第2話「かなり不味い事態だなぁ、こりゃあ。」

 警察学校三百三十六期生──城田マコは、目を覚ますと見知らぬ建物の中に居た。

「ここは……」

 マコはまだボーッとしている頭を振るい、自分がおかれている状況を把握しようとキョロキョロと辺りを見回した。

 マコと同様に、部屋の中には気絶している同期の生徒たちの姿があった。彼らも徐々に意識を取り戻し、体を起こしていく。

 その中でも、金縁眼鏡を掛けた白髪混じりの男性にマコの注目が向く。

 途端にマコの表情は明るくなり、急いでその男性の元へと駆け寄った。


「お疲れ様です、足達教官!」

 男性の目の前まで行くと、マコは背筋を伸ばして敬礼をした。

 ところが、足達もまだ意識はハッキリしていないようだ。その瞳はどことなく虚ろで、輝きがない。

 しかし、次第に焦点が合っていき──目の前に居るマコのことを、認識してくれたようだ。

「あ……ああ、城田君か。君もここに……?」

「はい。目が覚めたらなぜだか此処におりました。あの……此処は、どこなんでしょうかね?」

 もしかしたらマコが知らないだけで、校舎内にあるどこかの教室なのかもしれない。

 起床時間に寝過ごして、寝ている間に運ばれて来た──などということもあるかもしれない。足達が事情を知っているかもしれないと、一応マコは尋ねてみた。

──案の定、足達にも心当たりがないらしく首を横に振るってみせた。

「いや、私にも分からぬさ。気を失ってしまって、今気が付いたところだからね……」

 足達はそこまで言うと「うぅっ……」と呻いて蹲ってしまう。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……どうやら頭を殴られたみたいだ。……ズキズキと痛むよ」

 足達は痛みに顔を歪めていた。

──殴られた?

 考えられるとすれば、誰かに此処に連れて来られる前に一撃食らわされたということだ。犯人と奮闘し、大人しくさせられたのだろう。

 そう考えると、マコは随分と丁重に扱われたらしい。頭がボーッとするものの、痛むところはどこにもない。ただ自室で寝ていただけだから、抵抗するも何もなかった。

「ということは……」

 足達は犯人の顔を見ているのではないだろうか。

 尋ねるより先に、足達は首を振るった。

「いや、すまない。誰にやられたか、見てはいないんだ。というより……」

 足達はそこで言葉を切ると、不思議そうに顔を傾げた。

「覚えていない、と言った方がいいだろう。此処に来る前に何をしていたか、どうしても思い出せないのだよ」

「思い出せない……?」

 足達が言うのなら、そうなのだろう。それ以上、突っ込んでも仕方がないのでマコは溜め息を吐いたものだ。


「まぁ、此処に居ても仕方ありません。早く出ましょう」

 マコはそう言いながら、部屋にある唯一の扉に近付いた。──が。

「あれ……?」

 扉があれど、そこにはドアノブがなかった。

 確かにそこにはドアがあったが、ドアノブがなければ開けることができない。

「どうなってるのよ……」

 不審に思いながらマコは扉をドンドン叩いた。押してみるが、ビクともしない。

 完全にこの部屋の中に閉じ込められてしまっているようだ。

 マコは足達の顔を見る。

「で……出れません……」

 絶句するマコの顔を見て、足達は苦笑いを浮かべた。


「ん……? だとすると、まさか……」

 ふと足達は何かに気付いて、自身の懐を弄った。

「無線や携帯電話はないようだな。手帳や拳銃も……奪われたか……」

 それに倣ってマコも制服のポケットを探ってみた。入学当初に支給された備品──肌見放さず持っていたが、どうやら没収されたようである。

 これは始末書どころの騒ぎではない。

 拳銃をトイレに置き忘れた警察官が大々的にニュースで取り上げられたこともあるのだから、警察備品をまるごと一式奪われたとあってはどれ程世間から叩かれるか分かったものではない。

 報道陣からマイクを突き付けられ、酷く責め立てられる自分の姿が頭に浮かんでマコの顔から血の気が引いたものである。

「あれ……?」

 ──というか、そもそもマコはどうして制服を着ているのだろうか。彼女の記憶では自室のベッドにパジャマで寝転がったのが最後である。

 足達が『思い出せない』と言っていたが、それと同じ現象がマコの身にも起こっているのかもしれない。



「かなり不味い事態だなぁ、こりゃあ。懲戒免職どころじゃ済まないぞ」

 足達が神妙な顔付きになっている。それ程に深刻な状況であった。


「君たちはどうだね?」

 足達は部屋の中に居る他の面々にも声を掛けた。

 同期生たちは離れたところに居たが聞き耳だけは立てていたようだ。足達に尋ねられ、衣服を調べ始めた。

「自分たちも……何も持っておりませんね……」

「そうか……」

 返ってきた答えに足達は残念そうな顔になる。せめて携帯電話でもあれば、外部に助けを求めることが出来るのだが──。


「集団で警察官がおねんねさせられて備品を奪われたとあっちゃ、面子も立たない。上から何を言われるかも分からんね」

 足達の言葉を深刻に受け止め、同期生たちも顔を伏せている。


「……あ、あれ?」

 ふと部屋の隅っこに顔を向けたマコは、そこに何やら物体が落ちていることに気が付いた。

 近付いてみると、それは無線機のようであった。

「え、あれ……? 足達教官。無線機ならありましたけれど……」

「なんだと!?」

 足達は瞳を輝かせ、慌ててマコへと駆け寄った。

「すぐに連絡を入れてくれ!」

 足達に指示を出され、マコは「はい!」と思わず声を上げてしまう。

──しかし、改めて無線機を見詰めて動きが止まってしまう。そのまま話しかければ良いのか、あるいはどこかボタンを押せば良いのか──まともに扱った覚えもなく、動きが止まってしまった。

「あ、あの……どうやってるんでしたっけ?」

 足達が呆れた顔になり、頭を抱える。

「もういい。私が連絡を取ってみるから貸しなさい」

「すみません……」

 差し出された足達の手に、マコは無線機を乗せたのだった。

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