第8話 リーザスレイヤー

 奥の壁が開き乱入してきたプレイヤーの名前が表示される。

『プレイヤー名:リーザスレイヤー@リザカス消えろ』


 リーザは目を疑った。

 人の名前としてあり得ないネーミングもあるが、あからさまに自分の名を堂々と侮蔑した名前にしていることに。

 敵のチーム四人は皆黒のスーツとベイリーの中折れ帽を被った服装に、目出し帽とサングラスで顔を隠してさながら暗殺請負のマフィア(あるいは恰好つけたチンピラ)のような雰囲気からして、優しい対戦相手ではなさそうである。


「もー、なんでこんな時にめんどくさいやつが来るの」

「なにあれ? みんな同じように見えるけど、いわゆるクローンってやつ?」

「そんな技術わけないから」

「リーザスレイヤーは個人名であり団体名です。リーザのコスをしている人を見たら手当たり次第突撃して、完膚なきまでに叩きのめす根っからのリーザアンチで超迷惑プレイヤーです。私も一度野良でリーザコスの方と組んだ途端、リーザスレイヤーが乱入してきて完膚なきまでに倒されました。なんでもチームはすべてグラドニア人系でリーザに恨みがあるとの噂らしいですが」


 正真正銘あたしをいたぶりたい輩というわけね。いや正しくはをしたプレイヤーをか。

 一番背の高いリーザスレイヤーが前に出てくると、深々とお辞儀をする。マスク下の口が開くとドスを利かした低い声色で「ドーモ、リーザ・ブリュンヒルド。貴様を消しにキマシタ」とわざとらしいカタコト言葉で挑発するような挨拶をした。続いて後ろの三人も。

「さっさと消えナ。パチモン」

「往生せよリーザ」

「恐怖を刻み込んでやる」


 四人それぞれリーザに向かって、銃口を向けながら暴言じみた前口上を次々とぶつけられる。後ろの二人が固唾を飲んでいる中、リーザは震えた。


「あたしの弾を受けて昇天しな。童貞ども」


 ピンッと中指をまっすぐ上にあげて、はしたないサインを向ける。


「その言葉覚えていろよ」

「二度とGWGできなくしてやる」


 挑発を返されたリーザスレイヤーたちは、。口々にどうリーザを叩きのめすか歩きながら作戦会議をしながら自分たちの陣地に戻っていく。


「何挑発してんの。あいつら気に入らないやつだったらネチネチと攻めてくるのよ」

「……面白いね」


 静かに、獣のような笑みに、ニナの額から油汗が噴き出す。


 リーザの異名である『黒豹』。

 それは黒髪に動きの俊敏さ、どこからともなく現れるという恐ろしさから。

 もう一つ、豹の毛皮は高値で売れることから乱獲されたように。リーザも敵国から賞金首として常に狙われ、出会う敵すべてから敵愾心と懸賞金目当てに目をギラつかせてリーザの首を獲ろうとしていた。だが狙ってきた狩猟者敵兵は皆彼女に返り討ちにされた。


 戦場という無差別に殺しにくる中で、さらに自分の首を狙いに追い込まれる状況がとめどなく続く中、リーザはどうしたか。リーザは『楽しい』と感じていた。久々に『楽しい』記憶・感覚が蘇った。

 懐かしいね。この平和な時代、みんなあたしに優しくしてくれるから、感覚も鈍ったのかと思っちゃった。でも衰えても、鈍ってもない。


 そして始まる。黒豹リーザ狩り。

 ゴーグル内の制限時間は十五分、それまでに多く生き残ったチームの勝ち。どちらか全滅すれば即試合終了。この試合形式は別名『殲滅戦』と呼ばれる形式で、本来は広いフィールドで三十分もの時間で行われる。

 さて、開始から一分が経過するが互いに発砲音が聞こえないままリーザたち三人は敵陣地との境目にある丘の手前の草むらに隠れていた。


「ねえ、試合始まったけど、あたしら三人しかいないから人数不利じゃない?」

「味方エネミーが欠員分を出てくるから頭数だけは足りる……けど戦力としては」

「初心者なら相手になりますが、リーザスレイヤーは熟練。弾除けにしかなりません。おまけにCOMなので連携も」


 草むらから顔を出すと、味方エネミーが一体、突出する形で丘に向かって車輪を回転させる。味方エネミーも何も考えずに突破するわけではない、持っているGADMを斜め上に仰角を上げて、丘に向かって斉射する。威嚇射撃により丘の斜面にマシンガンの弾が叩きつけられる。いくつかは跳弾が跳ね返り、向こう側にまで飛んでいく。

 すべての弾を撃ち尽くしたエネミーは、動く気配がないと見たかクリア安全と判断して再装填の間に丘の上を登坂しようとする。


「殺れ」


 接近してきたエネミーに対して丘の下に隠れていたリーザスレイヤーの三人が一斉に近距離で銃撃をする。リロードする時間に間に合わずエネミーは文字通りハチの巣となってノックアウト。


