序章 黄金の勇者

 アルフェクト大陸の中心に大きな穴が空いていた。直径10kmほどで、その深さは誰にもわからない。

 そこから瘴気という霧のようなものが漏れ出していた。その瘴気に触れると生命力を徐々に奪われ、やがて死に至る。それは人間も動物も同じだが、魔物は瘴気に触れると狂暴性を増し、能力が向上する。

 つまり、瘴気に触れて弱っていくのが動物で、強くなるのが魔物だ。

 また、瘴気は動物だけでなく植物をも枯れさせるため、瘴気の濃い地域では農作物が育たない。枯れた大地と、魔物だけが互いを捕食し殺し合う土地、人の住めない程に瘴気の濃い地域を『暗黒地帯』と呼んだ。

 瘴気は大穴から離れるほどに濃度が薄くなるので、人間は瘴気の濃い大陸の中心を避けてドーナツ状に国を作って発展してきた。


 そうやって人々に忌避されてきた瘴気だが、その凶悪な性質に惹かれる者も存在した。暗黒教団を名乗る彼らは、集団を形成し、大穴に向けて進み始めた。

 もちろん瘴気に触れて大勢が死んでいったが、生命力に優れた一部の強者が生き残り、更にその強者同士が子を産み、いくつもの世代に渡って少しずつ大穴へと進んでいった。

 そうして数百年をかけて瘴気に適応し、大穴の周辺に集落を築いた。


 彼らは魔族を名乗り、人間に対して戦争を仕掛けた。

 長い時間をかけて瘴気に適応した魔族の戦闘力は圧倒的で、人間ではまともに対抗はできなかった。100人の魔族に対し、1万の軍勢でも勝つことはできなかった。幸いなことに魔族の総数は1万にも満たなかったので、進行速度はゆっくりであったが、それでも少しずつ人間の生存圏は後退していくことになる。

 最初の戦闘から20年、連戦連敗を続けた人間は、大陸北部の一地方まで追いやられていた。

 そこは、各国から集まってきた避難民で溢れかえり、わずかに残ったボロボロの兵士が絶望的な顔で来るべき死を待ち構えていた。

 魔族には勝てない。誰もがそう思っていた。


 アル・トープグラムは、そんな避難民の間に生まれた。幼い頃に両親を亡くし、そこからは山で山菜を拾ったり、小動物を狩ったりして生活をしていた。

 人形のように美しい少年で、薄汚れた身なりでありながら、輝く金色の髪が周囲の目を引いたらしい。

 アルが12の時、冬の山で遭難してしまった。吹雪で視界の取れない中、偶然見つけた洞窟に避難、寒さから逃れる為に洞窟の奥まで入って行ったところ、誰が作ったか分からない石像を発見した。顔は不鮮明でよく判別できないが、人間をかたどった像に見えたらしい。

 不思議なことに、暗い洞窟の中で仄かに光っていたという。


 歴史書によると、アルはここで神から勇者の力を与えられたと伝えられている。

 その力を4人の仲間に分け与えて魔族と戦った。勇者の力は魔族が取り込んだ瘴気に対する特攻があり、出会う先から魔族を倒していくことができた。

 わずか3年で大陸全土を取り戻し、さらに5年をかけて散り散りになった残党を殲滅、20才の時に完全勝利を宣言、この年を大陸歴の始まりとした。

 その後、生まれ故郷の大陸北部にてトープグラム帝国の建国を宣言、初代皇帝に即位する。そして、勇者の力を分け与えた4人の仲間を妃とし、それぞれの間に子供をつくった。

 やがて大きくなった子供は、魔族の再来に備えて大陸各地の国へと移り住んだ。

 それが今の勇者たちである。


 そして、アル・トープグラムは60才でこの世を去り、そこから長い平和な時代が続いた……。


 という所までが“歴史”であるが、実際のところは少し違う。

 そもそも、アル・トープグラムは12才のとき、雪山での遭難で命を落としている。洞窟に辿り着いて不思議な像を発見した所までは生きていたが、そこで力尽きてしまった。

 ではそこからのアル・トープグラムは誰なのか?その正体は、漆黒の勇者と同じ転生者である。

 現代日本で死んでしまった高校生、神田春仁かんだはるひとの魂を、死んだばかりのアルの肉体に宿らせたのだ。

 転生させたのは、人間が神と呼んでいる上位存在であるが、『星の意思』と言ったほうが近い。

 人々が暮らしているこの星が、イレギュラーな存在である魔族を駆除するために生み出した、抗体のようなものが転生者と勇者の力である。

 余談だが、漆黒の勇者の場合は少し状況が違う。

 実はアシュリー・アル・ルフランは生まれてすぐに高熱を出して死んでいる。普通なら不幸な出来事として片付けられるはずだったが、とある理由により星の意思はアシュリーに死なれると困るのだった。

 慌てた星の意思は、神田春仁の時に使った世界を繋ぐ穴から、死んだばかりの島原真一の魂をアシュリーの肉体に放り込み、その死を無かったことにした。

 なので、島原真一は自分が何故この世界に呼び出されたかを知らない。当然、隕石の衝突もただの偶然である。


 アル・トープグラムは魔族を倒し、皇帝となり、子供を育て、自らの役割は終わったものと思っていた。

 そして、身の回りも落ち着いてきた頃、自分がこの世界へと来た不思議な像の所へもう一度行ってみようと考えた。この時、年齢は40を越えたばかりだった。

 僅かな護衛を引き連れて山を探し回ったところ、目的の物はすぐに見つかった。洞窟の入り口に護衛を待たせ、一人で像と向かい合った。

 その時、像が淡い光を放ち、頭上から声が聞こえた。それは、転生時に聞いた星の声だった。

 声はまず、魔族の討伐を労い、感謝の言葉を述べた。そして、アル・トープグラムに新たな使命を伝えた。


【今から200年の後、再び魔族の脅威が世界を襲う】


 星からの使命を聞いたアルは、更にひとつの力を授かる。

 それは、自分が死んだ後、その魂を200年後の子孫の元へ飛ばすという『転魂の術』だった。


 城へ戻ったアルは、大きくなった子供たちを大陸に散らばらせ、各地を守る守護者とした。

 魔族がいなくなったとはいえ、瘴気に当てられた魔物の被害は度々出ていたので、この采配に異を唱える者はいなかった。

 そして200年後に強く大きな国を遺すために内政を力をいれ、60で肺を患い、転魂の術でアル・トープグラムとしての人生に終わりを告げた。


 そして大陸歴195年、レブライト・アル・トープグラムとしての人生が始まる。

 3度目の人生の始まりである。

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