3話 AM9:03 入店

 ……居心地が悪い。


 開店直後の店は入り口で待機していた人がいたこともあり、そこそこ賑わっていた。

 主婦層や高齢の人たちが店中に散乱する中、両手にカゴを持つ高校生の姿はとても場違いだろう。ましてや集団なのだから尚更だ。


 といっても好奇な目を向けられているわけではないので俺が気にしすぎなだけだろう。

 そう分かってはいるのだがさっさと終わらせてここを出たい気持ちは俺の心にどっしりと腰を下ろして動かない。


「何を買うんだ?」

「肉、野菜、お菓子……そんなところかな。とにかく人数分の食材を買ってこいだってさ」

「人数って……具体的にはどれくらいなんだ」

「あー、確かに。数えてみるよ。えーっとまずここの五人、それから……ちょっと持っててくれ」


 三木が指を折り出るということでカゴを差し出してきた。

 これくらいはお安い御用だ。

 しかし、俺が受け取ろうとしたタイミングで、そのカゴを横から取る者がいた。


「私が持つよ。手分けして買い物しよ」


 泉の勢いに負け俺はすすすっと空いてしまった手を引っ込める。


「ごめんね、柳。もしかして嫌な気になったりした?」


 泉がそう言ってこちらを伺ってくるがそのことに関しては不思議と嫌な気はしない。

 むしろ、ああ、元気なんだなぁ、といった、親ごころ的なものまで感じつつある。きっとこれは俺が成長して寛大な心を身に付けたおかげなのだろう。

 などと御託を並べてみたけど、そもそもカゴを持ちたいかと問われると持ちたくはない。今はスカスカだけどそのうち重くなるのは分かってるのだから。

 ありがとうございます、と感謝の気持ちすら伝えたくなる。


 代わりに俺は「どうぞどうぞ」とだけ告げた。


「一真、私お菓子選んできていい?」

「はぁ。泉は相変わらずだなぁ……いいよ。行っておいで。でもあまり買いすぎるんじゃないよ。最終的には全員で割り勘になるんだからね」

「わかった!」


 泉は一目散にお菓子コーナーへと向かってしまった。

 本当に分かっているのだろうか。


「じゃあ僕たちは肉でも見ようか」

「意義なし」

「如月さんもそれでいい?」

「構いませんよ」

 

 実際、精肉コーナーは目と鼻の先だ。ここから店を回れば効率がいいだろう。


「そういえば肉っていっても色々種類があるよな。無難に豚と牛は買うとして、鳥はどうする?」

「あー、そうだね……見たところ鳥は塊ばかりで分量が少ないし無しで行こう」

「そうだな」


 鮮度の良さそうな肉がずらりと並ぶゾーンを端から撫でるように見ていくと豚肉売り場に差し掛かった。ここからが本命というわけだ。


「適当でいいよね」


 三木の言葉に俺たちは頷いた。

 リーダーが一番詳しいのだ。少なくとも俺の出る幕はない。三木に任せておこう。


 しかし数十秒と経たないうちに俺はをの判断を後悔することになった。


 さっきまで近くにいたはずの三木は既に数メートル先。

 迷うことなく肉のパックをほいほいとカゴに入れていく。


 確かに適当でいいと言った。

 いいと言ったが……いくらなんでも限度があるだろう。


 そういえばこいつは散財家だったな、と思いながら俺は三木の蛮行を止めにかかる。


「人に考えて選ぶよう言っておいて自分が手当たり次第入れてるんじゃ説得力ないぞ」


 すると今まさに入れようとしていた三木の手がピタッと止まる。そのまま逆再生のようにゆっくり戻しながら三木は半笑いを浮かべる。


「痛いところを突いてくるなぁ。反省してるよ。でも、お菓子と違ってこっちはどんなのがいいか僕はそういった知識を持ち合わせていないんだよ……」


 まあ、それは俺もそうだ。いくら親のお使いという名目の雑用をこなしていても自発的に肉を買ったことはない。

 だけど……ちらっとカゴの中を見てから俺は尋ねる。


「ちなみにどんな基準で選んでるのか聞いてもいいか」

「とりあえず量が多いものを選んでる。素人の基準なんてそんなものだよ」


 だよな。

 薄切りの肉が大量に入った徳用パックを見てなんとなく察してはいた。


 それが本当に正しい判断なのか、俺たちでは皆目見当もつかない。


 こういうのは適した人間がやるべきだろう。


 例えば、そう。日頃から家事もしていて、かつスーパーで働いているような人が。











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