漆黒 初めてのクエスト5
「随分と大きくなったな」
元々俺と変わらない身長だったドノカだが、今では2m程まで大きくなっている。
着ていた服もビリビリに裂け、鬱陶しそうに投げ捨てた。
「これが私の本来の力さ。見よこの力を!」
そういうと、右手を地面に叩きつけた。
ドン!という轟音と共に地面が抉られ、直径2m程のクレーターができる。遠くの方で鳥が一斉に飛び立った。
「力自慢は構わないが、相手が悪すぎるんじゃないか?」
【特級身体強化】を持つ漆黒の勇者は、脳筋勇者とも呼ばれるほどにパワー特化型だ。線の細い女性であっても巨大な斧を振り回すくらいはできる。
しかも勇者なので【瘴気特攻】を持っている。こいつがどういう理屈でパワーアップしたかはわからないが、身体中から漏れ出ている瘴気から察するに、勇者との相性は悪いはずだ。
「【瘴気特攻】の話か?ならば、より強い力で叩きのめせばよいだろう!見よこの筋肉!なぜ私が貴様の担当になったかわかるだろう!」
俺以上の脳筋だったか。
「そうか、分かった。なら相手をしてやろう。ところで……」
今、聞き逃せないことを言った。
「貴様の担当とはどういうことだ?まだ他に仲間がいるのか?」
「むぅ……それがどうした!殺せばよかろう!」
どうやら頭はよくないらしい。
「冥途の土産に教えてくれたりしない?」
「馬鹿を言うな!さっさと死ねぇ!」
そういうと左フックを打ってきたが、馬鹿正直なパンチだったので軽く躱す。
「仕方ない。クレイア。ちょっと下がっててくれ」
俺は剣をしまってクレイアへ放り投げる。クレイアは受け取ると、「分かった」と言って少し下がった。
こいつには色々と聞かないといけないことがありそうだ。生きたまま捕まえる必要がある。
「アシュリー」
後ろに下がったクレイアから声がかかる。
「頑張ってね。勇者さま」
そう言って優しく微笑み、そのまま振り返ると太い木の奥まで走っていった。
「まいったな……」
そう言われると、やる気が溢れてくるじゃないか。
幼馴染には勝てないなぁ。俺の扱いが本当に上手い。
「最後の別れは済んだか?」
「あぁいいぜ。さっさとやろう」
「ちっ」
皮肉が通じなくて悪態をついているが、今は気分がいいのでそんな些細なことはどうでもいい。
俺は右足を引いて空手ように構える。
「さっきのデモンストレーションが全力だと思ったか?貴様の身体強化は先ほど見させてもらったが、俺の力には及ばないぞ。固有スキルが何かは知らんが、全力でくることだ」
「話が長い。さっさと来い」
「後悔するなよ!」
そういうと右手を大きく振りかぶる。その時、拳をさらに肥大化させ、全力でパンチを打ってきた。確かに、さっきのパンチよりも威力が高そうに見える。
巨大な肉の塊が眼前に迫り、俺はそれを左手1本で止めた。
「な…に?」
あっさりと受けとめられたドノカはバックステップで後ろに下がる。顔には焦りの色が見える。
「貴様。防御スキル持ちか?」
まぁそういう解釈にはなるよな。
さっきのレッドウルフとの戦いで、俺は固有スキルは見せなかった。
戦闘系の固有スキルは安易に教えるべきではない。敵のスキルが分かっていれば対策がとれるからだ。
例えば【毒付与】を扱う敵に【毒耐性】持ちを戦わせる、【魔法耐性】には物理攻撃スキル持ちを戦わせるなどだ。
なので戦いながら相手のスキルを探り、戦術を練っていくのが対人戦闘の基本。今ドノカは全力のパンチを防がれた事で、俺が防御系のスキルを持っていると踏んだわけだ。
では本当のところはというと。近からず遠からずといったところか。
俺の固有スキル。それは【身体強化】だ。
勇者スキルも【特級身体強化】。それに固有スキルの【身体強化】がダブルで掛け合わされる。足し算ではなく掛け算だ。
基礎能力×【特級身体強化】×【身体強化】。これにより飛躍的に能力が上昇、14歳ながら俺のパワーは既に父親を超えている。
歴代最強の脳筋勇者。それが俺、アシュリー・アル・ルフランだ。
俺は困惑するドノカの懐まで一気に詰めると、左のフックでみぞおちを打った。急所を突かれたドノカは膝から崩れ落ち、俺のちょうど目の前に顔が落ちてきた。
「身体で覚えろ。これが勇者の力だ」
振りかぶった渾身の右ストレートを顔面めがけて叩き込む。
ドノカの身体が回転しながら宙を舞い、木をへし折って地面に落ちた。
「ま、こんなもんか」
伸びているだけで死んではいないようだ。流石の巨体、ずいぶん頑丈なようだ。
大きくなった身体が、萎んでいくように元通りになった。どういう理屈だろうか。
「楽勝だったわね」
クレイアが横に並ぶ。
「これを王都まで運ばないといけない」
「頑張ってねー。ん?ねぇ、これ刺青よね?」
よく見ると、左腕の破れた服の隙間から刺青が見える。
「サソリ……か?」
「何?サソリって」
「砂漠に棲息する、毒を持った虫だよ。ほらここ、尻尾の針のところから毒が出るんだ」
「そうなんだ。何かの印かしら」
裏社会の秘密組織なんかでは、同じ刺青を入れて仲間の証とすることがある。どうしてそんな事をするのかというと、仲間を証明する方法が以外と無いからだ。
写真もなければIDカードもない、事前に電話で話すこともできなければ、移動は馬か徒歩になるので、共通の知り合いが紹介するにも、小さな組織には人的余裕が無い。手紙を送ることは出来ても、あまり詳細を書きすぎると秘密がばれてしまう恐れがある。
結局の所『同じ刺青を入れる』というのが効率的な場合あるのだ。
「さてな。まぁ連れ帰って尋問してもらえば分かるだろう」
そう言って触れようとした瞬間、ドノカの身体から瘴気が溢れ出した。
「ぐぁっ!……あ……がっ!」
ドノカは身を震えさせて苦しみ始めた。
「とういうこと!?まだ何かあるの?」
「くそっ!……俺を、切り捨てるのか……『学者』よ……!」
「どうした!何が起こってる!?」
ドノカは震える手で俺の腕を掴む。
「勇者……!助けて…くれ……っ!」
「クレイア!治癒魔法だ。死なせるな!」
「わかった」
クレイアは杖に魔力を貯めると治癒魔法をかけ始めた。だが状況は改善されない。俺を掴む力がだんだんと弱くなっていき、その手がさらさらと砂のように崩れ始める。
「これ、魔物が死んだときみたいななってるわ」
「ドノカ!どういうことだ!何か話せるか?」
「う……ころ…さ……ゆ…しゃ」
もはや言葉にならず、その身体は少しずつ崩れ落ち、やがて大きな魔石だけが残った。
「何よこれ……」
「クレイア、近くに人は?」
「誰もいないわ」
呆然とする俺たちの間に、黒く濁った魔石だけが残された。
強い風が吹いた。ドノカの身体だった砂が舞い、森の奥へと消えていった。
これが俺の初めての実戦であり、これから起こる異変の前触れでもあった。
大陸歴208年12月10日のことだった。
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