第5話

 あくる日、学校からの帰り道。紺はスーパーの買い物袋を片手に傘を差して歩いていた。


 最近は雨の日が多い。春雨というやつだろうか?


 そんなことを考えながらひなたのアパートに向かっていた。


 ひなたのアパートの階段を登っていくと紺は異変に気が付いた。


「ひ、ひなたさん!?」


 紺はひなたが血まみれで二階の廊下に倒れていたのを見て慌てて駆け寄った。


「…う…」


 ひなたがうめき声をあげ、紺は泣きたくなるほど安堵した。


「こんなに血が…!それに身体も冷たくなってる…!」


 懐から急いでスマートフォンを取り出したが手が震えて上手く操作できない。そんな自分に苛立ちが込み上げる。


 救急車にダイヤルをしかかってふと、紺は指を止めた。勘としか言いようがなかった。だが紺は咄嗟に母の番号にダイヤルをかけた。


「お母さん…!早く…早く迎えに来て!」


 だが、何度かけても電話は繋がらなかった。


「どうして…どうしてつながらないの…!?」


 紺は諦めて一先ずひなたの血まみれの身体を担ぎ上げてアパートの部屋の中に押し込もうとした。


 担ぎ上げようとして触れた手に熱い粘性の血液の感触を感じた。大量の出血。心配の余りに目から涙が出た。


「これ以上関わるなと言ったでしょう…聞き分けのない娘だ…余程死にたいのですね?」


 玄関の方から声がしてそちらを向くと、いつの間に入ったのか、玄関には着物姿の十慈じゅうじが立っていた。険のある表情でこちらを睨んでいる。手には札が構えられていた。


「…ひ、ひなたさんが死んじゃいそうなんです!お願いです…!助けて…ください…!」


 数舜睨み合った後、十慈は嘆息と共に殺気を消した。


「わかりました…私も殺しは好みません…それにあなたを殺して神崎ひなたを敵に回すことが得策とは今は到底言い難い…神崎ひなたを蘇生させることを優先しましょう」


 十慈が懐から別の札を取り出しそれをひなたの額にかざし、何かを呟くと、神崎ひなたの顔色がすっと良くなるのが分かった。


「あとは止血をすれば問題ない」


「あ、ありがとうございます…!!」


 安堵から紺の目から再度涙が零れた。


「…用が済んだならさっさとお行きなさい」


 冷酷に言い放つ十慈に紺は反駁した。


「…嫌です!」


 十慈は大きくため息を吐いてから静かに言った。


「…あなた…覚悟はおありですか?」


「覚……悟……?」


 十慈の眼差しからは不思議と紺の駄々に対する苛立ちは微塵も感じられず、ひたすら静かだった。


「…神崎ひなたにまつわるあらゆる事物を引き受ける覚悟のことです。…これをあなたに聞かせたとなると私自身にも危険が及ぶ…そしてそれはあなた自身も同様です…その覚悟が…あなたにはおありですか?」


 紺はしばらくの間を置いたのち、静かに頷いた。それを見て十慈は神妙な表情を崩さず続けた。


「神崎家とは元々天皇家の護衛をその生業としてきた家系です…そして藤原一族の玉様は天皇家と神崎家の橋渡しが主な任務…そして私はそんな玉様を助勢することを任務とされております…」


「て、天皇家の護衛…?」


 紺は余りの展開の性急さについていけなかった。そんな紺の様子を見て取ったのか十慈は少し嘲るような笑みを口持ちに浮かべ言った。


「わかりますか?神崎ひなたは今日も刀をその手に反天皇派の政府軍と血で血を洗う抗争を繰り広げているのですよ…一般人であるあなたとは余りにも住む世界が違いすぎる」


「そんなこと…」


 紺の戸惑いを無視するように十慈は続けた。


「それに…我々が危惧しているのはあなたのことだけではありません…あなたが神崎ひなたにとっての唯一の弱みに成り得るということです」


「ひなたさんにとっての…弱み…?」


「神崎ひなたがあなたのことを憎からず想っていることは私達にとっても自明のことですが…」


「へああっ!?」


 紺は場違いな声を出してしまったことに赤面する様子を十慈は若干生暖かい面持ちで眺めつつ咳払いをした。


「…とにかく…私達天皇家側に立つ人間がどれだけ切羽詰まっているか。昨今の戦況についてはあなたもおわかりでしょう。我々天皇家側の命運は神崎ひなたの双肩にかかっているといっても過言ではないのです」


 そこまで言うと十慈は立ち上がった。そしてそんな十慈に戸惑いから紺は縋るような視線を向けた。


「…改めて覚悟を問う様な真似は致しません…もう賽は投げられてしまったのですから…それを是としたのは他ならぬあなたです…それでは…」

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