第3話 事の真相

 ティーカップと代えのポットが運ばれてくる間、三人はそれぞれにゆったりくつろぎ、沈黙の時間を過ごす。


「は〜 やっぱりメイド長さんの淹れるお茶は美味しいですねぇ」

「恐れ入ります」

「その口ぶり、よもや妾が留守の時を見計らって度々ここに来てはおるまいな?」

「はい?」


大魔王が玉座の真ん中に座る勇者越しに女神を睨むと、女神は満面の笑みで後光を光らせ、首を傾げる。


「はい? じゃないわ。白々しい。眩しいから後光をしまえ」

「そっか、こうして三人で会うのはあの時以来になるのか」

「そうじゃの。お主が妾を倒しに来た時以来じゃ」


ボソリと呟く勇者に大魔王は愉快げな表情を見せる。


「勇者が大魔王の正体を知った時の反応ったらありませんでしたね」

「うん、初めて大魔王さんに会った時は本当に焦ったよ。大魔王が小さい女の子の姿してるだなんて思ってなかったし、こんな子に剣を向ける訳にもいかないし、どうしようかと」

「この姿は人間界で活動するために力を制限しておるからじゃ。魔界での本来の姿はすらりとした長身でボン・キュッ・ボンの、まさに絶世の美女なのじゃぞ」

「ふふ、今の姿のほうが可愛くて良いと思いますよ。勇者もそう思うでしょう?」

「確かに、俺も小さくて可愛い大魔王さんの方が絶対良いですね」


勇者は玉座の背もたれに体を預けてくつろぐ大魔王の頭のてっぺんからつま先までじっくり視線を動かし、ふっと鼻息を漏らす。


「ふむ、何か馬鹿にされておる気分じゃ」


大魔王は並んで座る女神と勇者にちらりと目をやったあと、ぷいっとそっぽを向く。


「それで、倒すはずの大魔王さんと話をしているうちに話がおかしくなって、終いには女神様まで出てきて、もう何がなんだかわからなかったよ」

「あの時の勇者の反応は傑作じゃったの」

「本当に。あんなに慌てふためくとは思っていませんでした。

「あの時のことはもう良いよ。そもそも、なんで女神様と大魔王が協力して人間界を侵略することになったの?」

「ああ、女神から聞いておらんかったか?」

「あら? 大魔王が伝えているものと思っておりましたわ」

「……ええ、どうせ俺は部外者ですよ」


ふてくされる勇者を気にかけることなく、女神と大魔王は揃って静かにティーカップに口をつける。


「つい先程まで、天界と魔界は互いに人間界への介入を制限するよう協定を結んでおり、その間、三界は安定の時代を過ごしておりました」

「つい先程って、百年前だよね」

「ですが、その間に人間界では信仰心が薄れて邪教が蔓延り、魔界では魔物が増え過ぎるとともに力をもった魔物たちが秩序を乱し始め、三界の均衡が崩れる寸前にまで至ってしまいました」

「なるほど」

「という訳で、妾が魔界で秩序を乱す不届きな魔物どもを人間界に送り込み、女神が人間に加護を与えてその魔物を迎え撃つという対立構造を意図的に生み出すことにしたのじゃ」

「なるほど、人間の都合はお構いなし、と」

「人間はただ私を信仰していればそれで良いのです」

「人間の都合に配慮する意味なんてないからの」

「あっそ。まぁいいや、人間界に平和は戻ったんだし」

「勇者様のお陰でな。何かと不服はありそうじゃが」

「まぁね」

「ご苦労でしたね。勇者。貴方に与えた加護はそのままにしておきますので、これからは自由に生きると良いでしょう」

「自由、か……」


小さく呟いた勇者は、今までの出来事を思い出すように遠くを見つめる。


「そういや大魔王さんって百年の間ここでなにしてたの? 俺なんてここに住んでまだ一週間だけど退屈で死にそうだよ」

「ならば死ね。嫌なら帰れ。妾はこの百年しっかり大魔王としての勤めを果たしておったわ」

「へ〜 大魔王の勤めって?」

「まずは魔界で特に秩序を乱しておる不届き者や余計に増えておる魔物を人間界に送り込む仕事が一つ」

「魔界の中でも選りすぐりの厄介なのが送り込まれてきてたんだ。道理で迷惑なはずだよ」


指を一本立て、表情を変えずに言う大魔王に勇者は眉をしかめる。


「そして、冒険者どもがきちんと成長できるように、王都周辺では弱い魔物からはじめ、この城に近づくに連れて徐々に魔物が強くなるように配置し、最終的には比較的強い魔物と相討つようにうまく手配することが一つ」

