神崎ひかげVSジャック・ザ・リッパーツー

あきかん

第1話

 街は夜も眠らない。人々は流れ、店の光は表通りを明るく照らす。

 しかし、裏道はそうではない。表通りからあぶれた光がわずかに道の輪郭を浮かび上がらせる。一寸先は闇の世界がそこには広がっていた。

 蓮見当麻はこの闇の世界の住人であった。しがない殺人鬼。ナイフで女性を切りつける。それが、ジャック・ザ・リッパーの再来と言われているこの男の日常である。

 

 表通りから1人の女性が裏通りへと足を踏み入れた。蓮見当麻は闇に慣れた目で女の顔を確認する。登録された顔は思い出せなかった。つまり、こいつが今日の標的となるわけだ。

 女はスキットルを内ポケットから取り出し、グビグビっと一気に煽る。

「あー!最悪。もうないじゃん。」

 どう見ても自分が飲み過ぎただけなのに女は悪態をついた。

「それじゃ、お兄さん。遊ぼうか。」

 と、こちらに顔を向けて女は呟いた。

 蓮見当麻は本能に従いナイフを投げた。常に8本は携帯している。だが、普通は最初に投げることはしない。単純に勿体ないし、何より自分がナイフ使いであると相手に知られてしまう。警戒した相手を殺すのは並大抵のことではないのだ。

 しかし、蓮見はナイフを投げた。そして、踵を返して逃げ出した。あの女は噂の神崎ひかげで間違いない。少なくとも、蓮見は自分が勝てないことを一瞬で悟った。今夜の自分は狩られる側であると。


 神崎ひかげに投げられたナイフはゆっくりと自転し刃を向けて襲ってきた。しかし、難なく叩き落とされる。流麗な回し受けによって、刃の側面を手刀で叩き払う。

「鬼さん、こちら。手のなる方へ。きゃははは!」

 神崎ひかげの笑い声が裏道に響いた。


 蓮見当麻は我を忘れて逃げ惑う。行く宛てはない。神崎ひかげ。それはただの噂話だと思っていた。

 曰く、駿河湾の横綱ヨコヅナイワシを素手で撃退したという。

 曰く、ナイアガラドラクルオオアナグマを単独かつ無手により討伐したという。

 そんなほら話を信じろ、という方が無理な事だ。しかし、現実として妖怪の類いにしか思えない女が蓮見を追いかけている。

 訳もわからず逃げる蓮見を立ちんぼ達が嗤う。安いラブホテル街にやってきたのだ。ここは蓮見の庭といっても過言ではない場所だ。

 ホテルとホテルの間の細道に入る。ここを抜けて少し走れば組のビルにたどり着く。もう少しでこの事態ともお別れだ。と、蓮見当麻は思った。


「鬼さーーん。みーつけった。」


 神崎ひかげが細道の出口で待ち構えていた。


「うっわぁああーー!!」

 蓮見当麻は悲鳴をあげて尻餅をついた。羽織っただけのコートで隠れている背中のナイフを取り出し投げつける。

 力が入っていないナイフを投げた所で肉は通らない。それでも、蓮見は何かせずにはいられなかった。

 神崎ひかげはポケットから厚手のハンカチを取り出して投げつけられたナイフを落とした。いくら力がこもっていないと言っても、普通はハンカチで投げられたナイフは落とせない。蓮見当麻はますます混乱した。


ゴキゴキゴキ


 神崎ひかげが肩を回す度に骨がなる音が蓮見まで聞こえてくる。いつ手にしたかわからないが、神崎ひかげは手にもったワンカップを飲み干した。

 蓮見当麻はその隙に立ち上がりナイフを構えた。手に馴染んだそれは蓮見当麻が生きてきた証でもある。これで勝てなければ仕方がない。と、思える程には落ち着いた。


「ゆらーり、ゆらーり。」


 肩を回しながら近づいてくる神崎ひかげを睨み付ける。


「ゆらーり、ゆらーり。」


 距離は4、5メートルは開いている。これなら勝てると蓮見当麻は確信した。

 ナイフには素人が素手の達人に勝てる必殺が存在する。その名をため突きという。

 手に持ったナイフを腰につけて相手に向かって突撃する。走った勢いを完全に殺す事は達人にも難しい。そして、腰にためられたナイフは相手の腹に刺さるのだ。映画やドラマに出てくるヤクザの鉄砲玉がやるあれである。

 この技に必要なのは勇気、ただそれだけである。相討ち覚悟の必殺であるからだ。


「ゆらーり、ゆらーり。」


 変わらず、神崎ひかげは肩を回して歩くだけだ。殺るなら今しかない。蓮見当麻は駆け出した。


「きゃははは!!」


 神崎ひかげは嗤う。しかし、蓮見は構わず突撃した。


ゴキゴキゴキ


 と、また神崎ひかげの肩が鳴る。神崎ひかげは蓮見当麻の突撃に合わせて踏み込み、その力は肩甲骨に伝わり、準備運動で十分ほぐされた肩甲骨は力の波をそのまま手のひらへと送り込んだ。

 日本拳法の波動突きのような神崎ひかげの掌底は蓮見当麻の突撃を完全に止めてしまった。

 蓮見はその衝撃を額で受けた。外傷はない。しかし、力の波は内へと響く。すなわち、それは脳に直撃したことになる。人間にその衝撃は耐えられるわけがなかった。

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