第16話 閑話 ファル視点 依頼人達の反省会

「で、何でまたカラットさんのところに? マイナの家じゃ駄目だったのかな」


 そう聞くと、カラットさんは肩を竦め、ちらっとマイナを見遣った。


「僕が本家のお嬢様に、逆らえるとでも?」

「まぁ! カラット、あなたが彼らの話を聞きたいと言い出したんじゃない。どうして私の部屋を使わなければならないのかしら? それにファル。あなたはどうせ、家の美味しいお茶を飲みたいだけでしょう」


 バレたか。マイナの家で出されるお菓子やお茶は、大きな商家なだけあって質が良く美味しい。マイナから今日の集まりを聞いてから、それを楽しみにしていたのだ。……まぁ、ここのもそれなりなんだけどね。一応、傍系なわけだし。


 隣に座るウィルムを見やると、彼は溜め息をついて立ち上がった。


「……わかったよ、兄さん」


 僕、マイナ、カラットさん、そして弟のウィルム。四人が今日、カラットさんの店に集まっているのは、先日この街を出ていった、リルとフレッドという旅人についての報告兼話し合いをするためだった。

 ウィルムが淹れてくれたお茶を飲みながら、僕とマイナは依頼中にあった出来事を話した。




 事の発端は、セルジオ・ヘルマーニというこの街の元エストと、リル達の諍いだった。

 あの日、たまたま用があってカラットさんの店に顔を出していた僕は、外にいるはずの用心棒が慌てた様子でカラットさんを呼びに来たのを見て、ウィルムと共についていったのだ。


 そこで見た少女の姿を、僕は一生忘れないだろう。


 ――忌み子じゃないか。そう思ったのは一瞬だった。強力な結界、膨大な魔力、精巧な魔法陣。どれをとっても素晴らしく、そのきらきらと光る魔力の中、何故か楽しそうに杖を振っている彼女は、まるで音楽を奏でているようだった。それは、物語に出てくるような優秀な魔法使いそのものだ。


 特に、魔力の制御能力が圧倒的だった。普通は全ての属性を同じように扱うことはできないもので、素質は勿論、どうしても環境や自分の好みに左右されてしまう。特に光属性と闇属性の操作能力は、どちらかに偏ることが多いと言われているのだ。これは、「忌み子なのに凄い」というレベルではなかった。


 どんどん増えていく野次馬に、気づいた様子はない。突然倒れたことで、そんな余裕は流石になかったか、と納得したら。


 おいおい……!


 杖を使わずに、先程よりも強力な魔法が繰り出される。それも段違いの速さで。終いには、それまでの魔力量など大したことではないとでも言うかのように膨れ上がる魔力。

 ……あの場にいた魔法使いやそれに準じる者達は皆、同じ気持ちだったに違いない。歓声を上げる人達を余所に、僕とカラットさんは溜め息をついた。


 ちなみにウィルムは、目を輝かせていた。そのことに突っ込みを入れようと口を開いたその時、更に上の人物がいることを知る。


「今の見てたかしら!? 私、あの子が欲しいわ!」


 マイナだ。「あの子」とは勿論、フレッドのことである。丁度居合わせていたらしく、どうやら魔法に頼らない――実際には使えないからだったが――剣技に惚れてしまったらしい。是非とも自分の護衛に、できることなら夫にしたいとまで言い出した。

 そんな彼女は、圧倒的な財力でフレッドに殺到した依頼を押し退け、滞在中ずっと依頼をする権利を獲得した。それを聞いた時は、顔しか知らない旅人に同情したものだが、彼女は、僕にも無理を言ってきたのだ。




「それにしても、あの『海辺の女たらし』が陥落に失敗するなんてね。本気でやったのかしら?」


 顎をツンと上げ、こちらを冷めた目で見てくるマイナ。

 無理とはすなわち、リルを落とすことであった。フレッドを得るために、共に旅をする彼女が邪魔だとマイナは考えたのだ。それならリルが僕を好きになれば、上手くいきやすくなるのではないか、と。


「手厳しいなぁ。相手は十二歳の女の子だよ?」


 こう答えはしたが、実は結構本気で狙っていた。今までは遊んできたが、成人すれば独立する予定なのだ。実家は魔法具作成の職人として優秀なウィルムが継ぐとはいえ、そろそろ落ち着かなくてはいけない。……勿論、こんなことは誰にも言わないけれど。


 とにかく、そう考えると、リルは理想的な女の子だったのだ。普通の魔法だけではなく、調合の腕も良い。あのウィルム並の探究心なら、これからも更に伸び続けるだろう。店どころか、街全体に良い影響を与えるに違いない。

 色々な場所で依頼を受け、それを楽しそうにこなす姿は見ていて心地良かったし、実際に一緒に働いてみて、僕も楽しいと感じていたのだ。放蕩息子とまで言われた僕がそんな風に思うなんて、両親は何と言うだろうか……。


 極め付きに、あの美貌だ。今は子供らしく可愛いという印象が強いが、後数年もすれば絶世の美女となるに違いない。あの透き通った紫色の瞳に、何度吸い込まれそうになったことだろう。年の差など、大きく感じるのは今だけだし、全く気にならなかった。

