紺青 剣術大会5
「有り得ない…私が調合した薬が…」
うなだれるサーモスの口から、そんな言葉がこぼれ出た。
そういえば、毒の中には霧状にして呼吸と共に肺へ送り込むものがあるらしい。なので不自然な匂いは危険だと、義母から教わったはずだが、私にとっては関係のない話だったので忘れてしまっていた。
私の固有スキル【完全状態異常耐性】の前では、毒だろうが麻痺だろうが幻術だろうが無効化できる。
かつて国を襲った
それにしても、薬の使用は不正なのではないだろうか。
まぁ、義母の言いつけ通り優勝したし、サーモスが不正してようがどうでもいい。
と、サーモスが懐から小瓶を取り出し、それを飲み干した。一瞬の出来事だった。
直後、彼の身体から黒い霧が漏れ出した。不吉な気配、あれは瘴気だ。目の前の異様な光景に、観客も運営スタッフも呆気にとられる。
「勇者よ。貴様だけは生かしておくわけには……この力で……何だ!?」
威勢よく啖呵を切るのかと思いきや、何やら狼狽し始める。
「な、なんだこれは!」
溢れ出る瘴気が、彼の身体を隠すように覆い始めた。まるで、たくさんの蛇が一斉に噛みつくような光景だった。
「話が違う!…騙したのか!がく……」
それが最期の言葉だった。
瘴気がサーモスの身体を覆い隠した直後、一気に膨れ上がり大きなドームになった。
瘴気が徐々に薄れ始め、巨大なシルエットが浮かび上がる。ライオンをずっと大きくしたような4本足の猛獣で、濃い紫の体毛をしていた。
「人間が魔物に変身した……?」
ランク8、ドラゴイーター。
ドラゴンですら狩るくらい獰猛で、顔の位置が2階に届くかというような大型の魔物である。ランク8というと、一流の冒険者10名以上、もしくは勇者でなければ勝てない相手だ。
マズい。大勢の観客がいるここで暴れられたら守りきれない。いや、それ以前に私の手には大会用の木剣しかないんだった。
控え室まで行けば剣はあるが、果たしてそんな余裕があるのか?
観客たちは急な光景に絶句しているが、パニックが始まったら手が着けられない。
ドラゴイーターは辺りを見渡し、私を見つけると咆哮を放った。ビリビリと空気が震え、死の恐怖が叩きつけられる。
直後、観客から悲鳴が上がり、我先にと出口へと駆け出し始めた。
幸いなことに、ドラゴイーターは観客のことは眼中にないようで、目線は私に釘付けになっている。
私を見る目がフッと細くなる。獣が狩りをするときの眼だ。
直後、猫のように低く構えたかと思うと、一気に飛びついてきた。
木剣を構え【瞬天】を発動、すれ違うように駆け抜けて胴体にカウンターを叩き込む。が、剣は粉々に砕け散る。私の攻撃力とドラゴイーターの守備力に木製の剣では耐えきれなかったようだ。
剣を捨て魔法を発動、氷の刃を生み出して攻撃をする。脇腹に突き刺さり少し血が出るが、効いてる感じはしない。
ドラゴイーターは息を吸い込むと、炎を吐き出した。私はそれを魔法障壁で防ぐ。
が、炎の晴れ間からドラゴイーターが迫る。このレベルの魔物ともなると、技を目くらましに駆け引きをしてくる。
ドラゴンの硬い皮膚をも貫く牙が、眼前まで迫る。ただの獣とは格が違う明確な死の気配がそこにある。
ぎりぎりで【瞬天】を発動、可能な限り後ろへと下がる。仕切り直し…とはいかず、続けざまにドラゴイーターの爪が襲い掛かる。2度3度と避け、胴体に打撃を入れる。更に距離をとる。敵の追撃。
何度離れても間を取らせようとせず詰めてくる。私が武器を手にする前に勝負を決めようというのだろうか。
私は回避に徹し、周囲の様子を観察する。なんとかして武器の調達をしたいが、まだ客席が混乱の只中にあるらしく難しそうだ。
控室まで行って剣を取りに行っている間に、何人が死ぬだろうか。
困ったな。格闘や魔法で倒しきるのは出来なさそうだ。
こういう時、パーティを組んでいれば手はあるのだろう。やはり義母の言うとおりだ。1人ではどうしようも無い時もある。
客席の混乱は収まる気配もない。入口が狭く、詰まっているのだろう。客席から降りて闘技者用の通路へ走って行く姿も見える。
ドラゴイーターに致命傷を与える手段も見つからないし、このままでは私の体力だけが削られていくだけだ。
そろそろ息も切れてきた。さて、どうしようか。
「お困りかな!お嬢さん!」
後ろから声がかかる。人をイラっとさせるこの声の主は……。
「トレイシル・アンダード……」
そういえば、決勝の前に3位決定戦をしていたんだった。手には大会用とは違う、刃のついた槍を持っている。
トレイシルは私の隣に並ぶと、槍を構えてドラゴイーターに向かい合う。
「何が必要?」
「剣を取りに戻る間。こいつを引き付けておいてほしい」
観客に被害が出ずに時間を稼げれば問題無い。
「どのくらいかかる?」
2分もあれば、と言いたいが、混乱した観客が関係者用の通路まで殺到している。それを【瞬天】で避けながら行かねばならない。
「5分頂戴」
「OK。任せておきな」
「任せたわ。そのまま倒してしまってもいいわよ」
「そういう良い所は……ほら、勇者様に譲ってあげるよ」
「そう。じゃあ残しておいて」
そう言って駆け出す。
横目に見えたトレイシルの背中が少しだけ頼もしく見えた。
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