけ。




これは、ある学園の特別機密保安組織に所属する星宮日和(ほしみや ひわ)と彼女を取り巻く学園の物語である。






真新しい制服は、なんだか固くて落ち着かない。



上から下まで真っ白な制服は、悪を塗りつぶして隠しているかのように見えて気にいらない。




でも、私が落ち着かない原因はそれだけではない。



一番後ろの席からクラス内をぐるりと見渡す。


ピリピリと殺気立ったような空気をクラス全体から感じる。




入学して間もないけれど……まずはこのクラスから変えないといけないんじゃないかと思う。



私の名前は星宮日和(ほしみや ひわ)。



桜之宮学園の『特機』として先日入学したばかりだ。



この春、私が通うことになった私立桜之宮(さくらのみや)学園は



小、中、高、大学まであるエスカレーター式の進学校。




中等部からは寮制になっている。



殆どが持ち上がりの生徒で私のような編入生は、ほんとに極小数だろう。




特機は私立高校、公立高校に関わらず各学校に1〜2名配属されている。




私が受験した桜之宮学園は、去年ひとりだった特機が辞めてしまったため特別枠で緊急募集していた。



特機の試験は面接と小論文、



+桜之宮学園の試験として主要5教科の国語、数学、英語、理科、社会のテスト。



面接、小論文は問題なかったが、筆記試験はギリギリで合格した。



そして、入学してからの試験がひとつ。



試験内容は『入学後一ヶ月以内に最低ひとつ、悪を暴き解決する』ことだ。




これが出来なければ特別枠で入学した私は即退学となってしまう。



入学してはや1週間。



一刻も早く解決すべき案件を見つけなくちゃいけない。



だけど今は、日々の勉強が優先かも。



……大して賢くもない私が、進学校の学力についていくのは大変だから。




とりあえず、近いうちに行われる月一の英語の小テストに向けて勉強しようかな。 








色々な焦りや先が見えない不安に押しつぶされそうな日々の中で見えた、一筋の光。








「今月の英語の小テストの結果だけどな……」



先生の言葉に、途端に騒ぎ出す生徒たち。



出来なかったと嘆く者もいれば、余裕だと高をくくっている者もいる。



……一体なんだって言うんだろう。




進学校は小テストでも気を抜かないってことなのかな。



先生が答案をひとりひとりに返すのかと思いきや……


ホワイトボードの端の方にぺたりと紙を貼り付けただけだった。




授業中は皆気にしながらも誰も見にいくことはしなかったが、終業のチャイムが鳴った途端


私以外のクラスメイトが全員ホワイトボードに向かった。







「いやああああ!!!」



「?!」




甲高い声で叫びながらしゃがみ込んだのは眼鏡をかけているひとりの女子生徒。



高笑いをした黒髪の男子が、彼女の頭になにかを置いた。




私は慌てて席から立ち、クラスメイトたちを無理やり掻き分けて前へと進み出る。



彼女の頭に乗せられていたのは、先程貼られたテスト結果だった。



私は胸ポケットに入れているカメラ付きボールペンのカメラのスイッチを押すべきかどうか悩む。



これだけじゃ、いじめてるように見えないし……




決定的な証拠を掴んで慎重に事を進めなければいけない。


だけど、焦っては証拠を逃してしまうだろう。



迷った末に私はスカートの左ポケットに入れているICレコーダーの電源をこっそり入れた。







「今週の最下位は……小坂華恵(こさか はなえ)さんでーす!皆さん、盛大な拍手を!」



そう言ったのは、先程高笑いをしていた男子。



クラスメイトたちが両手を大きく叩いて拍手を送る。






「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!」



「ワガママ言わないの!俺のルールが守れないんなら、潰すよ?小坂ん家」



「っ!?そ、それだけは……!」





彼女の涙が床にポタっと落ちた時、男が手を叩いた。




「はーいじゃあ皆さん、1ヶ月よろしくお願いしまーす」



その言葉とともに先程まで騒いでいたクラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすように教室から出て行った。






小坂さん……だっけ? 



とにかくその子に接触して話を聞かなくちゃ。

  


ICレコーダーの電源を切って、私は急いでカバンに教科書を詰め込み教室を飛び出した。




だけど私が寮に着くまでの間、小坂さんの姿を確認することはなかった。


仕方がないので一度自室に戻る。



寮の部屋は大概二人一組だが、私は一人部屋だ。




この部屋には特機にしか見ることのできない、学内の生徒たち全ての個人情報の


載った機密ファイルが存在するから。




私はスカスカの本棚から高等部と書かれた機密ファイルを取り出す。



入学前にファイルはもらっていたが、目を通すのはこれがはじめて。




興味本位で人の個人情報を探るべきじゃないと思うから。



えっと……1のAの小坂、小坂さん……




あ、あった!



