伊達 邦子【完結】

一ノ瀬ミナト

伊達 邦子

第1話 嫌な出会い

 東京は12月を迎えた。ベージュ色に包まれたスリーハイム2は寒空に吹かれていた。

木造アパートはJR 池袋駅から8分歩いた場所にある。そこに1人の女が住んでいた。


 土曜日の9時、高校3年生の伊達邦子だてくにこは6じょうの殺風景な洋室で目を覚ました。肌は若々しく、艶がある。短い髪が男らしさを感じさせた。


 18歳の女は手洗い場で身だしなみを整えた。リノベーションされた白い壁が真新しい。風呂場にはウォシュレットと温水便座付きのトイレはないが、シャワーと浴槽よくそうがある。


 小部屋には簡素かんそなキッチンと小型の洗濯機がある。伊達はパジャマを脱ぎ捨て、黒い革製ジャケットと青いジーパンに着替えた。カバンとスマートキーを持って、部屋の外に出る。

 女は白い階段を下りながら愛用の白い小型バイクを眺めた。ホンダのバイクはいつ見ても様になる。


 イグニションキーのつまみを回すと125ccのエンジンが始動する。反転液晶式のデジタルメーターが立ち上がり、青い液晶に白い文字が浮かび上がる。

「今日もよろしくね。PCXさん」


 伊達 邦子はSHOEIのフルフェイス ヘルメットを頭にかぶり、固いシートにまたがった。125ccの小型バイクがスムーズに動き出す。V字型のヘッドライトと、X型のLEDテールランプが光る。

「今日もいい立ち上がり。バッテリーの心配はなさそう」


 高校生活のかたわら、殺し屋をしている伊達 邦子にとってバイクだけが唯一のいやしだった。バイクを運転している時は悩みから解放された気分になる。

 

 あれこれと考えているうちに西池袋のガソリンスタンドに着いた。太陽神アポロの看板が目印のスタンド。伊達は道路に近い場所にバイクを停める。

 バイクのFUELスイッチを押すと燃料タンクのフタが開いた。給油ダクトに銀色の給油キャップを置く。8.1リッターの燃料タンクにレギュラーガソリンを流し込む。


 黒い高級セダンが横に止まった。音楽を大音響で流すがらの悪そうな3人組が乗っている。

 レクサス LSから降りてきた男が迷惑めいわくにも話しかけてきた。おまけに、男はガソリンスタンドでタバコを吸っている。バカなやつだ。ガソリンに引火すればいいのに。

「PCXはいいデザインだ。純正じゅんせいの無限マフラーか。オレだったらもっと派手なやつにするな」

「そうですか…… 」


 若い男の手がPCX125に触れる。男が他人のバイクをベタベタと触っている。汚い手で触るなと言いたい。

「姉ちゃん、いくらで売ってくれる? 」

「えっ」

「いくらで買える? 」

「この子は誰にも売りません」


 伊達はすぐにレクサスのナンバーを頭に叩き込んだ。BBSホイールを履いたレクサスは珍しい。道で出くわしても判別できる。

 伊達は男を無視してバイクを発進させた。男は仲間と顔を見合わせた。男の口がニヤリと笑う。



 その日の夜、伊達 邦子は布団の中で熟睡じゅくすいしていた。かすかに人の気配を感じる。伊達が目を開けると覆面ふくめんかぶった2人組がいる。

 伊達は布団から体を転がした。フローリングの床ににぶい音がひびく。身を守るための拳銃は手元にない。


 何とか最初の攻撃はけた。だが、二回目の攻撃はけられそうにない。後頭部を殴られたと気付いた時にはもう遅い。女の意識は薄れていく。

 覆面を外した飯島 隼が顔をのぞき込んでいる。それからの記憶が女には一切ない。

「山本、バイクのスマートキーはどこにある? 」

「台所にあったぞ」

「飯島のアニキ、さっさと出ようぜ」

「サツが来る前に動くか」



 朝になり、太陽が昇った。伊達 邦子の心は復讐で燃え上がっている。怒りのボルテージがおさまらない。復讐の代価は命でつぐってもらう。

 早速、スマートフォンでバイクの現在地を特定する。GPSが役に立った。これから、たっぷりと奴らに礼を払ってもらおう。


 その前に腹ごしらえだ。手始めにIHの電源をつけ、水道水をぶち込んだヤカンを乗せた。Eotechのマグカップにマウントハーゲンのインスタント粉をぶち込み、沸騰したお湯を流し込む。

 フライパンをオリーブ油で熱し、ボロニアソーセージ 300グラムと厚切りのベーコン 250グラムを焼いてゆく。2個の卵を半熟になるまで焼く。


 伊達はソーセージとベーコンと目玉焼きを皿に載せた。コーヒーの匂いが猛烈に食欲を湧かせる。はしで肉をむさぼり食う。ベーコンのカリカリした食感や、ソーセージのパリッとした食感が良い。

 どんぶり茶碗一杯の白米に卵を入れてかき混ぜる。暖かい白米と卵が混ざる食感がたまらない。気分はもう最高。


 腹が満たされ、やる気も出てきた。

 伊達は服の上に防弾コートを着た。裏側に5層のカーボンナノチューブを織り合わせた優れもの。ケプラー素材よりも50%軽くて動きやすい。


 女は小さなタンスを開いた。隠し引き出しから拳銃とナイフを取り出す。ベレッタ モデル92A1、S&W モデル49、マイクロテック製 UTX-70ナイフ、スパイダルコ製 ポリスナイフ、エマーソン製 コンバットカランビットを床に並べる。


 伊達はベレッタの14連マガジンに1発ずつ弾丸を込めた。亜音速の9ミリ弾を選択したのは理由がある。拳銃以外の作動音を消すためだ。

 続いて、38口径リボルバーを手に取る。銃身は驚くほど短い。シリンダーを開いて、158グレインのホローポイント弾を5発詰める。

 左足にマジックテープで折り畳みナイフをくくりつけ、右足のホルスターに2インチのリボルバーを納める。


 戦いの準備は終わった。これから奴らのアジトに向かう。たまには私情しじょうで戦うのも悪くない。組織も許してくれるだろう。



 伊達 邦子は東京に生まれた。6歳の頃に事故で両親を亡くし、組織が運営する孤児院に引き取られた。幼い頃から施設で殺しの技術を学び、生きるすべを学んだ。

 中学、高校と部活にも入らず、組織のために仕事をこなしていた。現在では、強靭きょうじんな肉体と冷徹れいてつな精神を持つ女へと成長した。

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