第7話

 また今日も部室のホワイトボードに浜辺の字が躍っていた

「クラちゃんを助けようの会! 定例会議だいにかーい!」

 またまた『てーれーかいぎ』みたいな発音に対して神下が控えめにパチパチする。

 昨日、浜辺と帰ったときに聞いたが議題のクラちゃんとやらは母親しかいないタイプの独り親家庭とのことだ。


「昨日ゆきなちゃんが持ってきた求人見たんだけど、深夜って結構給料高いんだねー」

 神下が俺の方をチラと見るが、俺はわずかに首を横に振る。

 浜辺がエスパー並みのピンポイントで深夜労働について喋る。

「でも流石に高校行きながらはキツいかなー」

「浜辺さん」

 神下が浜辺を呼ぶ。たしなめるような声だ

「はいっ!?」

「18歳未満の深夜就労は法律で禁止されてるわ」

 必要最低限の事実だけを神下が伝える。

「ええっー! そうなんだ」


 浜辺がむーんと唸る。

「昨日も言ったけれどバイトはやはり限界があるわ。その中で根を詰めすぎると返って危険な行為に手を出しかねないわ」

 神下が俺にだけは昨日確認したことを言ってるのだと伝わるニュアンスで喋る。

 心内で危険に「もっと」と付け足していたかもしれない。

「じゃあ、やっぱり将来のことを考えて資格?」

 しょぼんとした様子で浜辺が言うと無言で神下がうなずく。


 将来か……。あまり考えたこともない。

 大学生になればまた違うのかもしれないが俺がリアリティを持って考えられるのはせいぜい高校卒業してからどうするかまで。

 俺も今は漠然と良い大学行って、良い会社に就職して、良い相手と結婚するのかと考えている。


 もちろん、それはあくまで理想であることも頭では分かっている。今まさにそうではなかったかもしれない事例に遭遇している。

「古木くんも、それでいいわよね?」

「ああ――」


 そう返事しながら俺は何かないかとこれまでに分かった要素を改めて考える。

 ファミレスでのバイトなど給料は知れている。休日には他も掛け持ちしているのかもしれないがそれでもだ。足りていないんだろ。だから自主的にかどうかは分からないが深夜の就労も甘んじて受けている。

 それはもちろん避けた方がいい。確かに神下の言う通り将来的に良い職業に就ければ安泰なのかも知れない。

 だが待てよ、彼女は高校生だ。当然、高校に行かない方がお金はかからないし、働ける時間も増える。

 では、彼女はなぜ高校生か。


「そういえば、なんで佐倉は高校行ってるんだ? 何か目指しているのか?」

「うん? あーそういえば、料理好きって言ってた。何回かお菓子作ってたけどめちゃ上手かったし」

「なら、専門学校? 調理師かパティシエールを目指してるのかしら」

「うん、そんな話してたかな」

「じゃあ、高校に通いながら資格の勉強しろはちょっとナンセンスだ。1つなりたい職業があるのに他のことを勉強しろってのは。今バイトしてるのは専門学校行く学費のためだろ。それを助けてやるべきだ」

「それは確かにそうね」


 そうは言っても、俺たちが今更大金を用意できるわけではない。

「それなら、浜辺さんの案でやはりもう少し良いバイトを探してあげるべきなのかしら……。出来れば勉強の時間も十分確保できるような……」

 神下の言葉の言外にはまた、昨日知った事実を前提にしていることがうかがいしれた。

「うーん、でもそういえば料理好きだからファミレスやってるのかなぁ」

「それはあり得るわね。将来の夢に向かっているのは立派だわ。出来ることならお金を出してあげたいくらい」

 まあ、それが俺たちに出来たら苦労しないんだよな。

 彼女が稼ぐことを前提に考えていたが、もし気前の良い誰かが出してくれるのならこれほどありがたいことはない。



 ああっ! それだ……。


「ちょっと良いか、1つ案がある」


「おっ! フルっちがまた何か思いついた!」

「聞かせてもらえる?」

 浜辺はキラキラと目を輝かせていた。神下の表情はちょっと悔しそうな表情だった。


「ああ、思いついたんだが……」

 ちょっと今回の解決方法は2人に言わない方がいいか。

「2人は佐倉と知り合いだろ。知り合いじゃない俺が1人でやった方がいいわ。だから今日はまた明日ってことで。ああ、あと今回の件は全部俺が1人で勝手にやってるってことで口裏合わせてくれ」

「りょーかい、バイバーイ!」

「分かったわ、お願いね」

 俺はカバンを持ち上げて部室を出ると早速、頭の中で原稿の下書きにかかる。

 今回は特に慎重に言葉を選ばなければならない。





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