第5話 能力者

「あぁ、私はこの店の店長だけど、専門はぬいぐるみ作りだから、お払いや供養はできませんよ」


 圭介の熱い視線に気が付いて苦笑いを浮かべ首をふる。

 目の前の山崎という男は、金剛杖こんごうづえをつきながら、山でほら貝を吹いている山伏ヤマブシといわれても納得できそうなほどいい体格をしているが、確かに霊が見えそうかと言われたら、そんな不思議な雰囲気は感じられなかった、どちらかというと霊が目の前にいても見えない、鈍感そうなタイプの人間に見える。


 心の中でそんな失礼な分析をする。


「まさか、じゃあ下にいた……」

「マコちゃんは、ここのぬいぐるみの洋服デザイナーです」


 圭介の心を読んだかのように、山崎が訊かれるまえにこたえた。

 偏見だと言われるだろうが、メイド服を着た霊能力者はあまり信用できそうになかったので、圭介もそれを聞いて安心したように頷いた。

 そして、まだ見ぬ霊能力者に期待をいだく。

 それから改めて先ほど見るでもなく眺めていた申込書に、今度は真剣に目を通す。


「じゃあ今のうちに、申込書のとこ記入しておいてください」


 そんな圭介の態度を了解したと取ったのか、山崎はそういうと机の上にサインペンを置く。

 ペンを置かれた圭介は、再び不安に襲われた。


「その申込書は調査依頼のサインで、もちろん調査は無料でやっています」


 圭介の不安を読み取ったのだろう、山崎が説明をしだす。


「だから今それにサインしたところで、費用は一切発生しないから安心していいですよ。そして調査した後で最終的なやり方や、見積もりを話し合って正式に契約するので」


 ニコリと山崎が営業スマイルでほほ笑む。

 しかしそれでも圭介はペンを取らず、「あの、もし正式に契約するとなると、どれくらいかかるんですか」


 上目遣いに見上げる。

 金額によっては、除霊をしてもらいたいと思っても、申し込むことはできないかもしれない。

 せっかく無料で見てもらって、すべて納得したのにお金が払えなくてあきらめなくてはならないなんて、そのほうがひどいような気が圭介にはしたのだ。

 そんなことを心配する圭介を珍しい動物でも見るように山崎は眺める。


「今払っている家賃より大きく上回るようなら……」


 ブツブツと考える圭介はそんな山崎の視線に気が付かない。


「あぁ、まあ現状見ないことにはなんともいえないけど」


 自分勝手な客ばかり見てきた山崎は、そんな圭介を目を細めながら眺めると、いきなりくだけた口調で話し出した。


「たぶん電話の内容を聞いた限りだと、たぶん一万円~五万円ですむと思うよ」


 大まかな金額だったが、そう聞いて圭介は胸を撫で下ろした。

 

「それなら、どうにかなりそうです」

「あと除霊しても効果がないようなら、いただいた料金も全額返すから安心しな」


 いいとこだろここ。といわんばかりに山崎はウインクしてみせた。


 圭介がハハッと愛想笑いを浮かべる。

 いままで除霊やら供養やらそういうことを口にする人間を、詐欺師か怪しい宗教の勧誘者ぐらいだと思って生きてきたのだ。またそういう人間と自分が関わることなど一生ないと信じていた。それがまさか自分からそういった類の人間に、助けを求めなければならないような状況に追い込まれる日がこようとは。


 目の前の山崎という店員は、がさつそうだが良い人のように見える。それでもその霊能力者という人を見るまではいまひとつ信用しきれない気持ちもあった。


「谷村さん、まだ時間大丈夫?」

「はい」

「あと十分ほど待ってくれないか、直接話してもらった方がいいと思うから」


 あと十分ほどでその霊能力者が来るということなのだろう。

 ここ数日の悪夢が一気にその人物によって解決されるかもしれない。

 不安とは別にそんな期待も湧き上がる。


「大丈夫です、今日は何も予定は入っていませんから」


 その時店の扉についている鈴が、『カラン、コロン』と小気味よい音を響かせた。

 しばらくすると、トントンと階段を上がってくる軽やかな足音が耳に届いた。


(――ん?)


 妙に軽いその足音に、圭介は眉を寄せた。


(霊能力者?)


 それにしてはまるで階段を跳ねるように上がってくるこの上り方は、大人のそれというよりまるで……。

 何かを思い浮かびた時、


「ただいま」


 圭介の思考を中断させるように、ガラリと廊下側の襖が開いた。

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