第7話 勇者と三人の少女

 魔王城謁見の間、玉座の左右の肘掛けに大魔王と勇者がそれぞれぐったりともたれかかり、お互いにしばらく一言も発せずうだうだと時間を過ごす。

そのうちにメイド長がお茶を運び、それぞれティーカップに手を伸ばす。


「はぁ…… 疲れたのう…… 想定外ではあったが、面白いおもちゃが手に入ったということで良しとするかの。お主も、まぁ、あの姫騎士が居る間は滞在を許そう」

「大魔王さんってホント、良い人だよね。人じゃないけど。あれ? そういや女神様は?」

「用事があるとか言って帰りおったわい。またすぐに会うことになると言い残してな」

「それは嫌な予感しかしないな」

「お主もそう思うか?」


二人は揃って無表情で謁見の間の何もない空間を見つめる。


「……ん、また侵入者か? 今日は随分と多いのう」

「どんなの?」

「は? なんじゃ、こやつらは?」

「え、なになに? ねぇ 魔王さん、映像に出してよ」

「……ほれ」


謁見の間の宙空に再び映像が浮かび上がり、城門前に集う三人の少女の姿が映し出される。

ひとりはブロンドの巻き毛を銀の髪飾りでアップにまとめ、瀟洒なドレスを纏った瑠璃色の瞳を持つ令嬢。

ひとりはブラウンの髪を赤いリボンで後ろにまとめ、質素な生成りのエプロンドレスを着た琥珀色の瞳の娘。

ひとりは白いヴェールを被り薄い緑の髪を三つ編みにした、純白の法服に身を包む翡翠色の瞳の乙女

全くつながりのない三人が城門の前で一同に会し、戸惑い、困惑し、互いの様子を窺うように硬直している。


「んん? ええ〜っ! なんで!? なんで、この子たちがここに集まってるの!?」


勇者が驚愕の叫びを上げ、玉座から立ち上がる。


「妾が聞きたいわ! どう見てもお主の関係者じゃろ!」

「え〜と、この子が王様から勝手に縁談を進められている王女様。この子が僕の故郷の村の幼馴染。この子は…… ん〜、格好を見ると神殿の聖女様かな。こんな美人に会ってたら絶対覚えてるから、多分初対面だと思う」


魔王は怪訝に勇者をにらみ、映像に視線を戻す。


『あら? 貴女のよう市井の娘さんが、何故こんなところにいらっしゃるのかしら?』

『おっ、王女様!? えっ…… なんで……? あっ、そのっ、ごっ、ご機嫌麗しゅうございますっ! 王女殿下!』

『ご機嫌麗しゅう。可愛らしい娘さん。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。頭を上げて楽にしてちょうだい』