名前、生年月日、住所、電話番号、本人の経歴……



あと、特記事項として親の仕事先などが書かれている。





小坂さんって、あの有名な小坂自動車のご令嬢なんだ……



大手自動車メーカーを潰すと言ってのけたあの男は一体何者なんだろう……




……セレブの世界はさっぱりわからないから、考えるのはとりあえず後回しにする。




彼女の寮の番号は……1003。



時間的にももう帰っている頃だろうか。






会いに行って、聞かなくちゃ。


このクラスで一体なにが起きているのか。




同じクラスのため、幸い寮の場所は近い。



制服を着がえることなく私は部屋を飛び出した。









小坂さんの部屋の前に着いた私は、どうするべきか悩んでいた。


問題は、どうしたら彼女が部屋に入れてくれるかということだ。



さっきの出来事がいじめの序章なのだとしたら、今も警戒に警戒を重ねているのではないだろうか。




でもきっと、考えるだけ時間の無駄かな。


私は考えるよりも行動するタイプだし。







ドンドンドン



「小坂さんと同じクラスの星宮日和と申します!小坂さんいますか?」



結構強めにドアを叩いてみても、物音ひとつ聞こえない。





まだ帰っていないのだろうか……



オートロックのドアは押しても引いても当たり前だけどびくともしない。




「小坂さーん!私はただ話をしたいだけなんです!絶対に危害を加えたりしませんから!」



ドアを叩くのと話しかけるのを交互に繰り返す。








今日は諦めたほうがいいというのは、誰が見ても明らかだろう。



ドアや壁が防音仕様になっていたら、私の声はどれだけ叫んだとしても届かないもの。



日を改めて、教室で接触するのが一番賢いとは分かっているけど。




だけど、私は絶対に諦めない。



彼女を救うのも、クラスを変えるのも私の役目だから。




どんな形であっても、どんな事情があったとしてもこの世に蔓延る悪を許してはいけないの。

  




「開けてくれないなら、夜通し張り込みますからね!開けてくれるまでドアを叩き続けるから!」




まずは、夜通し張り込む準備を部屋に取りに行ってくるということを伝えよう。



私が再びドアを叩こうとした瞬間、勢い良くドアが開いた。






「……うるさいです」



「あ、やっと顔見せてくれましたね、こんにちは」



「貴女……用件はなんですか」



「ここじゃなんですから、ね?」




ちょっと!と叫ぶ彼女を無視して、半ば強引に部屋に上がり込む。



全室オートロックだから、閉めてしまえばこっちのものだ。






部屋の間取りは私の部屋とそんなに変わらなかった。



違いといえば、2段ベットがあるくらいだ。





彼女は渋々ながら案内してくれたが、突如訪れた私にお茶を出してくれたり



自分より先に座らせてくれたりと育ちのよさが伺える。





「で、用件は何なのですか。もうすぐルームメイトが帰ってくるので手短にお願いします」




先程感情に任せて教室で泣いていた女子とほんとに同一人物なのかと疑いそうになるくらい冷静な彼女。



ピンク色の眼鏡に、セミロングの髪は2つくくりでいでたちはあまり変わっていない。




しいていうなら、制服から私服に変わっているというくらいだろうか。






「教えてほしいの。英語の小テストで最下位だったらなにが起きるのか」



「……そういえば、私のクラスに編入組の方がいるそうですものね。それなら知らなくても当然ですわね」




どこか嫌味っぽく聞こえるのは気のせいだろうか……



一刻も早く私を帰らせたいのだろう、眉一つ動かすことなく彼女は矢継ぎ早に説明してくれた。






先程の黒髪の男の名は小門祐一(こかど ゆういち)と言うらしい。



祖父が某有名ホテルの創設者であり、学園にも寄付をしているので

 

学園も彼には強く言えず、好き放題しているとのこと。



英語の小テストで最下位を取ったものは次の小テストで改たに最下位が決まるまで


いじめの対象になるというのも彼が中学生の時に暇つぶしのためだけに作ったルールだと言う。



私が知っている『いじめ』というものは理不尽に暴力を振るわれたり


物を隠されたりと当人に対してのものだけど、彼女が話してくれたのは



私の想像を遥かに超えていた。



「大きな被害を被るのは、私ではなく親のほうなんです。


突然取引先との契約を打ち切られたり、


重役社員が他の社にヘッドハンティングされてしまったりするのですわ」


 


小坂さんは表情こそ先程と変わらないものの、無意識に力が入っているのだろう握り拳が震えていた。


それを見て、私はあるひとつの疑問に辿り着いた。



「そこまで重要なテストだと分かっているのに勉強をしなかったのですか?」


私がそう言った途端、小坂さんの目つきが鋭くなった。




「勉強したに決まっているでしょう!?英語教師と取引までしたのにあの男、私を騙したのよ!


