第14話 閑話 フレッド視点 耳飾りの贈り物(前編)

 俺は、若干憂鬱な気持ちでニースケルトの大通りを歩いていた。


 少し前を歩くのは、同い年で、明るい茶髪を持つ女の子。依頼主のマイナだ。俺は今、彼女の護衛任務に就いている――はずなのだが、実際はただ、その買い物に付き合わされているだけだ。

 本来の護衛はいるのだが、大きな商家の一人娘であるマイナは同年代の友人に飢えていたらしい。「フレッドだって、たまには遊びたいでしょう?」などと言われても面倒としか思えなかったが、雇われである俺に拒否権は無かった。


「これがお嬢様付きの、第一の洗礼だな」

「ま、頑張れよ!」


 などと楽しそうに言う護衛達には、軽く舌打ちをしておく。そもそも、この依頼には乗り気じゃなかったのだ。リルはともかくとして、基本的に女子供の機嫌を取るのは苦手だし、それほど動くわけでもない街中での護衛など、身体が鈍って仕方がない。


 魔法が使えない護衛が役に立つとは思えないと言って断ったのだが、マイナは引くことなく、寧ろとんでもない好待遇を示してきた。日当で、リルが受けていた依頼の報酬――それだって結構な報酬だった――よりも、ずっと多い額で。それを滞在期間中ずっと言うのだから、この依頼が終わる頃には、懐がかなり潤うことになる。

 それを聞いて喜んだのはリルだ。その顔を沈ませるのは忍びなかったし、他の護衛との鍛練にも混ぜて貰えるとのことだったので、渋々承知したのだ。「フレッド君の価値が認められて良かったではありませんか! それに、貰えるお金は貰っておいた方が良いですよ?」などと宣ったリルは、意外とがめついと思う。


 そんなことを考えながら、マイナの後について店に入る。流石に服飾品を扱う商家の娘だけあって、彼女のセンスは良い。店員と話しているのを聞いていると、商人としての才能もあるように思う。しかし――


「ねぇ、フレッドはどちらが良いと思うかしら?」


 引き攣りそうになる頬を擦って笑顔を作る。「仲の良い友人として振る舞う」というのがマイナの希望なのだ。仕事だから仕方がないが、興味が無いものに意見を求められても困る。果たして、今日は何度溜め息をついたことだろうか。


「俺に聞くなよ。センスが良いんだから、自分で選ぶ方が確実だろ?」

「何言ってるのよ。こういうのは男の子に選んでもらうから楽しいんじゃない!」


 あまりに面倒なので表情はともかく雑な言葉を返すが、マイナは怒るわけでもなく、寧ろ楽しそうだ。「仲の良い友人」として、気楽な関係を望んでいたのかもしれない。……それに関しては、不幸中の幸いということか。


「選んだ物が好みじゃなかったらどうするんだよ」

「それでも良いのよ! ……まったく、あなた、女の子と旅してるんでしょう? 今までどうしてたのよ」

「リルの物を俺が選んだことはないな」


 というか、あいつがこういった服飾品の店に入ることは滅多に無い。必要な物があっても、それなりの質で丈夫なら何でも良いと思っているのか、選ぶのはごく短い時間。俺はいつも店の前で待っているのだ。一緒に選ぶことなど考えたこともなかった。


 ――と、その時。とても馴染み深い魔力の気配を感じた。


 リルがどこまで気づいているかは知らないが、俺は“気”に対して互いに影響を与えられないだけで、感じること自体は並の魔法使い程度にはできるのだ。……まぁ、それはリルという魔力の塊みたいな存在が近くにいたからこそ、鍛えられたものなのだが。


 ぱっと振り向くと、通りの向こう側の店先にリルの姿があった。確か、今日までは薬屋の依頼だったはずだ。売り子でも頼まれたのだろう。店の見習いだろうか、成人手前くらいの若い男とにこやかに談笑している。

 リルが魔法に関わることで楽しそうな顔をするのはいつものことだが、今日は何故か気に食わなかった。この前、ウィルムとかいう宝石屋の見習いと話していた時は、微笑ましいと思うくらいだったのだが……。


「……ちょっとフレッド、聞いているのかしら?」


 と、意識をこちらに戻される。「あぁ悪い」と謝り、続きを促すと、同じように見える服の、どちらの刺繍が良いだろうか、という話だった。知らんよ……。

 その違いを語るマイナに相槌を打ちつつ、何となくリルの様子を窺う。


 ――っ!


 そこで俺は顔を顰めた。舌打ちをしそうになり、慌ててぐっと口をつぐむ。……隣の若い男が、リルの手に触れたのだ。たまたまとかではなく、そっと撫でるように。人をたらし込むような視線は、年の差を考えると微妙なところだが、狙ってやっていてもおかしくはない。


 今すぐ飛んで行きたい気持ちを抑え、溜め息をつく。……それに、リルもリルだ。あんな軽薄な男に、恥ずかしそうな顔を見せるなと言いたい。


「また違うこと考えてるでしょ。……リル、だっけ? その子のことかしら?」


 近くにリルがいることには気づかなかったようだが、マイナはそう当ててみせた。そんなにわかりやすい顔をしていただろうか?


