短編集

@kakotsu

第1話 コートのポケットの内側に住みたい

「コートのポケットの内側に住みたい」

と言ったら、

「誰の?」

と聞かれた。

自分以外のコートのポケットの内側なんて考えたこともなかった。

「自分以外のコートのポケットの内側、触ったことあるの?」

「あるよ」

缶のコーンスープのコーンの粒を残さず飲むためにくるくる回しながら、ましゅ子は言う。

「男の子と手をつなぐときとか」

「ポケットの中で手をつなぐの?」

そうだよ、手をつないで、それからポケットに入れるの。あったかいでしょ。

とましゅ子。

「れのはないの?誰かのポケットの中触ったこと」

「ない……」

私がコートのポケットの内側に住みたい、と言ったのは、自分のコートのポケットの内側の感触が好きだからだ。

ツルツルして、柔らかくて、本物を触ったことはないけど絹のようだ。

この感触が好きで油断するとつい指先でなでてしまう。薄い生地なので、あまりなでるとそこだけ穴が開いてしまうので、気を付けている。

あのツルツルの生地でできた、自分が頭の先からつま先まですっぽり収まる大きさのポケットに住みたい。

横になると、ポケットの外側、コートの内側にいる自分の体温であたためられて心地よい。

「自分のポケットに自分で入ったら、そのコートを着てるのは自分じゃなくない?」

「まあそうなんだけど」

水を差されて口ごもる。

私の顔を見てましゅ子は小さく笑うと、私の手を取って自分のポケットに入れた。

「私のポケットに住めば?」

「そうだね」

私もうなずいて、ましゅ子のポケットの内側をなでた。ツルツル。

(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る