許さない、絶対に許さないわ……!」




英語教師、取引、騙す。


良くない匂いがプンプンする。



その件に関して詳しく問い詰めるより、今は興奮状態の彼女を落ち着けることが最優先だろう。


私は怒りに任せてソファーの肘置きを叩き続ける彼女の手を取った。



「ねぇ聞いて、小坂さん。私はあなたを助けたいの」


「助け、る……?星宮なんて無名の貴女に、何が出来るというの……?」



確かに、私は平凡な家庭に生まれ育ち裕福な暮らしはして来なかった。



だけど、私には誰にも負けない強い想いがある。


ふいっと顔を逸らした彼女の目をしっかりと見つめて、伝える。


 


「この世に蔓延る悪を許してはいけないの。


私は特機だから、あなたもあなたのご両親も守ってみせる、必ず」


彼女の瞳は、不安そうに揺れている。



私のことを信じてもいいのかどうか迷っているのだろう。


そんな時に、大丈夫だよとか安心してねなんて言葉はかけない方がいいだろう。


私は失礼します、と言って部屋を出る。



ドアを閉める時に、折角用意してくれたお茶に一口も口をつけなかったことを少し申し訳なく思いながら。






小門祐一、某有名ホテルの御曹司。



訳の分からない韓国語の授業を聞きながら彼の様子を伺う。



黒髪だし、制服もちゃんと着ているから真面目な男子生徒にしか見えない。




……見た目だけ、だけど。


左手でシャープペンシルを回しながら、つまらなさそうに窓の外を眺めている。


自分の暇をつぶすためだけに、周囲の人を巻き込み傷つける非道な男。


次は何をされるんだろうってビクビク怯えて肩身が狭い思いをしている人がいると言うのに。



一日中小門のことばかり考えていて、授業も身が入らない日々が続いた。



それから二週間が経っても、小門は小坂さんに一切の危害を加えることはなかった。



だけど、小坂自動車は少しずつ痛手を負っているということはニュース番組を見て知った。



小坂さんに大見得を切ったくせに、どうすることも出来ない自分に激しい憤りを感じていた。


私に残された時間は、あと一週間に迫っていた。


もう、手段を選んでいる場合じゃない。




明日小門に直接接触して、止めさせるように説得するしかない。



翌日の放課後、席を立った小門の跡をつける。



ここ数日の間何度か尾行したが、食堂に向かうか寮の自室へ戻ることが殆どだった。



今日もそのどちらかだろう、と予想を立てていたが小門はどうやら別の場所に向かうつもりらしい。



もしかしたら、小坂さんのご両親の会社に何かする気かもしれない。



校舎と寮以外基本行き来しないので、周りの建物の場所などはあまり覚えていないけど


このチャンスを逃すべきではないと思い、再び跡を追った。


どこまで向かうつもりなんだろう……




辺りはほんのり暗くなってきて、少し不安になる。


10分くらい歩いて、小門はある建物の前で立ち止まった。


ここは、学校の敷地内にある教会……?




中に入っていく小門の跡をつけ、私も続いて入り後ろのほうの椅子の影に隠れてしゃがみ込む。


ステンドグラスを見つめたあと、両手を組み祈っている小門。



……もしかして、ほんとにここに来たかっただけ?



ここまで着いてきたけど大して収穫もなかったし、戻ろうかな。


小門に気付かれないように静かに立ち上がり、ドアを引く。




……あれ、開かない。


いくら引いても、ドアが開かない。


必死にドアを開けようとしていた私は気付かなかった。


忍び寄る気配に。



「あっれー?ドブネズミが一匹迷い込んでるなー」


「っ?!」




声に驚き振り向くと、小門がすぐそばまで迫っていた。


持っていた金槌のようなもので頭を殴られ、私はそのまま気を失った。










「っう……」


ズキズキと痛む頭を押さえながらうっすら目を開ける。


私、一体……?