「もしかして、恋仲?」

「そう見えるか?」

「でも、好きでしょう?」

「……それは関係ない。俺達はそういう仲にはなれないんだよ」

「ふーん。ま、良いけれど。装飾品を贈るくらいはしても良いと思うわよ」

「何でそうなる」

「男がうじうじしている時はね、何も考えずに女の子の好きな物を贈ってみれば良いのよ。大抵のことは解決するわ」


 果たしてそういうものだろうか? まぁリルに限って言えば単純な奴だし、喜んでもらえるだけでも良いかもしれない。


「それなら、装飾品より魔法具の方が喜びそうだな」

「……呆れた。恋の話をしているのに、どうしてそう実用的な物が出てくるのかしら? それでは反応が見られないし、ロマンが無さ過ぎるわ!」

「あいつが好んで装飾品を身に着けるとは思えないんだが」


 ――あの、謎の指輪を除いて。


 左手の人差し指にはめているペン先型の指輪のことを思い出して、軽く首を振った。どうしても、余計なことを考えてしまう。

 リルは、口先だけではなく、明らかにあの指輪を大切にしている。癖になっているとも言える、指輪をこちらに見せつけるように胸に手を当てる仕草。それはまるで、心に決めた人がいるのだと宣言しているようにも見える。あれが貰い物かどうかもわからないのに、そう思えてしまう程に、あいつは優しい顔をするのだ。


 そして、もし本当にそんな人がいるなら、それは自分ではないのだということもわかっている。これに関しては、期待をする余地もない。

 出会った頃には既に持っていたのだ、少なくとも五年以上は大切に身に着けていたということになる。子供の五年は長い。それだけの年月を近くで過ごしてきたつもりだったが、指輪の正体も、リルの気持ちも、結局わからないままだ。


「フレッド」


 また思考に耽り過ぎていたか。今度こそ怒られるのを覚悟して顔を上げると、そこには自嘲気味に笑うマイナの顔があった。この店での用は済んだのか、外へ出るように促してくる。


「ねぇ。そんなに悲しそうな顔をするのなら、旅をやめたらいいじゃない。この街にだって、良い出会いはきっとあるわ」

「……」

「それにほら、私だって結構、美少女よ?」

「まぁ、それはそうだが」


 マイナが可愛いと言うのは事実だ。無意識にその後に続けそうになった言葉を、飲み込む。


「……冗談よ。あの子の方が可愛いわ。だからそうじゃなくて、剣士として、正式に私の護衛になる気はない? 確かに魔法を使えないのは痛いけれど、フレッドにはそれを補えるだけの技術がある。正直、旅をしているだけだなんて勿体無いと思うわ。今は街の周辺しか行かないけれど、これからは南部領の外や、他の国にだって行くつもりよ。旅が好きなら、そういう生活だって良いと思わないかしら?」


 普通に考えれば、とてもありがたい話だろう。だがそれは、リルと関わることがなくなる未来だ。俺がここに残っても、あいつは絶対に一人で旅を続ける。その未来を想像できない……いや、したくなかった。つまり俺は、旅そのものを目的とはしていないということ、か。


「それは違う、な……」

「今更自覚してるの? 誘っておいて何だけれど、即答されるかと思ってたのに。……はぁ。そんな感じで、あなたがどうしてそこまであの子に入れ込んでいるのかわからないわ」

「……色々あるんだよ」


 それは半分嘘だ。今の自覚も含めて、自分自身でわかっていない部分も確かにある。だが、それならここで仕事を始めるのかと聞かれたら、それは違うと断言できる。

 初めてリルに旅の話をされた時、俺はとても喜んだはずだ。今も、「リルが始めた旅」という事実を都合良く使って……できることなら、この立場をずっと守っていきたいと思っている。そのためには多少の積極性も必要になるのだろうか。


「マイナ。お前は装飾品を選ぶ時、よく色に拘っているよな。何を重視している?」

「え? それは好きな色を――って、違うわね」


 そこでひとつ溜め息をつくマイナ。


「……大抵は、その人の色に合わせるわ。髪や目の色、それから魔力に合うものとかね。……でもそうね。大切な人に贈る物なら、贈る側を連想するような色を選ぶこともあるの。たとえば私なら、薄い緑とか」


 そう言って、自分の目を指差す。……と、そこで合点がいった。マイナに付いている護衛は皆、似たような装飾品を持っていたのだ。最初は家の紋章かと思ったのだが、身に着けているのはマイナの周りにいる人間だけだった。そこにあしらわれている宝石は、薄い緑色をしていた。マイナの瞳の色だ。

 納得するのと同時に、マイナがそうやって「大切である」ということを示していたことに、感嘆する。


 ここはひとつ、自分もその覚悟を見せてやろう。俺はそう決心した。

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