第8話 第1次ズーダン内戦

 多くのことを中途半端に知るよりは何も知らないほうがいい。他人の見解に便乗して賢者になるくらいなら、むしろ自力だけに頼る愚者であるほうがましだ。


     フリードリヒ・ニーチェ 「ツァラトゥストラかく語りき」の中の一説


 

「もう一度聞けせてもらってもよろしいですかな」

 聞いたことが信じられない。そういった感情もかくしもせず、その黒人の男性、イスマール・アリ・アズハリは、訪れていた連合王国の外交官とエジプントの外交官に尋ねる。外交交渉の場では信じられないような言葉である。


「我々はあなた方、ズーダン共和国の完全な独立を認めます。自治領扱いではありません。その代わりと言っては何ですが、南部の戦闘行為には何ら関与いたしません」


 長年マウン党を率いて独立を目指していたイスマールは去年自治政府を発足し、自治政府の大統領となったばかりであった。これからも長い戦いが待っている。そう覚悟していた。そうした中起こったのが南部の非イスラムを中心とする分離運動だ。と言っても、デモ隊に警察隊が発砲したことが発端であり、そこまで大きな戦闘行為に発展するとは思えなかった。ハッキリ言って交換条件とも呼べないような破格の条件である。


「勿論ですとも。ズーダン内部のもめごとはズーダン内部で解決します。あなた方の国を煩わせることはありませんとも」


 元々南部の反乱は自力で解決するつもりでいた。寧ろこれを口実に再び植民地化されるかもしれないと危惧をしてたぐらいだ。

 だが、予想に反し、その言葉を聞いた2人の外交官、特に連合王国の外交官は安堵して居るように見えた。


「では、我々はこれで。ああ、一つ言い忘れた事が、連邦との関係を結ぼうとされてるようですな。我々が援助出来ない以上他国に助力を求めるのは自然な事。我々は邪魔は致しません。ただ、我々を敵だと思わないで頂きたい」


 何処で知ったかは分からないが、連合王国は、自分が連合王国に対抗するために、連邦と繋がろうとしているのを既に知っているようだった。

 そうでありながら、ご自由にと言っているのだ。イスマールは夢でも見ているのかと思い、密かに太ももをつねったが、夢でないと分かると神に感謝した。



 外交官がエジプントの首都タイロの空港に着くと、共に何処にでも居る、すれ違った途端に存在すら忘れそうな2人の男性が出迎える。

 4人はそのまま、車に乗り大統領官邸へと進み、VIPルームに入っていく。


 VIPルームに入るや否や、エジプントの外交官が僅かに声を荒げて、空港に来ていた2人の男に詰め寄る。

「Mr.ジョン・ドゥ、サー・ジョンソン、南部の反乱にT/Dが関わっていると言うのは確かなのでしょうな?」


「正確に言えば、関わっているのではなく、これから関わるのですよ。アズラエル国がザラマンダーエアサービスに、ズーダン南部のキリスト教徒に対するゲリラ教育を依頼しました。彼女の育てた部下がズーダンの南に将来配属されるのです。それも彼女の実績からすれば1年以内に。閣下は昔砂漠で交戦した経験がおありと聞いていますが、再戦するおつもりですか?」


 ジョン・ドウの言葉に、エジプントの外交官はあの時の恐怖が浮かび上がる。次々に打ち込まれる爆裂術式、指揮官を確実に殺す貫通術式、千切れた手を持っていさまよう仲間たち、そしてそれをあざ笑うまるで無邪気な子供のような甲高い声・・・。自分は圧倒的な暴力の前に、唯々震えていただけだった。

 落ち着こうと葉巻に手を伸ばしたが、微妙に震えてマッチに火がつかない。すると横から、火のついたマッチが差し出され、葉巻に火が付く。深く葉巻の煙を肺の中に吸い込み充満させる。まるで恐怖を追い出すように。