ぼんやりとした頭をどうにかして回転させようとするも、上手く働かない。





「ようやく目が覚めた?そんなに強くやってないんたけどねー」


突如聞こえてきた声に、視線を向ける。



「こ……か、ど……」




そうだ、さっきまで私は教会にいて……


出ようとしたのにドアが開かなくて、小門に頭を殴られたんだった。



辺り一面真っ暗のため、ここがどこなのかさえ分からない。



分かるのは、手と足を縄で縛られて身動きが取れないということ。





真っ暗な中、小門の笑い声だけが響き渡る。



「ここは、寮の俺の部屋。言っとくけど、助けなんて来ると思わないほうがいいよ」



全室オートロックなの、君も知ってるでしょ?と馬鹿にしたように言われる。



「最近誰かに跡をつけられてるなとは思ってたけど、君、何なの?俺のファン?」



……まだ私が特機だと気付かれていないのが、不幸中の幸いかもしれない。



腕を動かして見るも、縄がキツく結んであってどうすることも出来ない。



ここで、ICレコーダーの電源を入れられたら証拠になるかもしれないのに……!



腕を無理に動かすたびに縄が食い込んで痛い。




「……うん、小門……くんのことが気になってたからつけてたの。それでね、教えてほしいことがあるんだけど」


「んー、なに?」


「……あの、とりあえず電気をつけてもらえないかな。小門くんの顔が見たいよ」




目が見えないということが、こんなにも怖いなんて知らなかった。


それに、小門がなにか危険物とか持っているかもしれないから油断できないし。



演技力にはあまり自信がないから聞き入れてもらえないかなと思ったけど



小門の気配が少し遠のいたあと、部屋の電気が付いた。


眩しさのあまり思わず目を細める。




「そんなに俺のこと好きなんだ?でも君の顔に見覚えないんだけど、もしかして編入組の子?」


編入組だと言ってしまったら特機だと疑われてしまうかもしれない。


私は偽物の笑顔を貼り付けて、嘘を紡ぐ。




「違うよ。ただ、小門くんっていつも人気者だから私なんか近づくこと出来なかったから」


へぇ、と言いながらニヤニヤしながら近づいて来る小門。



この調子で話しかけて、何とか縄を解いてもらわなくちゃ。



「小門くんって何気に筋肉あるよね、着痩せするタイプなの?触ってみたいなー」



これっぽっちも思ってないことを言ってる自分に吐き気がする。


縛られている腕が痛いの、と言いながら目線を下に逸らす。


「仕方ないなー、いいよ!」


やった!


私は心の中でガッツポーズをする。



小門は両手首と足首を縛っていた縄を解いてくれた。



これでICレコーダーの電源を入れて、あとは聞き出すだけだ。




「私ね、背筋フェチなんだ!背中触ってもいいー?」


小門に背中を向かせ、ポケットに手を入れ電源を入れる。



「きゃー、すごーい!」



……すごい、気持ち悪い。


小門もだけど、何より私が。



触りたくもない背中を撫でながら、小門に問いかけ続ける。





「そういえば知ってる?


小坂自動車って、今大変みたいだね。大手の取引先が契約を打ち切ったとかなんとか」


「あー、アレね。あれやったの俺なんだよね。すごくない?」


「えー、そうなんだ、すごーい!その話詳しく聞きたいなぁー!」



自白しろ、早く!


そう思いながら制服越しに背中を撫でまわしていると



小門がいきなり振り向いた。



「ど、どうしたの?」


「ていうかさ……触り方、やらしくない?そういう目的で俺のことつけてきたの?」


「え、ええっ!?」




な、何だかヤバい気がする!


私は慌てて小門から距離を取る。



「ち、違うよ!私はただ小門くんとお話がしたくて……!」


「じゃあさ、身体で語り合ったほうが、俺のこともっと分かるよ?」



ど、どどどどどうしよう……!


前からは迫ってくる小門、後ろには壁。



背中が壁に触れて、逃げ道がなくなってしまった。


近付いてくる小門の顔から、逃げることが出来なくて……



唇が一瞬触れた瞬間、私は耐え切れなくなって小門を突き飛ばしていた。





……しまった。


ヘラヘラと気持ち悪い笑みを浮かべていた小門が表情を変えた。



「……何だよ、俺の言うことが聞けないのかよ!好きなんだろ俺のこと!」


小門が私から離れ、箪笥の引き出しから何かを取り出してこっちに来る。





折り畳み式のナイフ……!?