「そっか〜 昔から疑問だったんだよね。最初っから王都の周辺を強い魔物で固めておけば効率いいのにって」

「それはどういう目線なのでしょうね」


二本目の指を立てて説明を続ける大魔王に勇者は頭を左右に傾けながら言い、女神が口を挟む。


「最後は冒険者に志望するアホの人間が増えるよう冒険のワクワク感を演出しつつモチベーションを高め、満足感や達成感をもたらせるように魔物どもに宝物をもたせたり攻略しがいのあるダンジョンを設置したりするのが一つじゃ」


大魔王は愉快そうに勇者の目を見ながら三本目の指を立て、勇者は絶句する。


「さすが、ゲームバランスに気を配る大魔王の鑑です」

「貴様にそのように言われても何とも思わんわ」

「それじゃあ八百長どころか、とんだ茶番じゃない。人間界のこの百年って…… はぁ……」


勇者は一際大きな溜息をついてがっくりと肩を落とした。



◇◇◇◇◇◇



 大魔王はメイド長に茶菓子用意するように命じ、心ここにあらずの勇者を挟んで女神と談笑し、そのうちに三段重ねのティースタンドと変えのティーポットが運ばれてくる。


「ほれ、勇者よ、元気を出すのじゃ」

「はむ…… あ…… おいしい」


大魔王がティースタンドに乗ったクッキーを一つ摘んで勇者の口に押し込むと、勇者ははぐはぐとそれを口の中に運び、サクサクと小さな音を立てて咀嚼する。


「大魔王さん、もう一つ頂戴」

「自分で食え」


小鳥のヒナのように口をぱくぱくさせる勇者をジトッと睨み、大魔王が冷たく言い放つ。


「ふふ、勇者、私が食べさせてあげましょうか?」

「……いえ、結構です。ごめんなさい。女神様」


勇者は微笑む女神の提案を真顔で断り、そそくさとティースタンドに手を伸ばす。


「ん? 侵入者か…… 丁度良い。最近めっきり減って退屈していたところじゃ」

「なになに? 突然独り言始めて。大魔王さんって、もしかしてそっち方面の人だったの?」


宙の一点を見つめて言う大魔王に、齧りかけのスコーンを持った勇者が問いかける。


「一体どっち方面のことを言っておるのかの? この城に冒険者が侵入しようとしておるのを察知しただけじゃ」

「本当ですね。ここにはもう何も残ってないというのに、物好きな方々ですね」

「あ、二人ともズルい。俺にも見せてよ」

「しょうのないやつじゃの。では、侵入者の様子を空間に投影してやろう」

「さすが、気配りのできる大魔王の鑑」

「ほれ、出すぞ」


大魔王の声とともに玉座正面の空間に魔王城の城門を俯瞰する映像が浮かび上がる。


「お〜! 本当に城の外の様子が映し出された! 凄い臨場感!」

「あの者たちをどうするのですか?」

「この城に設置された数々の罠を駆使して侵入者を抹殺したり撃退したりするのじゃ。なかなか楽しいぞ」

「え〜 なんか、陰気な趣味だね。隠れて卑劣な罠で弱い者をいじめて破滅するのを楽しむなんて」

「闇属性の自称大魔王ですから仕方ありません」

「そっか、そうだね……」

「気分が悪いわ。ここは妾の城で、侵入者の排除も勤めのうちじゃ。勝手に貴様らで納得してがっかりするな。それに大魔王は自称ではない」


投影された映像に、城門の前に立つ白銀の甲冑を纏った薔薇色の髪の少女と従う三人の兵卒の姿が映し出される。


「これは、勇猛伯の紋章? ってことは、まさか、この人が姫騎士さん!?」

「知っておるのか?」

「国王軍の大将をしている伯爵の四姉妹の末子だよ。女の子にしか恵まれなかった苦肉の策で男として育てられたっていう。だから姫騎士って呼ばれてるの」

「まぁ、確かに、姫騎士と呼ぶにふさわしい姿じゃの」

「姫騎士さんですか。なんだか心ときめく響きです」

「あ、入ってくるよ。どうするの?」

「さて、どうしようかの?」


大魔王は映像に映し出される姫騎士の姿に、紅玉ルビーの瞳を輝かせてニヤリと笑った。

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