第13話 試合は開始前から始まっている。

 この日の夕方の地下鉄は混みあっていた。工場地帯である臨海線は、休日はロングシートで横になれるほど閑散している。だがこの日の車両は迷彩色の服を着た人たちやカラフルな髪をした人々であふれかえっていた。臨海線には途中GWGの会場へ直接行ける駅があり、今日はGWGの大会のため多くの参加者が乗りあっていた。ただし、電車に乗っている参加者たちのほとんどはリアル側で参戦する人たちで、バーチャル側は自宅で参戦するため実際の大会の総参加者は数万人を数える。バーチャル側の利点としてはこの大混雑の電車の中に入らなくて済むからとも。


 その中にリーザもおり、狭い車内の中でドアの際に押し込まれていた。が、戦時中塹壕の隙間の中で本を読んだり食事をしていたため慣れており、自分が参加する大会のルールが書かれたパンフレットを広げて復習していた。


 リーザが参戦するのは、オールマイティー大会という経験を問わない最も参加人数が多い大会だ。試合は四人一組のチームで行い、ラウンド一からラウンド三の三回で争われる。最終ラウンドでは生き残った十チームで争い、優勝を決める。


 大会によっては復活が認められるものがあるが、この大会は一度体力を奪われたらゲーム終了、負けたら大統領に会うことができない。が、その緊張感がむしろリーザの闘争心を昂らせる。


 会場の選手待機場に入ると、すでにオールマイティー大会に参加出場選手が集っていた。チーム構成はシステムが自動でマッチングしてくれたメンバーとでも参加できるが、リーザとしては自分の目で腕利きの人間や武器の種類で人を見出そうとした。

 戦時中も自分が選抜したチームも、そうやって決めていた。手始めに、スナイバーライフルを背負っている頭をバンダナで止めた青年にチームにならないか声をかけた。


「もう組んでいるので」


 が、けんもほろろに断られる。気を取り直して、リーザのお目にかないそうな人間を、男女問わずに声をかける。


「ごめんなさい。もうチームが」

「無理無理」

「ほかをあたってくれない」


 声をかけた人はすでにどこかしらのチームに加入していた人ばかりだった。

 おいおい、自由参加のはずだろ。すでにチーム決まっている奴がこんなにいるのかよ。


 試合開始前から苦境に立たされるリーザ。だが彼女は知らなかった。待機場にいる参加者たちがずっと目の前の人に声をかけず、スマホを手に指を動かしている理由を。

 チーム戦となると、いかに優秀な人間をそろえることで生存率を上げるかが勝負になる。事前に戦い慣れたプレイヤー同士で参加する者。あるものはスマホで参加者たちのプロフィールをSNSで公開しあい、優秀なプレイヤーを選抜・選定・決定が行われている。

 すでにここの参加者たちは、チームを決め終えたか。あるいは電子の空間で壮絶な奪い合いをしている。しかし、SNSを使っていないリーザでは、その争いに参加することすらできず、時間が経つごとに決まっていくチーム。

 中には人数が足りず一人余っているリーザに目を付けたチームもいたが。


「あの子どうよ」

「やめようぜ。リーザコス大半地雷だし」

「だな。でも野良で探すもな。バーチャルもリーザコスであふれかえってるだろうし」


 リーザのコスプレをしているプレイヤーとして見られ、声をかけることもなく敬遠される。耳がいいリーザは相手の話の一部始終聞いていたが、反論することはなかった。


 思い出すな自分が最初に軍の傭兵として入った時もこんな感じで

 入った時あたしは十四歳だったから、銃は持たせてもらえず雑用に回されてばかりで。少しづつ射撃訓練で命中精度の高さをアピールし続けたから、戦場に立てた。

 GWGを始めてたったの二カ月で大会に参加することに焦って、周りに実力をアピールしてこなかったあたしのミスだ。


 チーム集めに失敗したことをリーザは悔やみつつ、野良か余っているプレイヤーを探して参加するほかないと立ち上がろうとした。その時、携帯のメッセージアプリに着信があった。送り主はニナからで『ここを開いて、急いで』とメッセージと共にURLが送られてきた。

 