「なんだエネミーかよ。無駄弾使ったな」


 肉壁にすらならないじゃないか。と呆れるリーザ。が、隠れている草むらの近くでバラバラと乾いた弾がいくつも跳ねる音がした。


「散弾? 対人ならスラッグ弾だろ」


 スラッグ弾とは対人向けの銃弾のこと。ショットガンは狩猟に使う際は散弾という小さな弾が多数入った銃弾を使うのだが、広範囲に弾をばら撒ける反面威力が低い。弱らせて止めを刺す目的の狩猟ならともかく、対人の場合ダメージ自体は与えれるが確実に殺さなければ反撃の機会を与えてしまうためスラッグ弾を使うのが通常だ。


「ショットガン持ちは特殊弾として散弾とスラッグ弾の二つが使えるんです。散弾でも蓄積ダメージで倒すことができるので、敵が密集していたり、ニナのような回避しやすいアバター対策で使われるんです。ただ奴らの場合徐々にダメージを与えて弱らせるために使うんです」


 戦場で散弾を使うことはない。なぜならショットガンはライフル系と異なり威力はあるが射程が短いという欠点があり、遠距離からでは倒されてしまう。そこにより威力の弱い散弾だと、利点を消してしまう。蓄積ダメージがあるとはいえ、一発で倒せる可能性を考慮すれば、スラッグ弾かライフルを使う。

 舐められているな。相手はあたしを調子に乗ったずぶの素人と思って散弾にしたのね。だがこちらに実力があると分かるとなれば、先に仕掛けるとチームが一斉に後退してスラッグ弾に交換される恐れがある。狙撃ができればいいのだがあいにく持っているのはさっきのと同じもので、ブルゴもGA-64。単純な射程勝負であればこちらが有利。


「散弾とスラッグ弾を入れ替えるのに時間とかある?」

「リロードと同じ十二秒」

「あたしとブルゴで遠距離からの打ち合いをしてリロードを狙ってみようか」


 ブルゴは顎の肉を二重にしてうなずき、接近してくるリーザスレイヤーたちを待ち伏せる。リーザスレイヤーの三人が三方を守るように構えながら丘を降りてくる。すでにリロードは終わっているようだ。後ろの最初にリーザに挨拶してきた背の高い男はやや後方で、丘の上に立っている。

 丘を降りたところから草むらまでの距離は先ほどの練習ですでに測っており、射程距離の差で一方的に叩ける。問題は一人が狙撃銃を持っていたらその優位性が消えてしまうのだが。前三人はショットガン、後ろの男は遠くで見えにくいが通常のアサルトライフルであると目視で確認できた。

 有効射程の中に入った。


「もらった」


 ブルゴと共にGA-64をフルオートで連射する。先行していた三人は射程が届かないと踏んで、威嚇射撃を加えながら後退していく。射程がギリギリのところで撃ったのもあり、一撃で仕留められなかったが腰や腕にいくつか入っているためダメージの蓄積がある。


「よし、追い込みましょう」


 追撃をするためニナが飛び出そうとした、瞬間背の高い男にきらりと光るものが見えた。


「戻れ!」


 思わずニナの背中をつかんで、草むらより後ろに投げ飛ばした。リアル側でもバーチャル側を触ることができる仕様であったのだが、これが結果的にニナを救うことになった。

 パンッパンッとニナが草むらから飛び出したところに二発の銃弾が撃ち込まれていた。光って見えたのは、狙撃銃につけられる照準器の鏡の反射であった。続けてリーザたちがいる草むらに向けて二発撃ち込まれる。もはやここにいても無意味とリーザはニナを脇に抱えて、退却した。


「なんだありゃ。改造ライフルか」

「マークスマンライフルです。全員がショットガンで挑むとは舐められ過ぎだと思いましたが」


 マークスマンとは選抜射手のことで、分隊が射程の短い銃やアサルトライフルしか持っていない場合狙撃されると全滅のリスクを減らすために設けられた長距離交戦が可能で射撃の腕が秀でた兵のことだ。そのマークスマン用に通常のライフルやマシンガンを遠距離射撃用に改良と改造を施し、かつセミオート単発とフルオートを切り替えることができるようにされた銃のことを表す。

 なおマークスマンライフルは特定の銃のことを指さないため、店舗で販売されているマークスマンライフルモデルを購入するか、店長のバルドのように自ら改造したものでなければならない。このマークスマンライフルのややこしいところは、単純な見た目では狙撃銃であるか判断がつきにくいことである。よくある例として、通常のアサルトライフルと勘違いして、狙撃されるプレイヤーが後を絶たないが決して違反ではない。

 ゆえにGWGでは『初見殺しライフル』と言われている。


 リーザの判断が遅れたのは、マークスマンライフルというのがとして作られた概念であったからだ。

 戦時中ライフルを狙撃用に改造することはあったものの、それぞれの兵個人の判断でしていた。というのもL/zy225やL/zy30がライフルとして欠陥品であり、グラドニア軍の銃に取り換えるか、改造するかで運用していたからで。戦術や運用方針として考えられたわけではない。


 隠れていたリーザたちが逃げていくのを、背の高いリーザスレイヤーは視界にとらえながらニマニマとゴーグルに触れて、悦に浸っていた。


「ビビってんデスカ。リーザ・ブリュンヒルド。に無様に背中を見せるなんてよ」

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