スポーツの話

 社会に出たら避けたほうがいい話題というのがある。代表的なのが宗教、政治、スポーツだ。言い争いが面倒なら、この三つは徹底的に避けるべきだ。

 では、スポーツの話をしよう。

 

 洋介ようすけはずっと悩んでいた。このまま競技を続けていて何になると言うのか。かつての仲間も今ではほとんど引退し、未だ続けているのは自分くらいだ。

 もう、後進に――若い者に道を譲るべきではないのか。

 隣室から、幼子の甲高い声が聞こえてくる。

 それが自分の子の声であったなら、どんなにか良かっただろうかと――思えない。子供が嫌いというわけではない。彼女など出来た試しがないからでもない。そんなに都合よくできていないというだけだ。

 子どもの足音。母親の――妹の控えめな怒声。母親の――こちらは洋介の母の笑い声。足音が近づいてくる。

 洋介はベッドの縁に腰掛けたまま、居間につながる扉を見つめる。

 ノック、ノック、ノック――

「洋介? ちょっといい?」

「……何?」

「ちょっとお願いがあって」

「……だから、何?」

「とりあえず出てきてくれない?」

 洋介はため息まじりに立ち上がった。扉を開くと、甥っ子の甲高いが耳穴から脳を貫いた。陽の光も、居間のLEDライトも、見慣れたはずの妹の母らしい顔も、眩しく思えた。

 洋介の母は、鼻で小さく息をつくと、肩越しに甥っ子に目をやった。

「あのね? お兄ちゃんの、欲しいんだって」

 見れば、甥っ子が戦隊ロボ同士を戦わせていた。瞬間。

 洋介の萎びた心に焼けるように熱い水が染み込んだ。

「……ず……ねぇ」

「え?」

「……譲れねぇって言ってんだ」

「あのね、もういい年なんだから――」

「うるせえよ!」

 洋介の鬼気迫る声に、甥っ子が口を噤んで振り向いた。

「欲しいなら……勝ち取れよ!」

 洋介は甥っ子の手から戦隊ロボの人形を奪い、叫んだ。

「ブゥゥゥゥゥゥゥン!! ドドドドドド!!!」

 負けたら、考える。

 だが勝ったなら、俺はまだ現役でいてもいい。

 いつまでも老醜を晒し続けてやる。

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