 赤い髪だって、リルの能力の前には意味を為さない。寧ろ、その美貌の一端を担うことになるだけだろう。……そこまで考えて、自分が必死になっていることに自嘲する。


 だが――。


「兄さんが相手になれるような子じゃないよ、リルちゃんは」


 流石は我が弟。それはまさに、僕が感じていたことだった。ウィルムは社交性に劣るが、人を見る目はあるのだ。


 正直、ちょっといけるのではないかと思った瞬間も何度かあった。フレッドとは恋仲というわけではないみたいだったし、想いを寄せているようにも見えない。こちらが優しく触れると恥ずかしそうにするリルは……うん、あれは可愛かったな。


 ともかく、そういう雰囲気は全く無かったわけではないのに、どこかしっくりこない感覚があったのだ。子供のはずの彼女が何を考えているのかわからないというのは、一応「たらし」と呼ばれている僕からするとおかしい。

 それは、忌み子とは関係ない、何か別の大きな問題を抱えているようにも見えて、その先に踏み込むことができなかった。


「というか、兄さんに捕まるくらいなら、僕が欲しかったな。まぁ無理だろうけど」

「なっ……」


 それは想定外だった。ウィルムがそこまで言うなんて……。驚いてその顔を見ると、弟はいつも通りの真面目な表情に、少しだけ苦笑の色を滲ませていた。きっと自分も、同じような顔をしているのだろう。


「皆してリル、リルって……フレッドも、その子のことばかりだったわ」

「ははは、一番の人たらしは、リルちゃんだったってことだね」


 カラットさんが苦笑しながらそう言うと、皆が溜め息をついた。リルに出会ってから、何となく溜め息の数が増えた気がする。


「でも、結局あの二人も何もなかったみたいなのよね。……あんな、独占欲の塊みたいな物を貰っておいて、リルって子もどうかしているわ」

「作成者としては、身に着けてくれるだけで満足ですけれどね」


 独占欲の塊。街を出た日に着けていた耳飾りのことだろう。耳元で静かに光るそれはリルに似合っていて、隣にいるフレッドを見れば、誰もがその意味に気づくだろう。最後に僕を睨んできたことからも、彼の想いは間違いなかった。

 それにしても、あの贈り物にウィルムが関わっていたとは。僕も結局あんな物を渡したが、ウィルムの方が余程拗れている。


「同感。それにあれはねぇ……」


 ふふ、と良い顔で笑い合うこの店の人間が二人。……意外と、そういう話ではない、のか?


「そう言えば、フレッドも何か貰っていたわよね。短剣か、ナイフみたいな」

「そうそう、あれも凄い話だった。リルちゃんに依頼をしてた工房の親方が自慢してたんだよ、余った魔力金属を貰ったんだぜ、って」

「は? 魔力金属? 魔金属ではなく?」


 カラットさんの口からありえない言葉を聞いた気がして、僕は思わず聞き返した。


「そう、魔力金属。フレッド君の準成人のお祝いに、それでナイフを作ったんだってさ。何と言うか、もう……呆れちゃったよね」


 ……意味がわからない。そもそもあれはそんな簡単に見つかるものではないし、物凄く特別な素材だ。魔力金属が余る、という表現ができてしまうリルに、また溜め息が出た。


「どうやら自分で作ってたみたいだね。確か作れるような物じゃなかったはずなんだけど……まぁ、リルちゃんだからってことにしておいたよ。勿論彼には、あまり口外しないように言っておいたけれども」

「それは是非見てみたかったですね。リルちゃん、やっぱり無茶ばかりしてたんだなぁ」


 いやウィルム、そういう問題ではない。もはや無茶で済むような話ではないのだ。しかしここで、この一連の流れに自分も関わっていたことに気がついてしまった。はぁ、と身体の力が抜ける。


 贈り物としての「ナイフ」など、ありふれた物でしかない。そう思って提案したというのに、リルはそれを、とんでもなく特別な物にしてしまったというのか……。

 思えば、海辺でナイフの話をした時、既にその兆候があったのだ。リルが贈り物をすると決めた時点で、僕にできることなど無かったということだ。


「で、リルは自分の魔力で作った魔力金属のナイフを贈って? フレッドは自分の瞳の色の耳飾りを贈った、と。……何それ、負け戦じゃん」

「……本当、馬鹿みたいね。誰も介入できないようなところまで進んだ関係なら、さっさとくっついて幸せになれば良いのよ」


 マイナの言葉に二人が頷くが、僕は違うことを考える。


 そういう・・・・気持ちの籠もっていない、そうとしか見えない贈り物。

 貰ったフレッドはどんな気持ちだったろうか。……それを想像して、薄く笑った。


「……まぁ良いわ。次にこの街へ来た時は、二人とも私がこき使ってあげるんだから」

「あっ、それなら僕も呼んでください」

「一日くらい、僕のところにも貸してね?」




 ――数ヶ月後か、数年後か、わからない。

 けれども僕は、彼女がさらなる大物となってこの街を訪れる未来を、何故か確信していた。

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