第3話

「以上が…昨夜の襲撃の報告です」


「ふうん、それで?」


「………」


「あ、それでおわり?…んふっ」


 和田島イサキは第一番隊隊長の報告を鼻で笑ったあと“へえー”“ふーん”と聞こえよがしに、詰るように繰り返していた。


 各種の最新鋭の情報機器から這うように黒々とした配線が張り巡らされた指令室には天皇を弑するために結集された神殺隊しんさつたいの隊長六人が並んでいた。そしてその六人の前に座するのは、一人の少女だった。


「…神殺隊しんさつたいの六隊あるうちの第一番隊が一夜の内に死傷者多数でほぼ壊滅、原因は不明、撮れた敵影はただの一枚だけで警察庁の顔認証データベースにも未だ引っかからず仕舞い。そんなつまらない報告をぼくが聞きたいだなんてどうして思えるのかなあ?」


「申し訳ッ…ございませんッ!」


 和田島イサキ。和田島総一郎の秘蔵の娘。要は隠し子だ。


 流れるような銀髪。浮世離れしたその美貌は遊郭の天魔の麗人と呼ばれた母から受け継いだものと専ら噂されていた。


「戦局は9割がた政府側の優勢…天皇側の戦力も今や風前の灯火…勝利は最早我らの手中にあり!なんて息巻いていたのはきみたちだよね?人違いだっけ?」


 傍らの苺のパルフェをスプーンで一掬いすると口元に運んだ。甘味にイサキの頬が緩む。


 どう見ても可憐な女子高生だが、並み居る猛者揃いの神殺隊からすれば気まぐれな大悪魔にしか見えない。


「…別にきみたちを責めようなんてつもりは微塵もないよ、でも…」


 ぐしゃり。


 イサキがスプーンをパルフェの真ん中に突き立てるとシリアルが無残に砕ける音が響き、男たちは背筋を凍らせた。


「あんまりぼくを“退屈”させないでくれないかな?」


 “退屈”。その単語は瞬間で神殺隊を震え上がらせた。“退屈”と“和田島イサキ”。この二つは絶対に邂逅させてはならない組み合わせであるのだ。


「土下座くらいしてくれたっていいんだよ?だって大の大人が10代そこそこの娘に無様に土下座して涙を零して許しを請う姿…そんな脳汁出ちゃいそうな素敵なエンターテインメント、誰だって見たくないなんていったらうそになるよね?」


「申し訳…ございません」


 一番隊隊長が蒼白な表情でゆっくりと皆の前で土下座をしてみせた。


 これだけで終わるのか…?そんな安堵にも戸惑いにも似た空気が広がる中、それを無慈悲にも叩き潰す一言が和田島イサキの可憐な口元から紡ぎ出された。


「分かってないなあ…ぼくがそんな普通の土下座で気が済むと思ってるの?全然だめ、なってないよ」


 イサキは短い嘆息を挟むと氷のように冷たく言い放った。


「袴と褌を脱いで大きく足を広げて無様な“裏土下座”をするんだよ…そっちに頭を向けて…そうそう」


 一番隊隊長は震える手で袴を脱ぎ、イサキに言われた通り、イサキに恥部が丸見えとなるように“裏土下座”をしてみせた。


 高らかな哄笑と連続するスマートフォンのシャッター音が間に響いた。イサキの顔に覗くのは常軌を逸した愉悦と享楽。


 余りにも無残な一番隊隊長のその姿を見、伍長ヒロマルは冷や汗交じりに独り言ちた。


 なんと混じりけのない純粋な”悪意”…人としてのタガが明らかに外れている…


 だが…と同時にヒロマルは思う。


 そのような精神性であるからこそ天皇家を滅ぼすなどという天に唾を吐きかけるような所業を完遂できるのだろう、と。

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