気付かされる事

 夏海と喧嘩別れしてから、1週間近く経とうとしていた。

 その間に、夏海がこちらのクラスに姿を現すようになった。そして同じ部活の子に話しかけ、黒瀬にも声をかけていく。

 けれど、美月に話しかけてくる事はなかった。

 夏海の態度からまだ話し合う事は出来ないだろうと、美月はただただ彼女からの返事を待つ事に徹していた。



「白石さ、今までで1番顔色悪いよ?」

「お願いだからほっといて」


 胃の痛みは悪化する一方だったが、美月はそれを誰にも言わなかった。

 けれど黒瀬だけは、ずっとかまってくる。


 夏海との事で頭がいっぱいで、美月は黒瀬に返事をする余裕もなかった。だからこの問題が解決するまで、黒瀬とも距離を置こうとしていた。けれど、隣の席なのでそれは叶わず、最低限の会話に留めていた。


「あのさ、何があったのかは聞かない。だけどな、具合が悪いのはまた別だろ?」

「このままでいいの」


 美月のここ最近の頑なな態度にめげず、黒瀬はいつも通り話しかけてくる。

 

 もう本当に、ほおっておいて。


 これ以上何も考えたくなかった美月の胃が、熱を帯びた痛みを伝えてくる。

 それが今まで感じていた痛みよりひどかった為、美月の口から呻き声がもれた。


「先生。白石さん具合が悪いみたいなんで、保健室に連れて行きます」


 胃の痛みに事に気を取られ、隣で立ち上がった黒瀬が何を言ったのか、美月にはすぐ理解ができなかった。


 ***


「あれ? 先生いないの?」


 美月を支えている黒瀬の戸惑う声が聞こえる。


 痛い。

 吐きそう。


 連れてきてもらったはいいが、保健室に来るまでに夏海のクラスを通り過ぎた。

 黒瀬と授業中に歩いてる姿を見られないように、美月は祈りながら歩いていた。けれど気になって、夏海のクラスをチラリと覗いてしまった。


 目が合った。

 本当、最悪。


 戸惑いと驚きが混じったような表情の夏海と目が合い、美月は後悔した。

 そして胃がまたひどい痛みを訴えてきた時、夏海の前の席にいた、この前カフェで会話した奈々とも目が合った。彼女の表情からは驚きよりも、敵意が見てとれた。


 夏海にも、奈々さんにも、きっと誤解された。

 

 ぼんやり考え事をしていた美月を、黒瀬がゆっくりとした歩調でベッドまで誘導してくれた。


「とりあえず病人なんだから、寝て」

「ごめん。そうする」


 座っていてもしんどさは変わらないので、美月は素直に横になった。


「すぐに先生探してくるから」


 私が痛いのに、黒瀬はもっと痛そうな顔してる。


 そう思ったからか、急いで背を向けた黒瀬のブレザーの裾を、美月の手が勝手に掴んだ。


「……今、これは、困る」

「何、その言い方」


 ぎこちなく話しながら、顔だけをこちらに向けた黒瀬の様子に、美月は笑った。


「笑ってくれるのは嬉しいけど、これじゃ先生探しに行けないから」

「先生はさ、きっとすぐに戻ってくるから探しに行かなくて大丈夫。なんかさ、黒瀬の方が辛そうだなって思って、つい引き止めちゃった。ごめんね」


 美月は思った事をそのまま口にして、黒瀬のブレザーから手を離した。


「だって、今の俺、白石に何もできないから。もっと早く保健室に連れてくるべきだった」

「私が勝手に苦しんでるだけなのに……。気にしなくていいのに」


 美月は自分だけの問題だと伝えたつもりだった。

 それなのにこちらに向き直した黒瀬は、さらに辛そうな表情になった。


「それさ、白石の悪い癖だよ。もっとさ、自分を大切にしろよ。それにさ、今回の事は、俺がきっかけだってわかってる。ごめん」


 私は、黒瀬を突き放さなきゃいけない。

 なのに、突き放せない。

 今、この瞬間も、彼の好意に甘えてる。

 

 そう自覚して、美月はぽつぽつと話し始めた。


「謝んないでよ……。そこまでわかってるならさ、伝えておくね。黒瀬と話したあと、夏海にね、ちゃんと話したんだ。だからね、話すきっかけをくれて、ありがとう」

「本当に、ちゃんと話せたのか?」


 美月の話を聞いて、黒瀬は保健室のベッドのカーテンを閉めると、すぐ近くにあった椅子に座った。


「どうして?」

「本当にちゃんと話せてたら、白石はこんな状態になってないんじゃないか?」


 心の中にしまっていた隠し事を見透かされた気分になり、美月は押し黙った。

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