蛍光灯の光を受けてギラリと光る刃に、恐怖で身体が震える。


「俺の言うことが聞けない奴は、皆死ねばいいんだよ!」



逃げようと思っても、足がすくんで動かない。





怖い、怖い、怖い。



こんなところで死にたくない。


こんな奴に殺されたくなんてない。




だけど身体は恐怖で思うように動いてくれずどうすることも出来なくて、思わずぎゅっと目を閉じた。












………………あれ。



いつまで経っても、何も起きない。


恐る恐る目を開けると……






「はじめまして、特機ちゃん」



こっちを見て笑みを浮かべているのは、赤髪が特徴的な男性。


切れ長の瞳に、シュッと通った鼻筋、整った顔立ち。


まるでどこかの国から来た王子様のように思えた。




だけど、そう思ったのも一瞬で。


どうやってこの部屋に入ったのだろうとか


どうして小門の首元にナイフを突きつけているんだろうかとか。



人にナイフを突きつけておいてどうして笑えるんだろうかとか。


気になることが沢山あったけど、それが言葉になることはなかった。




「は、羽鳥楽(はとり がく)……!」


「あ、俺のこと分かるんだー」


羽鳥と呼ばれた人は、折り畳み式のナイフを畳んでポイッと放りなげた。




「あ、そうそう。俺、君ん家のホテル、買い取ったから」


「は……?」


「残念だけど明日からは来れないね、学校。ばいばーい」



ナイフを突きつけていない方の手をひらひらと振る、羽鳥と呼ばれた男性。




「……あれ、聞こえなかった?ここもう君の部屋じゃないから去っていいよって言ったんだけど」


小門は震えた手でどこかに電話をかけたが、電話で何を言われたのかは聞き取れなかったが


小門の手から携帯が滑り落ちた。



そんな彼を横目に、羽鳥さんは私の方を見て柔らかい笑みを浮かべる。




「何が起きたのか知りたいなら、俺を君の部屋に案内してくれない?


それとも、初対面の怪しそうな男は信用できないかな」



部屋に連れて行けば、この人はほんとに教えてくれるの……?


助けてはくれたけど……信頼できる人なんだろうか。



きっとこの人は試してる、私を。


この状況を楽しんでるとしか思えない。



だけど、私は知らなきゃいけない。


この人は何者で、小門に何があったのかを。



目の前には何を考えているか全く分からない男性と、様子がおかしい小門。



小門のことが気にかかったが、どうするのと催促され部屋に案内することにした。







「……どうぞ」


玄関とリビングの電気をつけ、彼を中へと入れる。



まだICレコーダーの電源は切っていない。


少しでも怪しい行動や言動があったら、それも証拠として残るだろう。




「お邪魔します」


リビングのソファに腰掛けた彼は、大きく伸びをする。


「さて、聞きたいことは何かな?編入組の特機ちゃん」



欠伸をする姿さえ、映画のワンシーンのように見える。


私はコホンと咳払いをして、話しを切り出す。




「オートロックの部屋にあなたが入れたのはどうして?


ホテルがどうのって言ってたけど、小門に何をしたの……?」



「あ、それは内緒。言ったら君も悪用するかもしれないし。


あの子の家ってホテル経営してるでしょ、そのホテルを俺が買収しただけ」



柔らかい笑みを浮かべながら私を見つめる、双方の瞳。


どうやら、詳しく教える気はないらしい。



……確かに、部屋に入れるだけで全てを教えてくれるとは思ってなかったけど!


聞きたかったことを上手く聞けない自分の乏しい語彙力が情けない。




「あれ、もう質問終わり?もっとないの?誰だよお前とかでもいいのに」


「じゃあ、誰なんですか」




半ばヤケクソに問いかける。


そもそも同じ学校の人なのか、それすら分からない。



よくよく考えてみたら、何もかもわからない人を部屋に入れるって……


不用心にも程があるなと我ながら思う。





「羽鳥楽。困った時は力になってあげる……かもしれない。まぁ俺の気分次第かな。


君とはまたすぐに会うことになると思うよ。特機の星宮日和ちゃん」




手を、差し出された。


私よりも遥かに大きい、骨張った手。



この人を信じていいのか、この手を取っていいのかよく分からない。


でも、少なくとも私はこの人に命を救われた。


今のところこの人は悪い人ではないはずだ、と思っている。



差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。


自分と違う体温に優しく包まれ、今生きているんだと感じて泣きそうになった。




Case*1 終

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