紺青 剣術大会3
ヨールヨール王国、王都ゴラムゴラ
紺青の勇者の本宅は暗黒地帯にほど近いツエイクという街にあるが、私はまだ学生なので、今は王都にある邸宅で暮らしている。
魔物退治は叔父が中心となってやってくれているらしい。
この王都の邸宅には、私と義母、それに3人の使用人が住んでいる。使用人とは食事が別なので、毎日義母と2人、必要以上に会話が無い夕食が行われている。
最初こそ息の詰まる思いをしていたが、いないものとのと考えれば却って楽だった。
「今日の対戦相手だけれど」
食事時に義母が口を開くのは7日ぶりだ。
「トレイシル・アンダードですか?」
へぼ詩人のことだ。
「彼女、ククルク領の山奥の村の生まれらしいわ」
ククルクとは、国の北西部にあるククルク男爵が治める土地のことだ。
険しい山が大半を占めているため、地図で見たときほどの広さはなく、あまり裕福な土地とは言えない。
「かなり遠くまで遡れば貴族の血筋に当たるらしいけれど、まぁ平民の子よね」
貴族とはいえ、直系から離れていけばやがて平民となる。
「それで彼女、槍術一本でイェモス学院の特待生を勝ち取ったらしいわ」
イェモス学院とは、ククルク領にある数少ない学校で、普通に通うことができるのは男爵家の縁者か裕福な平民くらいだ。
しかし特例として、何かしら優れた能力があるか、レアで有用なスキルがあれば、特待生として無償で勉強が出来る。レアスキルは、平民から成り上がる一番の手段だ。
「確かに、槍の腕は目を見張るものがありました」
「そうね。勉強の方も首席まで登りつめたとかで、来年はクロウアリスに入学するらしいじゃない。イェモスの学長さんが大会席にいらしておいででね、色々と教えて頂いたわ」
「そうらしいですね。本人も試合後に言ってました」
義母は目線を合わせることなく話しかけてくる。目を合わせずに喋るのは前置きの時だ。
「勇者の責務を果たすには、戦闘能力の高い従者は必要です」
確かに、強敵と戦うときに1人では無謀だ。どの勇者もパーティを組んで戦う。
パーティ。勇者におけるパーティとは、他の冒険者のものとは意味が異なってくる。
勇者は自ら認めた最大3人までの人物を『従者』としてパーティに加え、【瘴気特攻】のスキルを貸与することができる。つまり、勇者を含む4人でパーティを組むと、全員が魔族や魔物に対して有利に戦うことができる。
「あなた。今の学校で将来パーティを組める相手がいるのかしら」
返す言葉が無い。
はっきり言って、私は今の学校で完全に浮いている。腕の立つ同級生はいるが、互いに命を預けて戦う信頼関係があるのかと言われれば無い。
パーティはいずれ組まなければならない。その時までに従者の候補が必要になってくる。
「ファナン」
急に名前を呼ばれて顔を上げると、義母の真っ直ぐな目が私を見ていた。
義母は本題に入るときに急に目を見てくる。
「クロウアリスにいったら仲良くなさい。彼女は有用な人材よ」
仲良くできる気がしない。が、私に拒否する権利があるはずもなく。
「はい…」
とこぼす他なかった。
◇◆◇◆
翌日、大会決勝
私は闘技場の控室で控室で準備運動をしていた。
扉がノックされて、運営スタッフに伴われて1人の男が入ってきた。目つきの悪いやせ細った男で、ゆったりとした上着を羽織っていた。
「はじめまして。今日対戦するサーモスです。よろしく」
そう言って軽く一礼をする。
甘いお香のような香りが漂ってきた。初めて嗅ぐ匂いだが、どこの地方のものだろうか。
「よろしくお願いします」
とりあえず合わせて一礼を返す。
「私は運が良くてね。あなたのように実力で勝ち上がってきたわけではないので、どうかお手柔らかに」
そういうと上着をマントのように翻して退室していった。失礼な話だが、少し気味の悪い人だと思った。
甘い残り香が鼻をつく。
サーモスは強いという印象はない。力、敏捷性、技術、どれをとっても参加者の平均を下回るだろう。本人は幸運と言っていたが、運だけで残れるほど甘くはないはずだ。
彼の試合を見た感じでは、敵の攻撃を予測する能力が高く、うまく合わせて受け流し、カウンターで倒しているようだった。
【攻撃予測】や【危機察知】のようなスキルかもしれない。
ああいった、見た目に華やかさの無い戦い方はあまり強そうに見えない分、足元を掬われやすい。
スキルといえば、トレイシルのスキルは何だったんだろうか。もしかして使ってなかったか?まぁそれならそれで構わない。相手がスキルを使う前に速攻で倒すのも、紺青の勇者の戦い方である。
それにしても昨日の義母の話だ。あいつと仲良くって、はっきり言って自信がない。ああいうタイプは、段階を踏まずに一気に踏み込んでくるが、どう返していいのかが分からない。
これからの決勝戦よりも憂鬱だ。戦いなら勝ち負けがシンプルでわかりやすい。だが人間関係は勝ち負けがなく、良し悪しの判断も人によって変わってくる。複雑怪奇にして正解の無い難問である。
「まもなくです。準備してください」
どうやら時間のようだ。
先のことを考えすぎだ。まずはこれからの決勝戦に集中しないと。
「よし」
気合を入れよう。
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