異世界ハーレムキング・偽典 ―異世界転生したけれど、世界を救う為にはモテまくらないといけないらしい―

枢ノレ

プロローグ

 気がつくと、俺は暗闇の中にいた。いや、暗闇じゃない――何も見えないのではなく、目に映るものが何もないといった感じだ。


 なんだ、ここは? 俺は一日の授業を終え、帰路についていたはずだが……?


「八千代ナルミ」


 不意に名前を呼ばれ、慌てて辺りを見回す。するといつからそこにいたのか、何もない空間にただ一人、美しい女性が佇んでいた。身に纏うものは肌が透けて見えるような薄絹で、なにやら背中にふわふわと浮かぶ羽衣。目鼻が整った顔はエキゾチックで、子供のころに昔話でみた天女を連想させた。


 その非現実的な光景に直感する。ああ、俺は死んでしまったのだな、と。


 その天女が口を開く。


「鳴海――八千代ナルミ。十七才。男子高校生。間違いありませんね?」


 彼女が俺のプロフィールを口にしても、驚きはなかった。頷くと彼女は俺を慈しむような目で見つめ――そして思った通りの言葉を口にした。


「ナルミ――残念ながらあなたは死んでしまいました」


 この人が閻魔様なのだろうか。なんとなくひげ面の大男をイメージしていた。


「……驚いていませんね?」


「この不思議な光景で、なんとなくそうかなって。あなたが閻魔様?」


 女性に尋ねると、彼女は首を横に振り――


「私はアトラ。運命神アトラ。あなたに運命を告げるため、貴方の魂をここへ」


 アトラ――聞いた事のない神様だ。


「えっと、俺の死因ってなんなんですかね。俺、普通に下校してたと思うんですけど」


 そのアトラと名乗った女性の神々しさに圧されたわけでもないが、敬語で聞いてみる。


「あなたは下校中、信号待ちをしている最中に車道へ倒れてしまったご老人を助けようとし、脇見運転をしていた自動車にはねられてしまいました」


「……はあ、そうすか」


 子供や美少女を庇って、じゃないところがいかにも俺らしい。


「で、そのご老人は?」


「倒れた理由は持病の発作です。あなたの献身により、ご老人は自動車に轢かれませんでした。倒れたのであなたといっしょに病院に搬送されましたが――倒れた時に手足はすりむいたようですが、病院での処置もあって命に別状はありません。あなたにとても感謝していましたよ」


「そうですか」


 それはよかった。助けて悪態をつかれたんじゃたまらない。


「……それだけに、惜しい」


「惜しい?」


 尋ねると、アトラさん――様? は頷いて、


「私はあなたをずっと見ていました。不器用で女性が苦手なようですが、その性質は善性。下校中に見つけた捨て猫を飼えないという理由で一端は素通りするものの、気になってあとから様子を見に行き、飼い主になってくれる人を探す――困っているものを見過ごせない、そんなあなたが人の輪廻から外れてしまうなんて」


 輪廻。聞き覚えのある言葉――というか今時ラノベやアニメなんかじゃ割とベタな設定だし、界隈じゃ知っていて普通な印象の単語だ。元は宗教用語だったか?


 しかし人の輪廻とは?


「……あなたは妻を娶り、子をなすことができませんでした。故に次の生まれ変わりは人ではなく植物です。植物から昆虫、動物と輪廻を重ね、いずれまた人として生まれるまで幾千年の月日を要するか」


「なにそれハードル高くない? 子供作れなかったら木からやり直すの?」


 思わず声が出る。アトラ様は悲しげに首を振った。


「最初は苔です。次は草花。木はその後」


「苔はきつい」


 きつい。この分だと植物卒業したらミジンコとかゾウリムシとかもしらん。


「ご老人を助けるために命をかけるようなあなたが何千年も人類から失われてしまうのはとても悲しいです。ですので私の一存であなたに転生のチャンスを与えたいと思います」


「チャンス?」


「はい。あなたには私が管轄する別の世界で人生の続きをしてもらいます。そこで」


「そこで人生を全うすれば、人に生まれ変われると?」


「はい。子をなすか――あるいはそれに見合う徳を積んでください」


「徳」


「ええ――人類の繁栄に繋がるような貢献をしていただければ」


 アトラ様が頷く。なるほど。


「ハードル高すぎませんか? 俺は女性が苦手で家族以外の女子としゃべったことなんてほとんどないんですよ? 子供を作れとは」


 自分で言うのもなんだが、俺はあまり女性が得意ではなく、積極的に話しかけることができないタイプだ。高校に入ってから周りの女子はどんどん大人っぽく綺麗になって、緊張も加速度的に増加した。


 去年一年間で女子と会話したのは一度きり。教科書を忘れたらしい隣席の子が教師に音読を指示されたときの「よかったら俺の教科書、使って」「ありがとう」の一回だけ。


 人類貢献はいわずもがな、子供を作るも俺にとっては同等以上に難しい。結婚どころか、満足にコミュニケーションをとれるようになる未来さえ見えない。


 そのうえ俺は生まれつき異常に目つきが悪い。悪人面。どのくらいかと言えば、女子はおろか男子や教師陣まで怖がって俺に近づかないほどだ。女性が苦手で顔が怖い。非モテになるべくしてなったのがこの俺である。


 いや、どちらかというと俺が女性を苦手なのではなく、女性の方が俺を苦手としているのかもしれない……なんせ俺は苦手だとしても女子が好きだが、女子の方はそうでもないようで避けられているからな。


 抗議する俺に、アトラ様は大仰に、


「では、ナルミにとって私は女人ではない、と」


 言われて、はっと気づく。アトラ様ははっきりと美人だ。そんな女性を目の前にして、俺は緊張どころか言いたい事を言えている。


 アトラ様はにっこりと微笑んだ。


「あなたの緊張は、あなたの恐怖心です。怖がられるかも知れない、受け入れられないかも知れない――その恐怖の現れです。私はあなたを知っています。私はあなたが怖くない。ナルミ――乗り越えてください。あなたにはきっとそれができますから」


「アトラ様――」


「さあ、行くのです、ナルミ。あなたが異界の地で人生を全うするのを見守っていますよ」


 そう言ってアトラ様はすっと手を振った。途端、自分の意識が希薄になっていくような――そんな気がした。これこのまま異世界転生するやつか?


「ちょっと待ってくれ、アトラ様――普通異世界転生とかってチート能力とかチートアイテムとかで愉快な楽勝無双ゲーみたいなアレじゃないの?」


 ぎりぎりのところで告げる。視界も定かでなくなってアトラ様の姿も確認できないが――それでも彼女の声だけは聞こえた。


「安心なさい、ナルミ。あなたに似合う素敵な能力を授けました。目が覚めると、セシリアという女性が近くにいるはずです。私の敬虔な信者です。彼女ならきっとあなたの力になってくれるでしょう。彼女を頼り、彼の地に慣れてください」


 その素敵な能力とは――と尋ねることはできなかった。俺の意識はすでにだいぶ遠くなっていて――

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