42 禁忌破りの最狂魔工士

 領主の息子、ルガーは呆然と立ち尽くしていた。

 魔法講師のディオレスは、黒獣という圧倒的な力を前に逃げていた。

 足を撃たれたドドイドは痛みでそれどころではなかった。

 そして領主は、負けを認めた。


「分かった……認めよう。全ては私の責任だ! だから、早くモンスターを倒してみせろ! 倒せるものならな!」


「その言葉、確かに聞いたぞ。おい、ルガー。お前も聞いたな」


 ルガーはぷるぷると体を震わせ、黙ったまま敵意の目をアルヴィに向ける。


「…………」


「俺はお前に聞いているんだ。悪徳領主の馬鹿息子のルガー!!」


「ああ、聞いたよ! 間違いなくな!!」


「いいだろう。俺を敵に回すとこうなる。次からは気をつけることだな」


「だが……お前に倒せるのか。ブラッククロウは、百人を超えるギルドだ。それを全滅させるようなモンスターを、たった一人で倒せるのか」


「問題ない。全ては予測の範囲内だ」


 クロエがシーファの説得に成功することも。

 ミハイロが人々を避難させることも。

 領主が罪を認め、異端審問が帳消しになることも。

 そして、この広場にミハイロが兵器を運んでくることも。

 全てはアルヴィの計算通りだったのだ。


「おーい、アルヴィ!! 持って来たぞ!!」


 ミハイロが広場の向こう側から、必死の形相でやってきた。

 荷車の上には新たな武器が搭載されていた。


「友よ、よくやってくれた。今行くぞ!」


 去り際にアルヴィは領主に告げた。


「一つ訂正しておこう。俺はたった一人であの魔物を倒す訳ではない。武器を運んだのはミハイロ。金属部品の加工を手伝ってくれたのは武器屋のゴードン、農場主のボダムは他の小作人に呼びかけて、薬莢に魔石を詰める手伝いをしてくれた。お前の領民が、この地を守るのだ」


「…………!!」


 領主アーバムは、何かに打たれたような顔になる。

 本当の意味で己の罪に気付いたのだろう。

 しかし事態はアーバムの懺悔や後悔とは関係なく進む。

 領主アーバムが「我が領土」「我が庭園」などと誇っていた町並みが蹂躙される。

 圧倒的な暴力が街を飲み込み、そしてアルヴィ達が立つ広場にまで到達する。

 クロエの姿が見えた。

 黒獣を先導し、この広場までやってきたのだ。

 一応、怪我はなさそうだとアルヴィは安堵する。


「アルヴィ、まだなのですか!? 何度危ない場面があったことか……失敗したら承知しませんよ!」


「いいや、ちょうど良いタイミングだ。全ては、計画どおりだ――」


 アルヴィはミハイロに駆け寄ると同時に、荷車の紐をほどいた。

 ミハイロは自ら運んで来た兵器の全貌を見て、嘆息する。


「さあ友よ、俺の最新兵器のお披露目といこうか」


「で、でかい……何だか分からんが、とにかくすごそうな武器だ……!!」


「魔導対物銃といったところか。あのモンスターの装甲を破るには、相応の質量を持つ銃弾が必要だ。だが単に銃弾に詰める魔石を増やすだけでは駄目だ。発射される銃弾のエネルギーを十分に受け取るために、銃口をより巨大化させる必要があった。その他にも給弾のメカニズムについては――――」


『ガアアアアアア――――!!』


 アルヴィのセリフを遮るような咆哮。

 黒獣は複眼をせわしなく蠢かし、アルヴィを敵と認める。

 そして広場の石畳をまき散らしながら突進してきた。


「……まったく、俺が気持ちよく話している時に。不粋な獣め」


「う、うわあああ!! こっちに来るぞ!」


 ルガーが腰を抜かし、動けなくなる。


「ア、アルヴィ! 速くしてくれ!」


 ミハイロが必死に叫ぶ。


「二人とも、落ち着け。まだ時間はあるだろう。十秒ほどだがな」


 アルヴィは流れるような動作で銃の台座を広げ、地面に固定する。

 弾薬ベルトをセットし、安全装置を外す。

 黒獣に照準を合わせた。

 引き金を引く。

 そして――この世界に存在するはずのない、異形の重量武器が火を噴いた。

 轟音。

 マズルフラッシュ。

 分速五百発の銃弾の雨が黒獣に降り注いだ。

 銃弾は脚の関節を穿つ。一本、また一本と破壊されていく。

 モンスターの動きが鈍る。

 アルヴィは引き金を戻さない。

 銃弾は装甲を破り、貫き、内臓を破裂させ、致命傷を負わせる。

 十秒後にはモンスターは完全に停止していた。

 頭を伏せていたミハイロが唖然とした顔から、喜びの笑顔になる。


「や、やった……。アルヴィ、やったよ! まったく、ほんとうに……君というやつは何てやつだ! あんな馬鹿でかいモンスターを一瞬でやっつけるなんて……!!」


「銃弾の強度も速度も、想定したとおりだった。何も驚くべきことではない」


「普通は驚くよ!」


 ルガーもまた、腰を抜かしたまま叫ぶように問い掛ける。


「次から次へと訳の分からんものを。お前の頭はどうなってるんだよ!?」


「大したことはない。既にある知識をもとに、見よう見まねで作っただけだ。本物はもっと完成度が高いはずだ」


 アルヴィがそう言った直後、銃身にヒビが入った。

 やはりこの世界の技術水準では、材料の強度に限界があるようだ。


「み、見よう見まね? 本物……? アルヴィ、お前はいったい何者なんだ……!! 何を見てきたって言うんだ……!?」


 あまりにも異形。

 他者の追随を許さぬほどの異端。

 恐るべき才能。

 その場にいる誰もが、アルヴィを驚異のまなざしで見ていた。

 しかしアルヴィは何の気負いもなくこう答えた。


「そんなに驚くな。俺はただの研究者だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る