好きだなんて絶対言わない

「……なんだってさ、笑っちゃうよねー!」

 そう言って、真優(まひろ)は実際に笑っていた。ケラケラ、と言う表現がぴったりくる笑い声。そんな真優の顔が今日はやたらと眩しく感じる。

 駅から高校へと向かう通学路。僕は真優と「偶然に」出会い、高校までの道のりを一緒に歩いていた。……実は偶然でもなんでもなく、僕は珍しく早起きをして、真優が駅に来るのを待っていたのだ。普段ならこんな面倒くさいことは絶対にしないのだが、今日はちょっとそんな気分だった。


 僕と真優は小さい頃からの知り合いだった。いわゆる幼馴染と言うやつだ。家が近所であり、母親同士の仲も良かったため、僕と真優は小さい頃から一緒にいる機会が多かった。中学生になる頃にはさすがに昔ほど一緒にいることは無くなったけれども、時おりふたりで出かけたり、電話やLINEのやり取りをしていたりする。

 そんな僕たちを見て、同じく昔からの悪友であるマモルや相川は、

『早く付き合ってしまえ! バカップル!』

『リア充キモ!』

 とか、僻みも手伝って好き放題言っている。

 でも、マモルや相川が言う事にも一理あった。実際、僕たちが付き合っていると思っている同級生も多く、付き合っていない事を知ると逆に驚かれたりもする。

 では僕たち自身の気持ちはどうか?

 もちろん僕は、駅で待ち伏せるようなストーカーまがいの事をしていることからわかるとは思うけど、真優の事が好きである。

 小学生の時には、一緒にいる機会が多すぎたのか、真優の事を別の家に住んでいる家族くらいにしか思ってはいなかった。

 でも、中学生になると途端に会うことが少なくなり、そうすると逆に真優の事が気になり始めた。たまに登下校で一緒になると嬉しかったし、クラス替えの際に真優と一緒のクラスになることを願ったりもした。かなり遅い部類に入るとはだとは思うけど、あぁ、これが恋ってやつなんだと、ぼんやりと意識したのを覚えている。

 一方で真優はどうかと言うと、同じ様に思ってくれている、と僕は図々しいくも勝手に思っている。少なくても嫌っている相手とふたりだけで遊びに行ったり、毎年バレンタインのチョコをくれたりはしないと思う。こういうことを相川やマモルに言うと、また色々言われそうだから絶対言わないけど。

 ただ真優は誰とでも仲良く話すし、バレンタインのチョコだって義理の可能性は捨てきれないので、そこがまた何とも言えない所ではあるのだけれど……。

 高校に入ってから真優は一段と可愛くなったと思う。綺麗になったと言う方が正しいかもしれない。僕のひいき目では決してない。その証拠に高校で真優の事が好きという男子の噂をチラホラと聞くし、中には僕と真優が付き合っているのかどうか、直接僕に確認してくる輩もいる始末だ。

 さすがにこんな状況で真優の事を放っておいたら、どこかの馬の骨に連れ去られてしまいそうで心配なのだけど、僕は、真優との今の関係を変えるつもりは無かった。




「……はい?」

 相手の言っていることが良くわからず、僕は思わずそんな素っ頓狂な声を上げていた。

 1時間以上待たされてから、僕と母は応接室のような場所に通された。こんな場所があるなんて知らなかったが、何か特別感があり、ここに通された僕は少し偉くなったような気さえしてくる。

 その場所で、目の前の相手が、静かに僕に向かって語り始める。その内容は、僕がまるで想像もしていなかったことだったので、言っている言葉の意味が、僕のポンコツ脳みそには理解できなかった。

 そんなおバカな僕に、相手は感情を害することも無く、先ほどより丁寧に説明をしてくれた。

「こちらが先日撮った頭部CTとMRIの画像になります。この印をつけた所が腫瘍になります。他の検査と合わせて診断した結果から、グレード3の状態と思われます」

 お医者さんからの2度目の説明で、僕はなんとなく自分の身体に起こっている事がわかり始めてきた。

「……えっと、つまり……、頭の中に癌があるってことですか?」

「そうです」

「……そっか」

 感情をこめずに淡々とお医者さんが伝えてくれたおかげで、僕は比較的冷静に事実を受け止めることが出来た。

 でも、癌かぁ。まさか頭に癌が出来るなんて考えてもいなかった。まいったね、こりゃ。

「そ、それで、息子は治るんですよね? グレード3ってどれくらい悪いのですか?」

 隣の母さんがお医者さんに詰め寄る。うん、僕もそれを聞いてみたかった。

「脳腫瘍はグレード1から4まであり、4が一番悪い状態になります。信也君の場合はグレード3なので、最悪ではないですが、決して楽観できる状態ではありません」

「そんな!」

 え、マジ? そうなの? 頭痛いとか吐き気とかはたまにあるけど、そんな悪いとは思わなかった。

「……これはあくまでも平均的な話にはなりますが……」

 ここで初めてお医者さんが言い淀む。嫌な予感しかしない。

「……摘出手術や化学療法による治療を行えば、平均で3年間は生存できると言われています」


 その後もお医者さんは色々と説明をしてくれたが、覚えているのは、高級そうなソファの座り心地がとても良かった事と、母さんが僕に気づかれないように、嗚咽を堪えようとしていたけど、それがあまりうまく出来ていなかったという事だけだった。




 それが今からひと月ほど前の話。

 家に帰ってから、色々と考えてはみたけれど、実感もわかなければ、考えも纏まらなかった。考えても仕方がないので、まずは学校に通いながら、治療を受けることにした。

 でも時折、急に怖くなった。先の事を考えるとどうしようもなく怖くなり、不安になった。そんな時は決まって真優に会いたくなった。会って、真優の笑顔を見たくなった。

 だから今日、駅で待ち伏せなんて姑息な真似をしてしまった。

「……そう言えば信也、頭痛いって言っていたの治った? 昨日も学校を休んでたみたいだけど……?」

「え? あ、あぁ、もう全然平気! ほい、このとーり!」

 真優の突然のスルドイ突っ込みに、僕は少し慌てる。咄嗟に真優に向かってガッツポーズなんてしちゃったりしている。

「なにそれ? 昭和のニオイ―! ふふっ」

 そう言って真優は優しく微笑む。

 そう、僕はそんな顔を見たかったんだ。

 本当はそんな君の笑顔を、僕はずっと見続けていたかった。

 ……あ、マズい、鼻の奥が勝手にツンとしてきた。

「……め、目にゴミが入った」

 真優に気づかれないように僕は急いで目を擦った。

 怪訝そうに真優は僕の顔をしばらく見ていたが、そのうち興味をなくして別の話をし始めた。


 僕が真優といつまで一緒にいられるかはわからないけれど、一緒にいられるうちはいつも真優の笑顔を見ていたい。

 そして僕がいなくなった後も、真優にはずっと笑っていて欲しいから……。

 僕の事なんてさっさと忘れて、笑顔のままの真優でいて欲しいから……。

 だから僕は、好きだなんて絶対に言わない。

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