序章 紺青の勇者

 私の母は、海を渡った先にある砂漠の国で生まれた。そこでは複数の国が覇権をかけて争っていて、母の故郷が戦争に破れ、同胞と共に船に乗って逃げてきたのだった。今もその争いは終わっていないらしい。

 少し浅黒い肌だったので見るからに砂漠の民だったが、この時のヨールヨール王国は好景気で、働き手に不足してたらしく、移民は歓迎されたそうだ。

 母はこの国の勇者の家に召使として採用された。数年真面目に働いたのち、主人であるビンカー・アル・ユークレイド(つまりは当代の勇者)の子供を身ごもった。それが私だ。

 思い出の中の母は美しい人だったので、父はうっかり手を出してしまったのだろう。貴族が召使に手を出してしまうのは、まぁよくある話だ。(勇者は正確には貴族とは違うが、似たようなものだ)

 そこで生まれた子供がどうなるかはその時の事情によるのだが、私は母と共に家を追い出された。

 向こうの正妻が、異国の女との間に生まれた私を許さなかったのだ。既に跡継ぎの男子が生まれていた以上、女である私は邪魔だったのだろう。


 そうして家を追い出されたわけだが、その後は苦しい生活だった。

 ユークレイド家は紺青こんじょうの勇者と呼ばれ、生まれた子供は一様に美しい青髪をしていた。もちろん私も例外ではなく、褐色の肌に青い髪という目立つ容姿をしていた。砂漠の民の中に青い髪の人間は他にはいなかった。つまり、どう考えても訳アリの子供なのである。

 勇者にケンカを売るようなマネを誰もしたくはない。とはいえ、優しくするとケンカを売ることになるのか、虐めるとケンカを売ることになるのか分からなかったため、遠巻きに眺めて放置するという対応を取られた。

 同じ砂漠の民から紹介された仕事で食いつなぐ生活は、貧しく辛いこともあったが、それでも母がいた。母は優しく、週に一度は温かいスープを用意してくれたし、夜は一枚の毛布に包まって故郷の子守歌を聴かせてくれた。


 6歳の時、流行病はやりやまいが国を襲い、大勢の人が死んだ。

 その中に、私の母と、勇者ビンカー・アル・ユークレイドとその一人息子も含まれていた。

 当代の勇者と跡継ぎを同時に亡くしたユークレイド家は、新しい跡継ぎとして私に目を付けた。母を亡くして途方に暮れていた私は、言われるがままについて行くしかなかった。


 こうして私は、紺青の勇者ファナン・アル・ユークレイドとして生きていくことになった。


 義母は厳しかった。家族を亡くした悲しみを私にぶつけるように。毎日のように怒鳴られ、叩かれた。

 何人もの家庭教師をつけられ、勉強、剣術、魔法を叩き込まれた。

 8歳からは国で1番の学校に通い始めた。同級生は誰も私には近づかなかった。流行病で生き残った私を、裏で魔族と呼んでいたみたいだ。


 学校でも家でも味方はいなかった。ずっと一人だった。

 私の味方は、死んだ母だけだ。


 生きていくために必死だった。

 学校では同級生に囲まれて殴られた。黙ったまま殴られていたら死ぬと思い、全員を病院送りにしてやった。次の日、上級生がやってきて、また病院送りにしたら誰も私に近付かなくなった。

 家では努力を怠れば容赦なく罵声と手が飛んできた。

 怒るたびに義母の目が訴えかけてくる。なぜお前なんだと。なぜ夫と息子は死んだのに、お前がそこにいるのだと。


 そのおかげか、成績は常にダントツでトップを維持していた。


 大陸歴208年。14歳の冬。私は義母の部屋に呼び出された。


「来月、王都で剣術大会があります。騎士団の人間や冒険者が国中から集まって一番を決めます」


 そう言って机に一枚の紙を広げた。


「優勝なさい。自分が勇者の後を継ぐに足ると、国中に証明するのです」

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