 言われるがままリンクを押すと、画面がビデオに変わりアバター状態のニナが現れた。


「リゼさん。まだ空いてる?」

「今大会参加中だよ」

「違う、大会のチームの枠のこと。もしかしたらと思って、バーチャルと組めるようにリンク送って正解だよ」

「おいおい、マジかよ。参加予定はないって言ったくせに」

「予定は変更されるものなの。それに、リゼさんに発破かけたのに、私は応援だけっての、みっともないもの」

「…………サンキュー。で残りあと二人必要なんだけど」

「問題なし、強力なメンバーもう一人用意しています」


 ニナが後ろに退くと「Hello」と黒光りのスキンヘッドが画面を埋め尽くした。

 割って入ってきたスキンヘッドの男はいかにも歴戦の兵士と思うほどの筋骨隆々で、片手でマシンガンをぶっ放せるほど力強さを感じる。おまけに顔にはサングラス、腕には青のタトゥーが入れてあり、バルドと厳つさ勝負をしたらいい勝負になりそうな顔つきだ。

 アバターとはいえ、よくこんなやつがニナと交友関係にあるのかと男の頭上に浮かんでいるプレイヤー名に『BULG』と書いてあったのが見えた。


「ブルゴ!?」

「YES YES」


 現実世界とあまりにかけ離れたアバターに驚愕の声を上げてしまった。しかも単語でしか返さない。ニナ曰く「自国の言葉しかしゃべられない、最強の外国人部隊キャラ」で通しているらしい。


 尖りすぎるブルゴに驚いてしまったが、これであと一人誘えばパーティーが完成する。


「大会は最後のラウンドになるまで武器の変更はできないけど、二人はどうするの」

「私はM100。いろいろ試してみたんだけど、これが一番使い慣れてるから」

GAAMグラドニアアームズ・アンドリューマシンガン


 L/zyアンチのリーザはGA-64を使用する。中近接出の戦闘なら戦えそうね。しかしよくを言えば、狙撃手が欲しい。遠距離射撃援護も必要だ。


「空いてるなら入れてもらえない。ボク、ソロで参加しているからパーティーをまだ組んでないんだ」


 声をかけられたのはボブヘアーの少年だった。まだ変声期前のようで、やや声が高い。彼の背中には、頭を突き抜けるほど長い砲身を銃を背負っていた。リーザが見たこともない銃だった。


「持ってる銃は?」

「見ての通りAZ・01アズゼロワン狙撃銃とM1970ハンドガン。こっちは回り込まれた時の自衛で持っているから、実質この長物がメインだね」


 それを聞いてもピンと来なかったが、リーザが知らないのも当然である。AZアズ社は製造が縮小したグラドニアアームズの後釜を担う形で戦後に設立した銃製造会社である。特にAZ・01は人間工学を基に、洗練されて無駄がない銃身と軽さからGWGでも人気の銃であった。


「いいよ。狙撃手が欲しかったところだ。あんたの名前はなんだい」

「『ミーシャリ』だ。よろしく」


 ようやくパーティーが結成できたところで、控室に吊り下げられたテレビの画面が切り替わると控室にいた参加者全員が一斉に画面に食いついた。そして切り替わった画面にはシュティッヒ大統領が壇上に立っていた。


『第65回GWG開会に先立ちまして、皆さまにご挨拶を申し上げます。このGWGは~』


 大統領の開催の挨拶と分かると、全員解散とばかりにスマホの画面を見たり、試合の動きをどうするかに集中し、大統領には目もくれない。


「お決まりの恒例行事だけど、長いよな。早く終わってくれよ。それで作戦どうするの」


 ミーシャリが作戦に話を振ろうとしたが、リーザは誰も見向きもしない大統領に食いついていた。


「あれ? あんた大統領の熱烈な支持者なの」

「違う。もし優勝したらどんなこと話せばいいかなって思っているとこ」

「へぇ、もう優勝の挨拶のこと考えてんだ。気が早いねお姉さん」


 ミーシャリの言葉の裏は用意に想像できたが、リーザはあえて無視した。

 自分を裏切った男の息子に三ラウンド勝てば。優勝すれば対面できる。


「そういえば、シュティッヒ大統領は毎回開催の宣言をしているのだけど。義務なの」

「義務じゃないと思うよ。世界的大会だからのもあるけど、GWGは軍の協賛と技術的な面で支援があるからその面子を立てるために大統領が挨拶だけを欠かさずしているって、ブルゴ殿が言ってたよ」

「So」


 義務より、面子か。やはり政治家になったら、愛した人のことよりも政治や利益優先になるのかな。まあ百年も経てば人間変わるかもね。と諦観的な感情を持ちながらも、許せないリーザの嫉妬の心は変わらなかった。


 本当に平和でいい時代に蘇ったのって素晴らしいわ。自分が経験した地獄のような戦場の戦いを、死ぬこともないこの戦争ごっこで。あんたの息子の目の前で銃口を突き付けられるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る