『そっ、そんな……』


娘は緊張しながら、ぎこちなくスカートの裾を両手で持ち上げ、片足を引いて深く頭を下げる。

王女はそれに合わせ、優雅に同じ動作をして軽く会釈を返す。


『こんにちは。女神の娘様方。ご機嫌麗しゅうございます』


ヴェールの乙女は両手を胸の前に組み、目を瞑り頭を垂れ、二人もお祈りをするように挨拶を返す。


『貴女は……? その格好、神殿の聖女様ですか?』

『はい、その通り、神殿で女神様のしもべとして勤めております。以後、お見知りおきを』

『ええっ……? 王女様に聖女様まで…… あの……一体どうなって……?』


特異な状況を察した王女は全く動じていない様子の聖女に問い、娘ははおどおどと困惑したまま、消え入りそうな声で疑問を口にする。


『私は女神様にお祈りを捧げている最中に、あるお告げを受けてここに参りました。貴女方はいかなる理由でこちらにいらっしゃるのですか?』

『私は夢の中に女神様が現れて魔王城に勇者が居ると教えていただき、お会いしに行こうと準備をしている最中に気が付いたらここにおりました』

『わたしは…… お祈りしていたら女神様の声が聞こえて、突然ここに……』

『素晴らしいことです。それはきっと、貴女方の勇者様を思う祈りが慈悲深い女神様に通じたのですわ』


 大魔王の見開いた眼に紅玉ルビーの瞳が魔性に輝き、プラチナブロンドの髪がふわりと浮きあがり、右手に持つティーカップの中のお茶が激しく波立つ。


「あの腐れ外道の差し金か……!」

「大魔王さん、怖いです…… しかし、なるほど、嫌な予感の正体はこれか」


勇者は圧倒的な威圧感を放つ大魔王の横顔に恐る恐る目をやり、すぐに三人の少女の様子へと視線を戻す。


『お告げによると、勇者様はあのお城の中におられます。早く王都にお戻りいただいて婚礼の儀を執り行わなければなりません』

『あら、連絡の行き違いかしら? 勇者と私との式は王城の教会で執り行われる予定なのですが?』

『ふぇっ? お兄ちゃん、王女様と結婚するの……?』

『いいえ、勇者様と結ばれるのは私です。これは女神様からのお告げによるものですので、たとえ王女様であろうと覆すことはできません』

『はぁ? 貴女、自分が何をおっしゃっているのか、わかっていらして?』

『えっ? えっ? 聖女様も? わたしも、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいって……』

『お兄ちゃんって、勇者のこと?』

『あっ、えっと、わたしが勝手に思ってるだけで…… その、王女様や聖女様を差し置いてという訳では……』

『勇者ったら、こんな可愛らしい想い人が居るのを私に黙っていたなんて、一体どういうことかしら?』

『ふぇっ!? 想い人だなんて…… そんな……』

『大丈夫、隠さなくても結構よ。貴女は勇者のことが大好きだから、ずっと一緒にいたいんでしょう?』

『あぅ…… はい……』

『それなら、私も貴女と同じよ。そこの聖女様はどうだか知らないけど』

『勇者様が私と結ばれるのは女神様のご意思ですので、私の個人的な感情などは意味のないことです』

『そんなぁ……』

『しかし、女神様がお導きになられ、あなた方にこれだけ慕われるのでしたら、きっと素敵なお方なのでしょう。これからお会いするのが楽しみです』

『ふん、気に入らないけれど、それが聖女様の意思って訳ね。仕方がありません。勇者に直接話をして意思を確認しましょう』

『はうぅ…… お兄ちゃん、なんでこんなことになっちゃったの……?』

『これも女神様のお導きです。それでは、城内に入りましょうか』


 僅かに怒りが収まった様子の大魔王が不機嫌そうに勇者を睨む。


「お主が勇者を辞めて逃げてきた理由はこれか?」

「いやいや、みんな俺の都合を聞かずに勝手に言ってるだけだよ。この聖女さんなんて、会ったこともないし……」

「ふむ、言い訳は後で聞く、まずはこやつらの対処じゃ。客として招かなければ罠が作動することになるが、相手が王女と聖女では後々面倒になることが目に見えておるし、空間転移で追い返してもまた戻ってくるに決まってるからの」

「どうするの?大魔王さん」

「仕方ない。こやつらをここに通すから、お主が話をつけて帰らせよ」

「え〜! 嫌だよ。絶対修羅場になるに決まってるって。幼馴染はああ見えて相当頑固だし、王女は絶対自分を曲げないし、この聖女さんのやばさは今の会話だけでも十分伝わってくるし……」

「馬鹿を言うでない。全てお主と女神が悪い。良いか、妾は玉座の裏に隠れておるから、必ず帰らせるのじゃぞ!」


大魔王はぴょんと玉座を飛び降りて裏側に回る。


「魔王城謁見の間中央に座標を指定、王女、聖女、娘を対象に空間転移、実行」


大魔王の声が室内に響くと同時に謁見の間の中央に光の泡が弾けた。

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