第5話 姫騎士さんの受難

 魔王城城内、大回廊を抜けた先の小ホールに姫騎士と三人の兵士が小さな円陣を組み、体制を整える。


「まだどんな罠が仕掛けられているかわからない。一同更なる注意を!」

「はいっ! 姫様!」

「先程のようなことが二度と起こらぬように……」

「ん……? なんだ? どこからか霧が……」

「これは…… 罠だ! みんな、警戒態勢を取れ!」

「はっ! 全員警戒態勢!」


小ホールの空間はたちどころに濃い霧で満たされ、四人の視界はあっという間に白で覆われる。


「くそっ! 霧で何も見えない!」

「姫様、ご無事ですか?」

「ああ、私はここに居るぞ! 他の者は無事か!?」

「はいっ! 我々の方には今のところ異常は……」


――ズズズズズ……


小ホールの床下、兵士たちの足元から低い音が響く。


「なっ、なんの音だ!?」

「いったい何が起こっている!?」

「わかりません!」

「この音、もしや足元から!?」


――パカッ!


「はっ!? 床が…… うわーっ!」

「なんだっ!? 何があった!? ……くそっ! みんなどこだっ!」


兵士たちの足元の床が抜け、三人は闇の底に落ちていく。

後には霧に巻かれて狼狽する姫騎士だけが取り残された。


 謁見の間、勇者はティースタンドに最後に残ったスコーンに手を伸ばしながら、隣りで室内の宙空に浮かぶ映像に映る侵入者の様子を愉しげに見る大魔王に聞く。


「あの兵士さんたちってどこに行くの?」

「あの穴はエッシャーの迷宮に続いておる。兵士どもにはしばらく上下も左右もない無限の空間を彷徨ってもらう。見てみるか?」


映像が魔王城の地下、エッシャー迷宮を俯瞰する光景を映し出す。

兵士たちは狼狽え混乱しながら、床に、壁に、天井に、設けられた階段を、出入り口を、窓を、行ったり来たりと彷徨い、姫騎士に、お互いに、呼びかけながら更に迷宮を彷徨う。


「うわぁ…… これも結構えげつない仕掛けだね」

「ああやって侵入者が彷徨う姿を見るのは楽しいじゃろ?」

「まぁ、たしかに傍目から見たら面白くはあるけど…… それより姫騎士さんの方はどうするの?」

「さて、どうしようかの。そうじゃ、勇者よ、お主があの姫騎士を手篭めにするか?」

「はぁ? 何を……」

「あの霧には催淫と幻惑の効果がある。放って置いても淫らな夢に自ら耽ることになるじゃろう。ふむ、見ればなかなかの美形じゃし良い身体をしておるの。ま、これは役得とでも思え」


映像に姫騎士の様子が大きく映し出される。既に息は荒く、細めた目には薔薇色の瞳を潤ませ、額に汗を浮かべ、頬は上気し汗ばんだ髪の一房が貼り付いている。


「これって……」


姫騎士は真紅の絨毯の上にぺたりと座り込み、自ら甲冑を外し始め、襟元に左手を差し込み、右手でキュロットの裾をたくし上げて露わになった白い太ももをさする。


『んんっ…… はぁ…… 私、こんな時に、何を……? はふっ…… だめ…… やんっ、体が勝手にっ……』


勇者はその様子を見てゴクリと生唾を飲み込む。


「わわっ! 姫騎士さん、それ以上はダメだって…… 大魔王さんも止めてよ。ねぇ、女神様?」

「ふふ、なんのことでしょう? これは人間の自然の営みです。たとえ勇者がここであの者に何かをしても、私はそれ咎めることはありませんよ」

「そうじゃ。止めさせたければお主が直接姫騎士の元へ出向け。そしてそのついでにあの侵入者一行を連れてこの城から立ち去れ」


慌てる勇者に女神は微笑んだまま表情を変えず、大魔王はジトッと睨みつけ冷たく言い放つ。


「はぁ…… 仕方ないか。魔王城小ホール中央に座標を指定、自分を対象に空間転移、実行」

「くくく、せいぜい楽しんで参られよ」

「いってらっしゃい。勇者」



 小ホール中央の空間に光の泡が発生し、それが弾けるとともに勇者が現れる。

目の前にはあられもない姿になった姫騎士が息を荒げ、絨毯の上に身体を横たえている。

勇者は直視しないように視線を外し、こほんと一つ咳払いする。


「小ホール内のトラップを無効化、実行。姫騎士を対象に指定、全ての状態異常を解除、実行」

「……うう、私は何を……?」

「もう大丈夫ですよ。姫騎士さん」

「……はっ!? ここは……? そうだ! 私……!?」

「ああっ! まずは服を整えて下さい!」


肩で息をしながらぐったりしていた姫騎士は意識を取り戻すや否やガバッと起き上がり、勇者は慌てて後ろを向く。


「危ないところでしたね。この城の罠にかかり幻惑を見せられていたようです」

「あれが…… 幻惑……? くそっ! なんと卑劣な!」

「安心して下さい、姫騎士さんの不名誉になるようなことには至ってはませんから」

「……かたじけのうございます」


姫騎士はそそくさと着衣を整え甲冑を装備し直し、槍を右手に握りしめる。


「そうだ、あなたは……? もしかして…… 失踪中の勇者殿ではありませんか!?」

「元、ね。勇者はもう辞めたんです」

「いいえ、我々にとって勇者殿は永遠に勇者です! この度は助けて頂き感謝の極み! ……それで、その、勇者殿がなぜこの魔王城に? それに、その手に持っているのは……?」

「えっ それは、えーと……」


勇者は慌てて食べかけのスコーンを口に押し込み、ティーカップに残ったお茶を飲み干した。

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