 横を見ると連合王国の外交官は落ち着いた様子で、すでに葉巻を吸っていた。


「私を臆病者と思われますかな?」


 よりにもよって、この3人の前で失態を見せてしまった。エジプントの外交官は自嘲気味に笑い尋ねる。

 だが、予想外なことに3人はある種の畏敬の念をもって自分を見ている。


「とんでもない。我々はT/Dに対する共通の認識を持っていると感じて、こうして共同で行動したのですよ。もし私が閣下のように直接相対していたとしたら、今の閣下のような行動が取れたとは思えませんな。ちなみに、Mr.ジョン・ドウ、サー・ジョンソン共、ベジタリアンに転向しているぐらいですよ」


 そう言って、連合王区の外交官は2人の方を見るように促す。言われてみれば最初にあったころより随分と痩せているように見える。


「まあ、兎も角事態は我々の手を無事離れたのです。それも感謝されながら。後はイスマール大統領と連邦の健闘を祈ろうじゃないですか」


 少なくとも、敵が居る限り自分たちにT/Dの銃口が向く事は無いのだから、と連合王国の外交官は心の中で付け加えた。



 周辺をすべて敵国に囲まれた独立間もない小さな国、アズラエル国。敵国に囲まれてるがゆえに、軍備増強には積極的だった。その中でもエリート中のエリートと言われる部隊サレット・マトカルに自分は所属していた。

 今回の標的は1年ほど訓練しただけのアフリカの黒人部隊。最初はふざけているのかと思った。しかし上からの命令は至極真面目なもの。勝か負けるかではなく、どれ位の時間で殲滅できるかが、賭けになったぐらいだ。

 だが始まってみれば、戦闘は一方的だった。


「ガンマよりアルファへ指示を願う」


 物陰に隠れ、リーダの指示を仰ぐ、応答はない。自分の小隊で生き残っているのは自分だけだ、他に生き残りがいないか、必死に無線で呼びかける。

 ふと、胸に痛みを覚えると、丁度心臓のあたりから、赤い液体がしみだしていた。


「訓練終了。間抜けな死体共は立ってよし」


 そう教官が言うと、模擬弾で死亡判定された兵士が起き上がる。殆どがサレット・マトカルだ。


「如何でしたでしょうか。少々被害は出ましたが、許容範囲内であると思いますが」


 乾いた風に、銀髪をたなびかせた、美貌の若い女性が言う。相手はサレット・マトカルの指揮官だ。

 指揮官は自分の育て上げた精鋭がなすすべもなく、全滅するのを見て唖然としていた。


「被害は、武装の強化で補えます。それに相手の武器はコミー製です。貴国程の性能はありません」


 沈黙を、不満と受け取ったのか、女性は更にアピールをしてくる。一体何を作る気だ!指揮官はもうやめてくれと悲鳴を上げたい気分だった。


「いや、もう十分だ。予想以上の仕上がりだったので、少々驚いていたのだ。ティクレティウスCEO。契約金は満額支払わせてもらうよ」


 自分の指揮官としてのアイデンティティが粉々にされた指揮官は、そう言うのがやっとだった。帝国が、そして合衆国や連合王国が劇物扱いしたのが良く分かる。もう自分は指揮官ではいられまい。決して折れてはいけない心が、ぽっきりと折れてしまったのだ。後任には、事実に耐えられるものを据えなければならない。そんなものが果たしているだろうか、そう思う指揮官は10歳以上も一気に歳を取ったように見えた。

 

 ズーダンは次の年の1月1日に正式に独立を宣言する。イスマールは初代大統領となった。しかし7月には軍事クーデターにより失脚、軍事政権は南部の反乱を武力によって沈静化しようとした。表面的にはコミーによる援助を受け、圧倒的な武力の格差がありながら、しかしそれはなされることはなく、軍事政権は終わりを迎えるのである。裏にはアズラエル国で特殊訓練を施されたゲリラ兵の活躍があったという。


 軍事政権が終わった後も泥沼の戦いは続き、ズーダンは豊かな地下資源を有しながら、貧しい国家から抜け出せないままでいる。

 イスマールは幸せな事にこの事実を知る前に病死した。


後書き


 いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。

 また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。

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