秘めていた事

 夏海達が姿を現した後、先輩達は謝罪を口にし、逃げるように教室から出て行った。

 そして残された奈々は黒瀬と共に、今は美月達の教室に2人きりでいる。


 美月と夏海、そして美香さんと理沙さんは、その教室から少し離れた廊下の窓から、夕暮れの気配が混じり始めた空を眺めていた。


「今回はホントごめんね。ずっと白石さんの事ぐちぐち言っててさ。でも今日、一言も言わなかった事が変だなって思って。そしたら先輩達と話してるの見てさ」

「美香がさ、こっそりあとつけようって提案してきて。それで気付けたんだ。奈々がバカしてごめんね」


 何故か美香と理沙から謝られ、美月と夏海は顔を見合わせた。


「ちょっとやり過ぎだけど、まぁ何事もなかったし、いいよ」

「私は特に何もされてないし、美香達が声かけてくれてよかった。だから逆に、ありがと」


 美月と夏海は苦笑しながら答えた。


「黒瀬を投入してもさ、もしかしたら酷い事になるかもと思ってさ。こっちの人数増やす為に夏海に声かけたけど、まさかラケット持ったまま走り出すと思わなかった」

「ほら、か弱い女子だし、武器は必要でしょ!」


 美香の言葉に夏海が輝く笑顔を見せ、美月は声を出して笑った。

 すると、そんな美月を美香が見つめてきた。


「それとさ、白石さん、奈々が告白する時間くれてありがと。これで少しは吹っ切れるでしょ」

「奈々さん、告白する前に振られてたとは思わなかった。だからきっと、その想いが爆発しちゃったんじゃないかな」


 もしかしたら私だって、伝えられないままだったら、何かやってしまったかもしれない。


 奈々を心配していた美香は、大人びた表情を浮かべていた。

 そんな彼女の言葉を聞いて、美月は奈々の振る舞いが他人事ではなく感じた。


 すると、ガラガラと扉の開く音が聞こえた。


「おっ? きっちりフラれた?」

「ちゃんと気持ち、全部聞いてもらえた?」


 美香と理沙の反応は正反対で、泣き顔の奈々は怒り出した。


「理沙は優しいのに、美香はなんなの!?」

「これが飴と鞭ってやつじゃない? さ、自分の気持ちにケリつけたんだから、こっちもきっちり、けじめつけなよ」


 美香はそう言うと、美月の背中を軽く押した。


「いや、今はまだそんな気分じゃないでしょ?」

「いいから。だから白石さんに待っててもらったんだし。ここでちゃんとしとかなきゃ、お互いすっきりしないはずだから」


 泣きはらした顔の奈々と話す事を戸惑う美月に、美香は真剣な表情で囁いた。

 その間に、奈々が美月の前で足を止めた。


「黒瀬、好きな人はいないって、言ってたんだ。でも違った。中学生の時に、自分と仲が良かった子が、いじめにあってたらしくて。それで、好きな人がいるのを知られないように、警戒してただけだった」


 いまだ涙で潤む瞳を向けながら、奈々は小さな声で美月に話しかけてくる。


「自分を好きになってくれないなら、誰も好きになってほしくなかった。だから、白石さんにも夏海にも、嫉妬して。2人がケンカしてお互いの足を引っ張ればいいって、考えて。でも、それが叶わなそうだったから、こんな事、した」


 言い終わって唇をかみしめた奈々は、美月をしっかりと見つめた。


「私のわがままに、巻き込んで、ごめん」

「話しにくい事まで話してくれたから、もう、いいよ。今日の事は、これでおしまいにしよ?」

「……ありがとう」


 美月の言葉にほっとしたような表情を浮かべた奈々のそばに、美香と理沙が寄り添う。そして、それぞれが彼女の手を握った。


「バカで困るけど、私達の友達には変わりないから、ちゃんと話し合いしてくれてありがとね」

「いつも無茶苦茶するのか奈々だけど、今回許してくれてありがとうね。こんなにバカだけど、大切な私達の友達だから」

「美香も理沙も、バカバカ言わないでよ!」

「いや、本当の事だし。お詫びに今日はなんでも奢るからさ」

「失恋記念だね。って事で、私達、行くね」


 手を振り回そうとする奈々を引きずるように、美香と理沙は笑いながら帰って行った。


 しばらくして、いつも通りのように見える黒瀬が姿を現し、美月の事を夏海に託して部活へ向かった。

 託された夏海も美月の具合が心配だからと、部活を早上がりして一緒に帰宅する事になった。

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